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十一月の友子

 初雪が降ったのは先月の下旬だけど、私が住んでいる地域は降雪量が少ないので、根雪になるのは来年、って、それだけでも道民には場所が特定できてしまう。それくらい地域によって違いがある。


 自ずと雪で苦労した経験も少ないので、豪雪地帯の過酷さを知らなかったりする。北海道生まれだけどスキーやスノボはしたことがないし、って、それも場所を特定するヒントになってしまうのが北海道だ。


 初旬の祝日前、カホリが久し振りにお家へ泊まりにきた。お菓子をどっさりと買い込んできたことから、寝かさない意思が感じられた。といっても、私は規則正しい生活をしているので、勝手に眠たくなるけど。


 普段は炭酸飲料を飲まないけど、なぜか大サイズのペットボトルを持参してきたので、仕方なく付き合うことにした。大人になった将来、お酒に付き合わされるような気がして、少しだけ憂鬱になった。


 飲酒に関してだけど、うちは神棚にお神酒みきをお供えするので、お酒に対しては神聖なイメージがある。ちゃんとしていないと、すっきりと生きられない性格なので、家に神棚があって本当に良かったと感じている。


 カホリが未成年飲酒に付き合わせる人じゃないのも嬉しい。上下の関係性から断れない人もいるだろうし、大学への進学を予定しているけど、心配になるのは、そういった勉強とは関係のないことだったりする。


 この日のカホリは、いつもよりイライラしていた。クッキーを掴んだ手でクッションを抱えるものだから、そのことが気になって仕方がないけど、機嫌が悪いので注意できなかった。


「アイツったら、ほんとバカ――」

 友亮のことだ。


「先週だけど、中学の頃の友だちから、『友亮が栗栖先輩とデートしてたけど、大丈夫?』って訊かれて、聞いたら、『校内デートしてたよ』って言うんだよね。なんか『放課後ずっと一緒にいた』って言うんだ――」


 それは有り得ない状況だ。


「で、そのことについて訊いたら、『自転車のカギを失くしたから、一緒に探してもらった』って言うんだよ。もうね、バカでしょ? それが実は、二回目じゃなくて、先週で三回目なんだって――」


 怒ってる……。


「それを聞いた瞬間、『ああ、コイツ、やったな』って思った。絶対にわざとだよね? そんなはずないもん。だって、失くした時に、そんな都合よく、先輩が探してくれると思う? 居合わせないでしょ、フツー」


 なんとも言えない。

「でも、忘れ物とか、ひどい人は、本当にひどいからね」

 カホリが否定する。

「チャリのカギだよ? 失くさないでしょ?」

「友亮君は何でもズボンのポケットに入れちゃう人だから」

「それで落とす?」

「失くしたということは、落としたんだよ」

「わざとね」

「いや、自転車のカギにはキーホルダーを付けられないから」

「だったらカバンに仕舞っておけばいいでしょ?」

「盗まれないように肌身離さず持ってたとか?」

「あっ、でも、アイツがカバンに仕舞ってたの見たことある」

「だったら、落とした時は仕舞い忘れたんだ」


「ちょっと待って――」

 カホリの目が怖い。

「わたしはアイツの弁護士と話してるんじゃないんだけど」


「そういうつもりはないけど」

「三回だよ、三回、ありえる?」

「有り得ない」

「でしょ?」

 そう言ってあげるしかなかった。


「それにしても、『放課後ずっと一緒』はまずいね」

「問題だよ」

「どのくらい一緒にいたんだろう?」


 そこでカホリが首を傾げる。

「分かんないけど、『ずっと』って言ってた」


 それは怒るのも無理はない。

「ということは、周りの人に長時間一緒にいたところを目撃されたっていうことだもんね」

「そうそう」

「問題の本質はそこだと思う」

「どういうこと?」


 少しだけ考える時間をもらう。


「……うんとね、わざと自転車のカギを失くしたかどうかは立証不可能だから、そこを争点に話しても意味はないの。いわゆる水掛け論だから。そこじゃなくて、周りの人から『デートをしていた』と思わせてしまったことに問題があると思うんだ」


 カホリが納得した表情を見せる。

「そう、それ!」

「うん。周囲にどう思われるか、それが欠落していたわけだもんね」

「そうそう」

「周囲に誤解を与える行動を取ってしまったわけだ」

「うん」

「非難すべきは、そこだと思う」

「それが言いたかったんだよ」


 すごく満足気だ。


「友亮君にはカノジョがいるわけだから」

「ああ、なんかスッキリした」

「何も解決していないけどね」

「そうだった」


 そこで八つ当たりするかのようにスナック菓子を噛み砕く。

「ああ、ムカつく」

 噛み砕かれたお菓子は何も悪くない。

「でもさ、栗栖先輩もよく付き合うよね」

 それから先輩の悪口になった。


 その夜、なかなか寝付けなかった。カホリはすでに寝息を立てているけど、私は心に違和感があり、それがどうしても気になって、考えないまま眠ることはできなかったからだ。


 眠れないのは、恋愛裁判が原因だ。しかも被告席が空席のままの欠席裁判。その危うさを、ちょっと前に指摘していたはずなのに、私は友亮を勝手に裁いてしまった。


 私は正しいことをしたといえるのだろうか? さも正論のように友亮の行動を非難したけど、本当に裁かれるほどの行動だったのか、今はどうにも自信が持てない。


 相手の話も聞かずに、正論を振りかざすのは、パソコンを与えられた時に、お母さんから厳重に注意されたことだ。それはネットの書き込みだけではなく、現実でもやってはいけないはずだ。


 しかも、勝手に被告席に座らせた栗栖先輩の悪口で盛り上がるという、サイテーなことまでした。これでは日頃から嫌悪している、悪口を言う人と何も変わらない。だから気分が悪いのだろう。


 カッコいいことを言うのは口だけで、その実、言動不一致っていう、私の方こそ、誰よりもカッコ悪い人間だ。それで友亮を裁くのだから、身の程知らずにも程がある。


 怒ったカホリをなだめるために、証言の機会すら与えられていない友亮を責めたけど、友だちのため、っていうのは言い訳にならない。話し合いを勧めることもできたはずだからだ。


 カホリのため、という言い訳をしてしまうのは、彼女に責任を押し付けられるからだろう。反対にいえば、自分は悪くないという、責任逃れでもあるわけだ。


 それと、ずっとモヤモヤしてしまうのは、嫌な予感があるからだ。二人に限って、もしかしたらはないけれど、二人の間で何かあった時、原因があるとしたら、今夜の会話だったような、そんな気持ちの悪さがある。


 だからというわけじゃないけど、明日、カホリに二人でちゃんと話し合いをするように提案してみようと思う。自分がスッキリしたいだけかもしれないけど、それが一番だと思うからだ。



 その後、二人が話し合ったかどうかは分からない。特に何も聞かされていないからだ。それでも下旬の祝日に、三人で遊ぶ約束をしたので、大きな問題にならなかったことが分かった。


 ただ、遊ぶといっても、外は寒いし、かといって遊べる場所は限られているので、結局はショッピングモールに行くことで落ち着いた。映画にするか、ボーリングにするかで迷ったくらいだ。


 いや、迷っていない。二人とも私がJ・K・ローリングが好きなことを知っているので、原作映画を観たいという、私の希望を叶えてくれたのだ。続編モノだったので、完全に私のわがままだ。


 カホリは日本の高校生が主役の恋愛映画を観たい人なので、完全に好みが異なる。私も観ないことはないけれど、一緒に観に行く人がいないので、どうしても敬遠してしまう。


 ファミレスでドリンクバーを頼んで、そこら辺の話になった。


「わたしはいっつも思うの――」

 カホリが会話をリードする。

「変わった恋愛モノとかいいから、普通の恋愛を観せてって」


「普通って?」

 訊ねたのは私。


 女子トークなので、友亮は黙って聞いている。

 でも、つまらなそうではない。


「普通は普通だよ」

「だから、その普通って?」

「もうね、男女が出会って、恋愛するだけでいいんだよ」

「今じゃ普通と呼べないくらい、普通だね」

「そういうドラマが毎クールあれば、絶対に観るもん」


 カホリが私の溜息を見逃さなかった。

「どうしたの?」

「いや、それが一番難しいと思って」

「なんで?」


 頭でまとめてから説明する。


「もう三年も前になるけど、小説を書こうと思った時に、最初に漠然とだけど、ラブストーリーを書こうと思ったんだ。だけど、いざ書こうとすると、全然書けないの――」


 それは今も。


「普通の恋愛を書こうとすると、すぐに物語が終わっちゃうんだもん。長編を書くつもりで意気込んでも、短編にもならない感じ。というより、プロットすら組めないんだよ――」


 分かりにくい説明だ。


「連続ドラマだと一話分も書けない。だから九十分でも、百二十分でも、話を作る人って、本当にすごいと思う。少女マンガでも、連載できるマンガ家さんとか、信じられないことをしているって思うもん」


 意味が通じたようだ。


「書くのって大変なんだね」

「うん。引き延ばすと冗長と言われ、短いと物足りないって言われるから」

「ははっ」

「くどいって言われたり、説明不足と言われたり」

「ふふっ」

「早く終われって言われたり、続きを書けって言われたり」

「ごめんね、それ、わたしだ」

「だから書いてる人を尊敬できるんだけどね」


 カホリも頷いている。

「あれ、なんで連載できるんだろうね?」

「分かんない」

「間違ったりしないのかな?」

「一巻だけ書き直したいと思ったりね」


 カホリは私の想像笑いを見逃さない。

「どうしたの?」

「いや、時間を巻き戻せる能力があるんじゃないかと思って」

「タイムマシーンとか?」

「うん。あれば書き直せるから」

「知らないだけで、ドラえもんとかいるかもしれないよ?」

「私たちの知らないところで、地球を救ってるかもしれないんだ?」

「うん。ありえない話じゃない」

「うん。有り得る」

 こういう話をしている時が一番幸せ。


 それが高校一年生の十一月の出来事です。上手く書けないけど、ラブストーリーにはもう一度挑戦したいと思っています。勉強をしながらなので、いつになるか分かりませんが、気長に待っていただければ幸いです。


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