変わる奴ら
「嫌だ、絶対に嫌だ!!」
「うっさいなぁ、早く行くよ」
「離せこのブス!超ドフズ!」
「なんだとこのクソガキ!」
次の日になってさっそく計画を実行しようとするも、肝心のアルジュナは私が村の外に引っ張りだそうとしているのに気付き激しく抵抗する。
その抵抗の仕方は尋常じゃないもので、私が手を伸ばせば蹴りやら拳やらが飛んできて、手を引っ込めても警戒する獣みたいに唸って鋭く睨まれていた。
「あのさぁ、何が嫌なの?」
「ふっざけんな!俺を外に連れ出す気だろ‼︎あんなとこに行ったらどうなるか知らないからお前はそんな悠長なことが言えんだ‼︎」
「知るわけないでしょ。なに勝手に怒ってんのさ?意味わからん」
「お、お前、前から思ってたけど最低な奴だよ、やっぱ!!」
アルジュナから放たれる攻撃は苛烈を極めていて、繰り出される蹴りなどに防戦一方となってしまう。
「いたっ!ちょ、この馬鹿落ち着け…痛たた!」
「だぁありやぁあ!!」
「いたっ!あのな、アルジュナ。お前が思ってる事は大体わかるつもりだ!いてっ!だからって嫌なことに目を逸らしてばかりじゃどーしようもないんだ!痛いってバカッ」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!お前なんかに何がわかるんだよ!えぇ⁉︎言ってみろよ、何がわかるってんだ‼︎」
何回か急所を殴りつけられたあげく、脛は何度も蹴られたからこっちの身はボロボロ。
それでも、この計画を諦めるわけにはいかない。
アルジュナはこの村がこの村の人たちが前を向いて歩いて行くための唯一の光明で、だからこそこれからすることを諦める訳にはいかなかった。
バコッ!
飛んできた拳を避けきれず左目に直撃してしまい、視界に白い閃光が飛び散る。
「……っ!」
自分でも本気でやるつもりはなかったのか、フラつく私を見て動揺をするアルジュナが手を伸ばしてきたのをいいことにその手を掴みとった。
「つーかまーえたぁ」
「うわっ!ブス面が余計ブサイクに!?」
「だからブスって言うなって!てかこんな顔面にしたのお前だろ!」
左目は腫れてきているのか視界が狭くてアルジュナの顔がよくわからなかったけど、掴んだ腕を離さないようにしっかり握り締めて引きずっていく。
「は、離せババァ!ブス!豚!嫌味女!性悪!」
「あーはいはい。そうですかそうですか」
無理やり引きずってきたのは村の厩でこれまた無理やり自分の馬に乗せ、その間にもボカスカ殴られるのを我慢しながら私もアルジュナの後ろに跨った。
「馬乗るの初めて?」
「え…な、なんだよ急に」
「お前にこの馬貸してやるよ。そんでもって乗馬の練習すればいいじゃん」
「いらねぇよ!なんでハルはそんなに俺に何かしたがるんだよ!」
馬を走らせるのに集中するしている。というわけではない沈黙にアルジュナは痺れを切らしてもう一度後半の台詞を繰り返す。
「…アルジュナ。お前は私がやっと見つけたあの村を救う方法だって思ってる」
「…村を?しかもなんで俺が?」
「なんでってそんなの…直感に決まってんじゃ〜ん」
「降ろせこのノータリン」
「どこでそんな汚い言葉覚えたんだアルジュナ!びっくりしたじゃんか!」
直感っていう陳腐な言葉に彼は不安を覚えたのだろうけど、それは大間違いであって私達ルーンの民の記憶があり経験を持ち合わせているからこそ導きだせた答えだ。
自分に自信を持つことができないアルジュナだから、直感という言葉が安っぽく聞こえるんだろうとわかってるからこそ馬から降ろす気なんて毛頭無い。
城下町からほんの少しだけ離れた村、それでいて賑やかさは城下に劣らぬバイゼルにまで来ると人通りが多くなってきたからか騒いでいたアルジュナは大人しくなっていった。
「お、おい…本当に冗談やめてくれ!こんなの、こんなのあんまりだ!!」
「お、ここだ!ここ。ここ」
「聞けよコラ!」
アルジュナの訴えは小声だから周りの喧騒で聞こえない振りをして、目的の店の前にして馬から降りる。
「アルジュナも早く降りろって」
「は、早くって…無理だこんなとこ…なぁ、帰ろうハル。頼むよ…村に帰してくれ」
「さっきはあんなに降りたがってたのに、なに今更言ってんだよ?」
「うわわわわっ!!?」
無理やり引っ張って降ろせば、バランスは不安定ながらも転落することせず地面に着地したから続いて馬の背から降り店の中に無理やり引き込んだ。
「は、離せよ」
「いやだ」
店は呉服屋で、この店のは現在客足は全く無いけど父上御用達の店だから商品はかなりいくらか高級なものばかり。
「いらっしゃいませ」
「よ、店主景気はどーよ?」
「ハル様!お久しぶりでございます。お陰様で上々でございます」
「そ、よかった」
「本日はどういったお召し物にいたしましょう?」
「悪いけど、今日は私じゃなくてこいつの服買いに来た」
ポンと軽く背中を叩いて店主の前に押し出すと、青ざめたアルジュナの肩が大きく跳ね上がり私の方になんども目線で助けを求めてくるも無視して話しを続ける。
「こいつ、すっごい服汚ったないでしょ?最近の若い奴らが着てるような服をくれてやってくれ」
「おやおや…まぁ、畏まりました」
店主の媚びた笑みの中に、アルジュナを嘲笑するのが見えたがいちいちそれにどうこう言っていられない。
それはまぁ、見なかった事にして早速服を選び始める店主が見ていない隙を狙ってアルジュナに耳打った。
「いいか、絶対に弱腰を見せるな、背筋を伸ばせ、胸を張れ。こういう奴は相手のそういう所を見て態度をコロコロ変えやがる奴らだ」
「だ、だから無理だって…」
「無理じゃない。お前なら大丈夫、大丈夫だアルジュナ」
「ハル様、こちらなんていかがでしょう?」
数回肩に置いた手を跳ねさせ、店主の呼ばれた方へと行くと綺麗な藍色の生地を見せられる。
「へぇ、綺麗な色じゃん。なぁ、お前もそう思わない?」
「へ!?あ、う、うん」
「ではこちらで仕立てさせて頂きますね」
「ああ、それ幾ら?」
「800ゼナでございます」
「は?800ゼナ?」
舌打ちをしてこのペテン師野郎に苛立ち隠さず、睨みつけた。
「テメェ…私がまだ15だからって舐めんなよ。これでもルーンの民だ、物の善し悪しは分かるっての。何?この店潰したいの?」
「そんなことはございません!この生地は聖樹・マナの木から採った繊維を使用したものです。これぐらいのお値段はします」
変わらぬ媚びた笑みでいけしゃあしゃあと言い張るものだから、生地に触れ手触りを確かめた。
やっぱり…少し高いって言っとけばいいものを、こんにゃろうマナの木からなんて余計な事言いやがるから…
私がにこりと笑って見せれば店主は信じたらしく、では…と言葉を続けたその瞬間に生地を引き千切る。
「ああぁああぁぁああっ!!!?なんて事を!」
「これが聖樹マナの木だって?こんな繊維の弱いもんがマナの木なわけないだろ。これはそうだな…ノコゴリソウから採った繊維だ。そうだろ」
「ああぁ…」
青白い顔をして布を眺める姿に少し気の毒な事をしたと、良心が痛くなる。
それもそうだろう。ノコゴリソウはマナの木に比べれば天と地程の差があるが、そこら辺に生えている草木に比べれば上等な方だ。
そんなもん引きちぎられればそりゃぁ、血の気も引くわな…
「この生地の分は払ってやるから、他の見せろ他の。あぁーもういいやあんた。あとはこっちで勝手に決めるから!」
手振りで追い払い、やっと二人っきりになった店内で一部始終を呆然と観ていたアルジュナの顔を覗き込む。
「じゃ、あとはお前が決めろよ」
「は?お、おれが!?」
「なにさ、値段は心配ない!出世払いでいいから」
「無理だ…俺服選んだことねーもん」
唇を噛み締め握った拳をブルブルと震えさせている姿に、呆れて深いため息をわざとらしく吐きだせば涙の浮かんだ目で睨まれる。
「だから嫌なんだよ。自己選択出来ない奴は!お前は誰かに決めつけられた事に甘んじてそれでいいのかよ?だから今の糞溜めみたいな村でも満足して生きていけるのか?」
「糞溜めって!村を馬鹿にすんじゃねぇ!」
「あんな所糞溜めだ。王族にそういう風にさせらてたんだろ、だったらそれを否定してみろよ。お前の意思をもって王族に喰って掛かってみろよ。アンデットって言われたままで甘んじるな!!」
「うるさい!選べばいいんだろ⁉︎これ!これにする!!」
手近にあった生地を引っつかんだアルジュナが持ってきたそれは藍染の服。
「ちょ、ちょっと待て…この店に来てまでなんでそんな安っぽい藍染なんだ…」
「うるせぇ!!お前が選べっていったんだろーが!」
「わ、わかった!わかったから!!」
吠えて今にも泣き出しそうな顔をするからその勢いに気圧され、店主を店の奥から呼び戻しアルジュナが選んだ生地を仕立てるように頼んだ。
私が唯一気に入っているのはこの店の仕事の早さで、数十分経ったと思えばアルジュナが新しい服を着て奥から現れた。
まだ幼いとは言え、髪なども綺麗に整えて貰った彼は先程までとは比べものにならないほど垢抜けた活気あふれる少年へと大変身を遂げたものだから一瞬反応が遅れてしまう。
「…に、似合うじゃん!」
「どうも。なぁ、もういいだろ?村に帰せよ」
うんざりした表情で言われたが、そんな言葉は無視してアルジュナを手招き鏡の前に無理やり立たせる。
「ほら!アルジュナ、かっこいいぞ!」
「だからなんだよ!?話しはぐらかしてんじゃねぇよ‼︎」
「鏡、よく見て。お前は今自分がどうみえる?」
私の問いにやっと目の前の自分が映る鏡に意識を集中させたアルジュナの肩に手を置き静かに、しかししっかりとした強い語気で言葉を続けた。
「包帯で痣は隠した。いい服も着た。髪も整えた。それにアルジュナはそこらへんの大人よりも頭がいい」
「なにが言いたいんだよ…」
「お前は可哀想じゃないって言いたい」
アルジュナが被せた台詞をこちらも最後まで言わせず、強い語気でしっかりと彼を見つめる。
「はぁ‼︎俺がいつ自分の事可哀想だって言ったんだよ!?」
鏡から視線を外しこちらを睨んでくるアルジュナの顎を掴んで無理やり鏡の方へと向かせた。
「じゃぁ、言い方を変えるわ。お前は普通だ。他の奴らとなんら変わりなんて無いよ」
「え、だって…おれ…顔が…」
「あーわかった。なら帰るか!」
髪の毛をわしゃわしゃ掻きむしってやれば、漸くこの状況から終わる事に安堵したらしいアルジュナの眼が爛漫と輝く。
だが、私はこのままアルジュナを村に返す気なんて毛頭ない。
代金を払って店を出た私達は、さっそく馬に乗ろうとするアルジュナを無理やり引っ張って市場にまできた。
アルジュナは周囲から視線を集めないようにする方法を体で分かっているらしく、喚き立てる事もなく体を強張らせながら果物屋さんまで引きずられる。
「な、なんで…この店を…」
「あぁ!この店は以前来たことがあるのかー!初めて知ったぁ〜」
「そっ、その言い方!絶対知ってただろ!?」
「ま、村のみんなにお土産買っていってやろう!」
硬直状態のアルジュナに金貨を握らせ背中を押しやれば、けっつまづいて店の前に踊り出た。
突然現れた少年に店主は一瞬驚愕していたが、その後は無言で挙動の不信な彼の様子を伺う。
店主の前に飛び出してしまったアルジュナは視線を様々な所に走らせていたけど、意を決したらしく顔をあげた。
その瞳にいつもの強い焔を灯しているのを見てとれ、自分の勘に我ながら褒めたくなる。
「あの、りんごください…!」
「お遣いかい?幾つ欲しいんだ?」
ニカッと効果音が聞こえそうな程黄ばんだ歯を見せて笑う店主は、りんごを2、3個手に持ってみせる。
それだけ、たったそれだけの事であったはずなのにアルジュナにとってはこの上ない位に嬉しいことで、今にも零れそうになる涙を貯めた瞳で破顔した。
「あの時の坊主だろ?」
「あ、え…覚えてて…」
「まぁな、こっちは客商売だ。客の顔ぐらい覚えてるぜ。だがそのなかでもお前さんの事はよく覚えてるよ」
昔の話しを突然切り出され、驚きとその時に負った心の傷からかアルジュナは震え始め一歩だけ後退する。
「あん時は小汚ねぇ腐れ村から来たやつが…なんて思ってヒデェことしたが、その後で後悔したんだ…あん時なんであんなヒデェことしたんだろうってな」
「・・・・」
「腐れ村の奴らは陰険な奴ばかりだって思ってた…それに俺たちにも感染るんじゃねぇかって怖かったんだ…ははっ、いい歳こいたおっさんがなにを怖がってんだかな…」
「おじさん…」
バツの悪そうな表情で頬を掻いた店主の告白に、アルジュナの眉根が悲しそうに寄せられていく。
「だが今はどうだ?腐れ村の奴だと思ってたガキはちっとも腐ってねぇ。見た目も、お前の心もだ。そんでもってまた俺の店に買いに来てくれた…」
感極まったらしい店主は涙を目に浮かべ、鼻をすすって静かにアルジュナに向かって頭をさげた。
「腐ってたのは俺だ!!あの時は本当にすまなかった!!」
「あ、頭を上げて下さい!」
「おいおい、お前さん…俺の事許してくれんのか!?」
「…確かに、俺は貴方の店にくるのが怖かった…でもだからと言って貴方を恨んだことは一度も無い。そんな人から謝られる理由はないと思っただけです」
「おおおおっ!!いい奴だなぁあっ!!」
遠鳴りのような声を上げて泣き出す店主とアルジュナのやり取りを、遠巻きに見ていた私はホッと一つ胸を撫で下ろす。
幼い頃村に対する差別を知らないアルジュナは、熱にうなされる母親の為にこの果物屋に来たところ、欲しかったりんごを投げつけて追い返された事があったのは他の村の奴らに聞いていたから知っていた。
だからこそ、アルジュナの劣等感を克服させる為にそれを利用したのだが!店主がアルジュナのことを気に掛けていたのは嬉しい誤算だ。
アルジュナの心情はどうであれ、今彼が自分の事を『アンデッドのガキ』ではなく『普通の少年』だという事に気付けたのは間違い無い。
「帰ろうぜ」
「なにそのりんご」
店から帰ってきたアルジュナははにかみながら、抱きしめる形で持つ籠の中に一杯のりんごに視線を落とす。
「おっさんがくれたんだよ、村のみんなに持って行けってさ」
「へぇ!なら残念だけど馬では帰れないな」
「あーはいはい。だったら勝手に家に帰りやがれお姫様!!」
「なに言ってんの、一緒に帰るにきまってんじゃん」
幾分陽が傾いてきた村への帰り道、私は馬を引きながらアルジュナと並んで歩く。
「俺、王宮戦士にエインヘリャルになる」
「…お前はそんなんじゃなくてさ、学者とかになればいいんじゃない?」
「…嫌だ」
「バカな奴。折角王族から、この国の虐政からおさらばできるようになったのにさ。自分から王族の犬に成り下がろうなんて…」
「いいよ、犬でもなんでも…でも、俺は王族のじゃない。あんたの為のエインヘリャルだ」
静かにそれでも芯の通った声で告げられた言葉にハッとしてアルジュナを見やると、澄んだ瞳が静かに私をつ据えているかそれ以上を馬鹿にする事が出来なくなった。
「わかったよ。だけど、私は一切干渉しないからな」
「…わかってる!」
「あっそ」
本当は学者とか医者とかにしてやりたかったものだから、とんだ誤算に先行きが不安になるもアルジュナが嬉しそうに微笑むから説得する気力も失せていく。
ほんと、とんだ誤算だよ
少しだけ以前より大人びたように見えるアルジュナに手を伸ばし、包帯が手首に巻かれた彼の手を繋いで帰路についた。