九月の友亮
九月は色々あったけど、たくさん考えて、何も書かないと決めた。
それ以上は、何も言わない。
更新できているだけで、充分だからだ。
本当は書きたいことがある。
だけど、それは違う。
他者と交流のあるSNSではないからだ。
本名だけど、匿名で活動している。
だから、書かない。
喜ぶのも違うし、
ここで詳細を報告するのも違う。
後で読み返した時、削除したくなるような、
無神経なことを書いてしまいそうな、
そんな怖さだ。
他人が書く分には何も思わない。
利用の仕方は人それぞれ。
そこは友子の創作と同じスタンスでいたい。
ただ、大事な人との連絡先の交換はしておこうと強く思った。
書かないとは決めたけど、何もしなかったわけではない。
書き癖をつけなくちゃいけないと思って短編に挑戦した。
友子が短編を書くことを勧めていたのを思い出したからだ。
一か月掛けて、ノートに書き溜めたものだ。
投稿サイトに上げたものだが、ここの日記ブログにもアップする。
タイトルは、
初恋
初めて人を好きになることを、初恋だと思っていた。
ぼくの場合は、幼稚園の頃だ。
だけど同じ年頃の女の子じゃない。
お母さんと同じくらいの年齢のミドリ先生だ。
ちょっとだけ、みんなよりマセていたんだと思う。
先生のことを『お母さん』と呼ぶ子がいた。
でも、ぼくは呼び間違えたことはない。
『ミドリ先生』って呼ぶことに、喜びを感じていたからだ。
先生を困らせる子とケンカしたこともあったっけ。
先生を取られたと思って、嫉妬もした。
やっぱりマセている。
卒園日は一日中、不機嫌だった。
お母さんを困らせもした。
言うことを聞かない、悪い子だと思ったことだろう。
機嫌が直るわけがない。
小学校に行きたくないって、駄々をこねた。
怖くないからと諭されたけど、そうじゃない。
そうじゃなかった。
ミドリ先生に会いたかったんだ。
本当に好きだった。
別に年上の女性が好みだったわけではないと思う。
小学校に上がると、クラスの子を好きになったからだ。
それでも大人びた子だったのは事実だ。
盆踊りで着た浴衣が、とてもよく似合う女の子。
丁寧な三つ編みに、きちんとした性格が感じられた。
勉強ができる優等生タイプの子でもあった。
紀子という名前にピッタリの子。
彼女を見ていると、自分のことをひどく子どもだと思った。
実際に、子どもだったけど。
それでも彼女のことは、大人のように見えていた。
それだけ男は幼稚だってことだ。
思い出は特にない。
話すことができなかったからだ。
近所に住んでいるのに、近づけやしない。
嫌われないことだけを考えていた。
その願いは叶ったと思う。
好かれもしなかったけど。
いつしか、彼女のことを初恋の人だと思うようになった。
想う気持ちが、恋だと思えたからだ。
ミドリ先生の顔を思い出せなくなったということもある。
それから少しだけ大人になった。
自信がないのは、ピンとこないからだ。
年齢を重ねたから?
身体が大きくなったから?
心が成長したから?
どれも実感する理由じゃない。
強いて言えば、恋が成就したからだ。
よく目が合う子だった。
校門や玄関ホール。
廊下や体育館。
行事がある時は、必ず目が合うようになった。
それはきっと、常に彼女を探していたからだ。
裕子。
別に名前に子がつく人を好きになったわけじゃない。
たまたま名前に子がついていた。
髪が長く、大人しそうな子。
髪が長いのもたまたまだ。
短くても魅力的に感じる。
髪色だって気にしないし、
癖があっても構わない。
話すキッカケは、生徒会。
先生から書記に立候補するように頼まれた。
彼女も同じように頼まれたらしい。
それで自然と出会うことができた。
努力とかじゃない。
勇気を出したわけでもない。
一緒に集会の準備をするうちに仲良くなれただけ。
最初はぎこちなかった。
緊張して上手く喋れなかったからだ。
頼りなく感じただろう。
それでも彼女は、ぼくの言葉を待ってくれた。
微笑みながら、優しく。
自然な会話ができるまで、かなりの時間が掛かった。
だけど、会話ができるようになると、すぐに親しくなれた。
まるで幼なじみのように。
もう、何年も前から親しかったかのように。
だから一回目のデートで告白してしまった。
結果は言うまでもない。
最初から両想いだったと言われた。
別れの日を迎えたけど、彼女とは今もいい思い出しかない。
それからしばらくして、運命の人と出会った。
家族に連れられて向かった、引っ越し予定先の場所で。
ぼくの新天地となる候補の場所だ。
それでも家族の都合もあるから、まだ分からない。
でも、彼女と出会った瞬間、ぼくの心は決まっていた。
ぼくよりも大人で、上品な人。
親切で、気配りができる人。
何も分からないぼくに、丁寧に教えてくれる。
図書室や運動場の場所。
年間行事について詳しく。
用心深いのか、緊急の場合まで。
それが彼女の優しさ。
ぼくはそういう性分の人を好きになってしまう。
会話は自然だった。
経験を積んできたからだろう。
一方で、焦れる想いがあった。
当たり前だけど、彼女の方は、ぼくに無関心だからだ。
誰にでも優しくしてきた人に違いない。
会ったばかりのぼくに、好意を持つことなど有り得ないからだ。
それが、ぼくを苦しめた。
家に帰っても、彼女のことばかり考えてしまう。
次の瞬間には、もう会えなくなっているかもしれない。
すべて体験済みだ。
だからこそ、それが初恋。
初恋を知るには、恋の何たるかを知らなければならない。
成就させるだけでは、恋の半分。
もう半分は、破れた恋。
届かぬ想いや、焦がれる想い。
満たされた想いと、満たされぬ想い。
両方知って、初めて恋を知ったことになる。
この、関節の、節々の痛み。
胸の動悸。
血圧の、異常なまでの上昇。
これが恋だ。
彼女と出会って、ぼくはやっと本物の恋を知ることができた。
上手くいくだけの人生では、得られぬ実感。
彼女に、もう一度、会いたい。
いつ死ぬとも、分からないから。
それが初恋。
ぼくの最後の恋でもある。
家族がぼくに尋ねる。
「おじいちゃん、体験入所はどうだった?」
答えるまでもなく、ぼくは彼女の待つ老人ホームへ行くと決めていた。
終
サイトに投稿した翌日、感想欄にて、「老人をバカにしているのか」と丁寧な言葉でお叱りを受けた。それからリウマチについての丁寧な説明も付け加えられていた。
たぶん感想をくれた人だと思うが、ポイント評価も低かったけど、そもそもポイントをつけてくれる人がいないので、そこは有り難くちょうだいすることにした。
ともあれ、見よう見まねで始めた執筆活動だけど、友子の文体を真似ずに、自分なりに好きに書いてみて、やっと筆が乗る感覚を掴むことができた。出来はまだまだだけど、これで続けられそうだ。
といっても、ここの日記ブログで硬い文章から入ったというのは悪くないと思っている。そうすることで、もっと硬くとか、ガチガチに硬くとか、反対に軽くとか、柔らかくとか、調節する感覚を掴むことができるからだ。
文学ほど重いというか、重厚な文章は書けないけど、一人称で子どもから大人までの書き分けはできそうだ。そういうのも含めて面白く感じるようになってきた。まだまだだけど、色んなことに挑戦していきたい。




