八月の友亮
相手が同じ気持ちだとは思わないけど、同じ趣味を持っているというのは、時に家族よりも大切な人のように感じることがある。両親が本を読んでいる姿を見たことがないので、余計にそう思ってしまう。
友子が週一で小説教室を開いてくれるので、甘える感じで受講させてもらっているが、最近は特に行き詰まりは感じていないけど、無理やり悩んで、相談に乗ってもらうようにしている。
八月に入ると晩夏を迎える北海道の夏も、今年は異常気象なので、夏が終わらない感覚を抱いた。それでも、結局、友子は夏の間もずっとホット・コーヒーを頼み続けたのだった。
その日、俺はコーラ・フロートを頼んだ。あんまり好きじゃないし、どちらかというとアイスとコーラは別々にしたいタイプだけど、小説を書くようになってから、色んなことを経験しようと心掛けているというわけだ。
友子が気持ち悪そうな目で濁ったコーラを見ている。
「ねぇ、もう、特に聞きたいことって、ないんじゃないの?」
どうやら、お見通しだったようだ。
「いや、あるよ、たくさんある」
思い至らないだけで、嘘ではない。
疑問を持つにも頭を使う必要があるということだ。
閃きを待つ場合もある。
ふとした疑問が、それだ。
「音楽に『曲先』と『詩先』といった創作方法があるように、小説にも『キャラ先』と『ストーリー先』みたいのがあると思うんだけど、どうだろう?」
友子が首を捻る。
「私は魅力的なキャラクターを生み出すことができていないから分からないけど、どちらも同じくらい大事だとは思う。特にラノベはグッズ展開できる作品がウケてるもんね。映像化以外にも利益を生み出すライトノベルって、すごいパワーを感じる――」
お互い数字を知らないので、ピークアウトしたかどうかは分からない。そういうのは業界だけではなく、国の景気や、ネットの普及による海賊版問題の影響もあるから、簡単には語れないというわけだ。
「オペラ歌手とアイドル歌手や、画家とマンガ家が違うように、小説家とラノベ作家も違う職種という認識でもいいのに、小説だけは一緒くたにされがちなんだよね。違いを認識できない人ほど批判に走ってしまう傾向にあるから、やり玉に挙げられる人が可哀想になる」
それに関しては、俺も言いたいことがある。
「そんなにアイドルに詳しいわけじゃないけど、俺は個人的に『口パク』を批判するのは見当外れだと思ってる。あれはもう、ダンスの魅せ方の一つであり、パフォーマンスとして確立してると思うんだ。じゃなきゃ、お金を払う人でドームが満員になるわけがない。生歌や生演奏とは、そもそも求めているサービスが違うんだと思う。だったら、なぜわざわざ歌詞のある歌で踊るかっていうと、歌詞の世界観をダンスで表現するからなんだ。そういうのも含めて、アイドル文化は進化を遂げているんだよ。そういった状況で、グループによっては生歌をウリにしたり、生歌プラス全力ダンスをウリにしたりで、個性が生きるんだ。それは他と違うからいいんであって、生歌生演奏しか認められない世界では、生まれない文化や個性なんだよ。世界と比べて蔑むことはなく、アイドルに人生を懸けている人がいるなら、応援しなくてもいいから、邪魔してやるなよって思うんだ」
やばい。
友子の顔が引きつっている。
それでも否定しないのが友子だ。
「アイドルが好きなら好きで、隠さなくてもいいけど」
「いや、ファン活動はしてないから」
「でも、興味はあるんだよね」
「まぁ、冷めない程度には」
友子が笑ってる。
話を変えることにした。
「話を戻すけど、ストーリーだけではなく、キャラクターも大事なわけだ」
友子が頷く。
「うん。私は書くのが得意じゃないけど、出版社からしたら、メディア・ミックスしやすい、時代に合ったニュー・ヒロインを書いてほしいんじゃないかな? そのヒロインが活きる世界観を作るっていう、『キャラクター先行型』の作り方があってもいいくらい」
そういう知識があっても、友子はウケ狙いで書かないわけだ。いや、書かないではなく、書けないと言っていた。そもそも男性ウケ作品について語っているのだから、あくまで俺へのアドバイスなのだろう。
「友子は自作のアニメ化とか、夢を見ないの?」
首を何度も振る。
「たぶんね、アニメを観てこなかったから、書こうにも書けないんだと思う。勉強するために観るようにしたんだけど、きっとそれだと好きな人には勝てないんだろうね。ナチュラルに好きな人って、快感のツボを知ってるもんね。それを知らないのは大きなハンデだよ――」
謙遜しているわけじゃなく、本当に書けないのだろう。
「今は大好きな私小説を書いているから満足だけど、すっきりしたら、またデビューを夢見て頑張るかもしれない。でも、すぐに疲れちゃうんだけどね。読者のことを考えて書いている人は、それだけで気遣いのできる人なんだから、感謝しないといけないなって思う」
これも俺へのエールだ。
そこで友子がコーヒーを飲み干す。
いつもより速い。
そこで、妙にそわそわし始める。
「お話は今度にして、お祭りやってるから、一緒に行こうか?」
まさかの提案だ。
いや、夏祭りが開催されているのは知っている。
でも、友子の方から誘ってくるとは思わなかった。
ただ、金曜日に会うのは初めてだったので期待はあった。
「あれ? 用事があるとか?」
「いや、ないよ、あるわけない」
「よかった」
それで今日はフラットシューズを履いてきたというわけだ。
「じゃあ、行こうか」
「待って――」
席を立とうとしたところで呼び止められる。
「残したら悪いよ」
どうしてこんな日にコーラ・フロートなんて頼んでしまったのだろう?
我ながらチョイスがヘタクソだと思った。
それでも一気に飲み干してやった。
特定されるので、正式名称は明かせない。
といっても、定番を押さえた、どこにでもありそうな普通の夏祭りだ。
でも、それがいい。
市民パレードや花火大会。
ヒーローショーや歌手のステージ。
中でも一番賑わってるのがビアガーデンという。
俺は出店や屋台を見て回る方が好きだ。
友子も楽しそうにしている。
楽しそうにしている人を見ているだけで、楽しい。
もうガキじゃないから、お面はつけないし、ヨーヨー釣りもしない。
「あれ欲しい」
と思ったら、友子が欲しがった。
プレゼントしようとしたら、断られた。
自分で取りたいんだそうだ。
そこが友子らしい。
かき氷は食べない。
コーラ・フロートを食べてしまったからだ。
いま思えば、だから友子は変な目で見ていたのだ。
とうきびが美味しい季節だけど、わざわざ屋台では買わない。
スーパーで美味しいのが買えるから。
「チョコバナナ食べようかな」
「ああ、俺も」
一人で食べさせると寂しい思いをさせるので、俺も付き合うことにした。
お祭りが楽しいのは堂々と買い食いができるからかもしれない。
「家で作っても美味しくならないんだよね」
「ホントな」
「作ったことあるの?」
「あるよ」
友子が驚いている。
「私たち、本当にやることが似てるね」
「失敗するところもな」
うんうんとチョコバナナを頬張る友子が可愛かった。
それにしても、意外と知り合いと出会わないものだ。
背が高いから声を掛けられやすいけど、今夜は一度もない。
目線が下に向いているからだろうか。
一周し終わったけど、まだ全部見終わったわけじゃない。
もう一周する予定だ。
一周目より出足が多くなっている。
そこで手を繋ぐことにした。
すると、友子がさっと引っ込めるのだった。
「ごめん」
思わず謝ってしまった。
何も言ってくれなかった。
何を考えているのか分からない目で見ている。
言葉が出てこない。
通行の邪魔になっているので、会場から離れることにした。
気がつけば路地裏。
祭りの喧騒も、今は遠くに聞こえている。
その間、無言で歩いてきた。
友子が俯いている。
そこへ花火が打ち上がる音。
一緒に見上げるはずだった花火。
今は見上げる気にならなかった。
友子も同じだ。
顔を見るのが怖いから、背中ばかり見ている。
「ごめんな」
友子が足を止めた。
それから、ゆっくり振り返る。
「ごめんなさい」
なぜ謝られたのか分からなかった。
「いや……」
「私が誘ったからいけなかったんだね」
「そんなことは……」
「勘違いさせる軽率な行動だった」
有無を言わさぬ感じだ。
「誘われたら、気があるって思うよね」
思った。
「思わせぶりな態度がどういうものか知ってるのに」
すごく惨めだ。
「相手がどう感じるか思い至らなかった、私が悪い」
友子を悪者にしたくない。
「俺は、ただ、人が多かったから、迷子にさせないように」
微笑むが、その顔が哀しい。
「そうしておこうか? そうすれば二人とも悪くないもんね」
友子が念を押す。
「人波に流されないように手を繋いだ、それだけ」
そう言って、夜空を見上げた。
しかし、花火を見ることはできなかった。
それでも友子は空を見上げ続けるのだった。




