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3 世界を終わらせることについて


ここは屋上だ。

目の前にあるのは、屋上の柵。

それなのに――どこから現れたのだろうか。


柵には一人の男が腰かけていた。

黒い、高級そうなスーツを身に纏っている。

肌は褐色。目は、まるで血に飢えているかのように赤い。


「……こんにちは。鵺野余市くん」


男は、俺の名前を知っていた。

長い足を優雅に組んで、膝の上に肘をつくようにしながら男はまじまじと俺を見つめる。


「なんだよ、お前は……。なんで、俺の名前を知ってるんだよ……」


呆気にとられて問いかける俺に、男はゆっくりと微笑んだ。

薄い唇が弧を描く。


母が死んで数年。

それ以来、叔母の家で、虐待を続けられていた俺は、人の気配に敏感だった。

――他人の、悪意の気配に。


わかってしまう。

目の前の男が、俺に対して悪意しか抱いていないことが。

いや、俺に対して、ではない。


この男は、人類、というものに対して。限りなく邪気に満ちた、悪意だけを抱いている。


それを知った瞬間、背筋がぞっと逆立った。

逃げなければいけない。

この男から――逃げなければ。そう思って、俺は走りだそうとした。


しかし。

先程まで、柵の上に優雅に腰かけていた男が、振り返って走り出そうとした俺の目の前に、立っていた。


「逃げないでよ。今日は君に面白い話を持ってきたんだ」

「おま、えは……」

「僕の名前はニャルラトテップ。トリックスターみたいなものさ」


その名前に、俺は首を傾げる。聞いたことが無い名前だ。

それににこにことうなずきながら、男――ニャルラトテップは話を続ける。


「この世界を昔支配していた支配者のうちのひとりだよ」

「……はぁ?」

「まあ、理解出来ないのは仕方ないよ。いわゆる神様なんだ」


神様と言っても――邪神だけどね。

ニャルラトテップはそういって、酷く冷たい笑みを浮かべた。

背筋に冷たいものが走る。

どうしようもなく、恐ろしかった。


先程までの冷たい笑みを打ち消すように人懐っこい笑みを浮かべてみせると、男はそのまま、ゆっくりと俺の元へ近寄ってきて、そっと手をつかむ。


「君、この世界、好き?」

「…は?」

「嫌いだよね?」


俺の手の上に何かが乗せられる。

それは――。

さっき、叔母に破り捨てられた、母親と俺の写真だった。


「お母さんと二人っきりでけなげに生活してたのに、病気とかで奪われちゃって。その先が虐待ババアでしょ?最悪だよね?こんな世界なくなればいいのになぁって思わない?」

「……」

「そんな君に提案があります。この世界、滅ぼさない?」


唐突な問いかけに、思考が停止する。

それでも、俺は。


母親の姿をおもいだす。

叔母の姿を、おもいだす。

学校での俺の扱いも、何もかも。


……この世界なんか、どうでも良かった。

死にたかった。だったら――。


世界を巻き添えにしても、いいじゃないか。


俺は、小さく、頷いた。

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