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四月の友子

 昔から自分の名前が嫌いだった。念のために苗字は晒さないけど、友の子と書いて、そのまんま友子ともこと呼ぶ下の名前の方は本名。今どきそんな古臭い名前の高一女子はいないから、それだけで特定されるかもしれない。


 それでも、ブログを書いて投稿しても閲覧数は一桁だし、その読者だって本当にいるのか分からないから、好きなことを書くって決めている。並行して小説を書いて投稿しているけど、そっちもさっぱりだし。


 話を戻すけど、私は自分の名前が大嫌い。友子なんて、まるで生まれた時から「友だちを大切にしなさい」って両親から説教されているみたいだから。それに「友だちを大事にします」って自己紹介しているみたいで恥ずかしい。


 そんな私に比べて、友だちの名前は香という漢字一文字で「かほり」と読ませるからカッコいい。キラキラしすぎてないし、古くもない。そんなセンスを持つ親は地元にいないので、心から羨ましいと思っている。


 平仮名だと読みづらいからカタカナにするけど、そのカホリと三年振りに再会したのが四月。彼女が引っ越して違う中学になったけど、高校進学で一緒のクラスになったっていう、偶然や奇跡と呼ぶには微妙な再会。


 たった一枚の画像で居場所を特定される時代だから、具体的な地名を書くつもりはないけど、北海道は親の転勤が多いから、子どもの転校は珍しくないので、出会いと別れに特別な感情を抱けない、って私だけかもしれないけど。


「友子って、やっぱり変わってるよね」

「そう?」

「うん、変わってる」

「どこが?」

「なんか、古いんだよね」

「だったら変わってるんじゃなくて、古いってことでしょ?」

「まぁ、そうなんだけど」


 放課後の教室でカホリと駄弁を貪るのが私たちの日課だ。北海道の四月は桜が咲く前だから、たぶん道外の人にとっては冬。だから窓際の席に座っても、窓は開けない。


「友子はテレビとか映画とか観ないもんね」

「うん」

「マンガもダメで、小説しか読まないんだっけ?」

「ダメじゃないけど、うん」

「だから言葉遣いが古いんだよ」

「それはお母さんの影響かもしれないけど」

「見た目も文学少女みたいで古いし」


 本当は「暗い」って言いたいんだと思う。「古い」も「ダサい」って言いたいんだろうし、色々と気遣ってくれている。といっても、私にとって「暗い」とか「古い」はネガティブ・ワードではないので気にしていない。


 ちなみにカホリは私と正反対の見た目をしている。よく笑うショートカットのスポーツ少女。中学までバレーボールをやっていたらしいけど、勉強のためにやめたと言っていた。


「テレビとか映画も観た方がいいよ?」

「うん」

「小説しか読まないって、絶対にダメだって」

「どうして?」

「だって、小説のキャラは喋らないでしょう?」

「え? どういうこと?」

「実際に声に出して喋ってるわけじゃないよね?」

「そうだけど」

「どんな声か分からないでしょ?」

「それを文字だけで表現するのが小説だから」


 ちなみにカホリの声は、えっと、難しい。同い年だけどお姉さんみたいな? いや、時々元気な妹みたいに感じる時もある。他の子からヅカ系って言われていたけど、それを書くとネットで怒られるだろうし、とにかく元気。


 私の声は、自分では分からないし、他の人から感想をもらったことがないので表現しようがないけど、「声が小さい」とだけ言われたことがある。それから気をつけて、しっかり声を出すようにはしている。


「どっちがスゴイってわけじゃないけど――」

 カホリが前置きする。

「ドラマや映画って、一つ一つのセリフが全部作り込まれているんだよ? いい方とかの微妙なニュアンスとか、声の強弱とか、伸ばし方とか、文字にできない部分を全部表現しているの――」

 それを小説でやると文字がかさんで大変なことになる。

「マンガもそうだよね。フォントをいじって大きさを変えたり、書体まで変えたりしてさ、本当にスゴイの。3次には不可能な表情も描けるから、本当にスゴイよね。本当に尊敬してるんだ」


 それは、その通りだと思う。


「どっちがってわけじゃないけど――」

 大事だから、私も前置きさせてもらう。

「小説には、あえて書かない面白さがあると思うんだ。映像や紙だと表情が完全に固定されるけど、小説だと自分の頭の中でキャラクターの表情を無限に変えることができるから」


 カホリが反論する。

「でも、行間があるのって、小説だけじゃないんだよ? 映画やマンガのキャラにだって日常はあるんだし、それは描いてないだけで、その部分を想像するのは一緒なんだから」


 それは正しい指摘だ。

「わかった。小説が他のメディアと違う一番のポイントは、自分の好きな人をキャスティングできることだと思う。それはドラマやマンガでは絶対に不可能でしょう?」


 カホリが渋々ながら頷く。

「認める――」

 素直な彼女を、私は心から尊敬している。

「でも小説って、やっぱり不親切だよね」

 実直なところもカホリの魅力だ。

「どこが?」

「今どき文字だけで楽しんでくださいって、親切じゃないよ」

 それに関しては反論しないことにした。


「おわった」

 しばらくしてから、部活終わりの友亮ともあきが教室に入ってきた。普段は名前で呼ぶことはないし、苗字を君付けで呼んでいるけど、ここの日記ブログの中だけは呼び捨てにさせてもらう。


 運動終わりのせいか、近づいてくる彼からオスの匂いが感じられた。中学時代から、体育終わりの教室にいるのが苦痛だったけど、友亮の匂いは特に気にならなかった。


「腹へったから、早く帰ろう」

 友亮とカホリは付き合っている。二人は同じ中学出身で、三年間バレーボール部で友だちのように過ごしてきたけど、卒業のタイミングで付き合うことにしたらしい。


 それで友亮の部活が終わるのを待って、三人で一緒に帰ろうっていうのが、新学期早々に取り決めた三人の決まりだ。「どうして私が?」っていう気持ちがあるけど、カホリが決めたので彼も納得している。


 二人は自転車通学で、徒歩は私だけ。それで私の家の前まで自転車を押しながら送ってくれているという状況だ。三人で道幅いっぱいに広がって歩いているけど、車が走っていないので迷惑にならない。そんな生まれ故郷が大好き。


 一度だけ東京に遊びに行ったことがあるけど、その時はあまりの車や人の多さで心臓がバクバクした。あれはきっと、大小さまざまな音が一度に聞こえてくるから、それで身体が驚いたんだと思う。


「ちょっと待って――」

 自転車を押しながら歩いている友亮が立ち止まった。

「この家の晩メシ、今日はカレーだ」

 そう言って、友亮が美味しそうに空気を吸い込んだ。

「人に見られたら恥ずかしいことはやめようよ」

 カホリが本当に嫌そうな顔をするのだった。

 三人でいると私は無口になる。

「でもおいしそうだろう?」

「ホント恥ずかしいからマジやめて」


 二人とも背が高いから高一には見えないけど、二人でいる時はどちらも幼く見える。そんな二人を見ているのが好き。二人の邪魔をしているような気もするけれど、カホリは「そんなことない」って言ってくれている。


 むしろ付き合わせて申し訳ない気持ちがあると言っていた。よく理解できないけど、二人きりになると気まずくなるらしい。会話もぎこちなくて、楽しくないって。


「じゃあね」

「バイバイ」


 家の前で別れると、二人は自転車にまたがって、春先の冷たい風に向かって、自転車を漕いで行った。横に並んで帰るわけではなく、縦に連なっているので、私には部活の練習にしか見えなかった。


 ひょっとしたら、それが現時点における二人の心の距離を現しているのかもしれない。カホリがこれまでと変わらぬその距離感を保ちたいから、私をクッション材として必要としたのだろう。


 私はそれで構わない。利用されているとも思わないし、二人の力になれるなら、なりたいと思っているからだ。そう、これはスポーツ観戦と同じで、私は二人の恋愛を応援しているというわけだ。


 一日の終わりに、パソコンに向かって考え事をするのが、すっかり日課になったけど、考えてみると、私には他人の恋愛を分析できるほど、経験や知識があるわけじゃないことに気がついた。


 結局のところ、二人の関係性は二人にしか分からないのだから、あまり難しく考えても仕方がない。今は二人と一緒にいるのが楽しいから一緒にいるだけ、それくらいの認識で充分だ。


 翌日の放課後、カホリとその話になった。

「じゃあ、今は好きな人もいないの?」

 教室の隅で二人きりなのに、なぜかヒソヒソ声で話す。

 こういう会話のトーン、落ち着くから好き。

「うん。卒業して会えなくなったから」

「片思いで終わったっていうこと?」

「片思いだったのかな? よく分からない」

「どう分からないの?」

「目は合うんだけど、話し掛けてくれないから」

「どっちが先に好意を持ったの?」

「見てる人がいるなぁ、って思ったから、たぶん向こう」

「両想いだったのに、勇気を出してくれなかったんだね」

「分かんない」

「何が?」

「そういう人って、他にも好きな人がいそうで」

「ああ、受け身で複数待ちしちゃうタイプの男子ね」

「女子にもいるけど」

「そういうモテるけど消極的な男がタイプなの?」

「好きじゃないから終わったんだよ」


 カホリがマジマジと私の顔を見る。


「でも、友子は意外とモテるでしょう?」

「意外とって?」

「友亮が『他の男子から友子のこと聞かれる』って言うから」

 意外とに対する答えになっていない。

「それは三人で一緒にいるヘンな女に見られてるだけのような」

 カホリが大きな口を開けて笑う。

「そっか、他人から見たら、理解できないよね」

「空気が読めない子って思われてるかも」

「人からどう見られるかを意識しても、誤解する人は誤解するし」

「うん」

「結局は、自分がどう生きるかだよね」

「うん」

「振り回されて、他人の人生の一部になるのが一番ダメだと思うんだ」

「うん」

 さっきから頷いてばかりだけど、本当にそう思っている。


「だから――」

 そこでカホリが真剣な目で見る。

「好きな人ができたら、自分の時間を大切にして」


 話の最初から今まで全部、カホリは私のことを考えてくれていたわけだ。


「うん。でも、そんなすぐには人を好きにならないから」

「そだね」


 改めて、私はカホリの恋愛を応援しようと思った。同級生で、これほど尊敬できる人とは、もう出会うことができないと思ったからだ。絶対に失くしたくない人。


 友子という名前は大嫌いだったけど、カホリという、かけがえのない友だちを神様が寄越してくれたのだとしたら、考えを改める。それでも、いい名前にできるかどうかは、やっぱりこれからの自分次第だと思う。大切にしなきゃ。


 それが高校一年生の四月の出来事です。月に一回の更新で、毎日ちょっとずつしか書けないので、文章量も少ないのですが、これからもよろしくお願いします。


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