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短編

フワフワとストレート

作者: お茶漬け


「あぁっ、もうっ!!」


私はとうとう我慢が切れた。もう無理だ。絶対に切ってやる。あいつがなんと言おうが関係ない。今回だけは譲らない。


「お母さん!私頑張るよ!!」


後ろにいるお母さんに振り返り宣言する。


「うん、無理だと思うけど頑張んな〜」


「絶対に負けないっ!」


私は勢いに任せて玄関に向かい家を飛び出す。財布はこんな時のためにスカートのポケットに入ってる。走りにくいけどしょうがない。着替えなんてしていたらあいつが来る。


「また今日もなのね〜」


家を飛び出した私を、お母さんの間延びした声と、さっきまでにらめっこしていた鏡が見送った。



私は商店街までひたすらに走った。もともと体力のある方だからそこまで辛くないけど、徒歩で20分かかる距離を全力疾走すれば息は切れる。それでも私は走らなければいけない。あいつに追いつかれる前に。


「はっ、はぁ、あと、ちょっとぉ…!」


「何が?」


「……ほへ!?!?」


急に横から声がして驚き、足がもつれる。当然私は転びそうになり、アスファルトに顔から突撃することを覚悟した。


「……ワタは危なっかしくてしょうがない」


小さい呟きとともに、あと少しで華麗に転びそうになっていた私の腕を誰かがつかんで引っ張った。いや、誰かなんて声だけで分かる。あいつだ。遅かった。私はまた逃げられなかった。

腕が引かれたおかげで転ばずにすみ、私が体制を戻すと同時に腕から手も離れた。でも逃げられない。


「……ありが、と……」


私は顔を上げずに小さくお礼を言う。例え相手が誰であろうと、お礼だけは伝える。


「ワタ、どこに行くつもり」


こちらのお礼にはまったく興味が無いように問われる。しかも答えが分かっているかのように。


「…………」


「ワタ」


名前を呼ばれる。私の名前は木ノ下和汰(きのしたわた)。漢字だけ見れば男の人の名前に思われるけど、読み方はいかにもフワフワした、まるで私のことをそのまま表しているかのような名前。


「ワタ」


もう1度、1度目よりも強めに名前を呼ばれる。


「……ちょっと商店街に行くだけ」


しかたなく私は嫌々答える。


「そっか。なら僕も一緒に行く」


その言葉を聞いて私は今まで下げていた顔を上げて目の前にいる男を睨みつける。こいつの名前は園田慎(そのだしん)。私とは真逆で、こちらもこの男のことをそのまま表したような名前だ。幼馴染みで、今通っている中学も当然同じ。


「なんで一緒なの」


私が嫌がっていることを伝えるために、普段では考えられないような低い声を出す。


「一緒がいいから」


意味が分からない。


「……それに、僕がいればワタは美容院に行けないでしょ?」


その言葉に私は舌打ちした。

そう、私が家を飛び出した理由は、この忌々しい髪を切るため。細くて量が多くてくせっ毛で、なのに真っ黒。長さは腰くらいまである。しかもこいつのせいで結べないから、広がった私の髪を見て皆が魔女だとか言ってからかってくる。そんなどうしようもない私の髪が何故か大好きなこいつは、私が髪を切ることも、結ぶことさえ許してくれない。結んでいれば即座にほどかれるし、美容院に行こうとすれば今みたいにどこからともなく現れて阻止してくる。逃げても逃げも絶対に捕まった。

なのにこいつの髪はストレート。しかも黒じゃなくて濃い茶色。私が望んでいる髪その物だ。憎くてしょうがない。


「なんで美容院に行っちゃいけないのよ!!私の髪なのに!!」


「ワタの髪は切らせないよ」


「理由を言ってよ!!」


「それはできない」


「意味分かんない!!」


この会話だってもう何回もした。なのにこいつは理由を教えてくれないし、しかも笑ってやがる。中学校で一番のイケメンと言われる顔だけど、私にとっては誰か分からなくなるまで殴りたくなる顔だ。


「大丈夫、そのうち分かるから。それよりも、また誰かに髪のこと言われたの?」


私はその質問に動揺する。確かに今日美容院に行こうとしていた理由の一つに、クラスの男子に髪のことを酷くからかわれたことが入っている。でも、いつもだったらこいつはそんなこと聞いてこない。


「……それが何」


「ううん、気になっただけだから」


「は?」


本当に意味が分からない。


「ほら、商店街行くんでしょ?」


「美容院に行けないなら商店街に用はないよ」


「喫茶店で何か奢ってあげる」


「……行く」


甘いものに弱い私は、今日もまた笑顔の幼馴染みに負けた。私が髪を切れる日は訪れるのだろうか。


*


「しっかし、私の娘はいつ気付くのかしらね〜。慎君が頑なに髪を切らせない理由が、将来和汰がウエディングドレスを着る時に似合うようにだなんて。しかも相手は慎君以外に用意されてない。ふふっ、気づいた時の和汰の反応が楽しみだわ〜」


*


「ワタに余計な男が近づかないために髪は結ばせないし切らせない。でもからかってる奴は邪魔だな。……そろそろどうにかしなきゃ」


目の前にあるパフェに夢中で、前に座る男の呟きに気づかなかった自分を、私は何年後かに後悔する。そしてこの日の後、私の髪をからかう人はいなくなった。

2作目の短編です。

連載の方書けよ!って思われる方もいるかもしれませんが、息抜きに。連載作品の方も続きを考えながら日々過ごしています。


楽しんでもらえたら嬉しいです。

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