嫌われた奴ら
数日後にやっと時間を見つけてやって来たのは件の北の領地にやってきた。
王都から遠いアルジュナ達の村よりは近いけれどやっぱり馬に乗らなきゃいけないから遠いのなんのって。
北の領地は王都に似て商家が軒並みを連ねていて、そこそこ賑わっているそんな中馬から降りてそこらに居る人にドルイドの事について尋ねると聞いた人間のみならず近くに居た人達にも渋い顔をされてしまう。
「奴らならこの丘を下った向こうの森の中にいますよ」
「どうも。お詫びにこれ買うよ」
真っ赤に染まった林檎を二つの買い、教えられた丘を下る。
森に着く前にそこそこ大きい村がそこにあり、井戸の水を馬に飲ませてやろうと村の中にまで入った時だった。
「狂人め!!村から出てけ!!」
「でてけ!!」
「村にくるな!」
私と同じぐらいの歳の男や子供達が輪になって人に向かい罵声の数々を浴びせているのが見え、近くで傍観していた婦人にそれを指差して問いかける。
「あれは一体なんです?」
「あれ?森の奥にいるドルイドが井戸の水を汲みに来たのよ。気味が悪いったらありゃしない。なんであんな危ない奴らなんかいるんだろうね、王族は何してんだか…子供に何かあったらって考えるだけで気が気じゃないよ」
大体の想像はついていたけど、彼らに対する迫害がこれほどだと思わず驚きを通り越して呆れてしまう。
私たち王像がルーンの民であるだけにドルイドに対する恐怖はよく知っているからこそ起こる現象であるのはわかっているけど、もう何十年という長い年月の間ドルイドがそういった問題を起こしてないのにどうしてここまで言い切れるのかが不思議でしかたない。
桶を抱きかかえ地面にうずくまるフードのドルイドは蹴ったり石を投げつけられたりなどの暴力に耐え忍んでいるけど、その暴力は苛烈を極めこちらとしては止めるという選択しかなくなる。
「あーちょっと、それ以上はやめよう?」
「あんた誰だよ!?部外者が引っ込んでな!」
「領主様はなんて?」
「あん?王様に談判してくださるそうだが一向に判断をされない!」
「王様は我々の事なんかどうでもいいんだ!」
「ふざけんな!父上の御心も知らない奴らが決めつけんな!!」
思わず怒鳴り散らしてしまい、一気に脚光を浴びる羽目になってしまったけど引っ込みがつかないし、引っ込むつもりなんて毛頭ない。
「父上はいつも国民のことを想っておられる方だ!それを何もしらない奴らが勝手にいってんな!!お前等なんか税金を引き上げられて搾り取られちまえ!!」
足音を鳴らし大股でドルイドの腕を掴み、引っ張り起こす。
「行くぞ!!」
右手に馬の手綱、左手にドルイドの腕を掴みさっさとこの反吐が出るような村から立ち去る事にして呆気に取られる村人達に嘲笑を残した。
「あ、あの!助けて頂きありがとうございます!」
「別に、父上のことを馬鹿にした奴らだ。そんな奴らと話すことなんかない」
「それでも本当に嬉しいです。あの…よろしかったら家にお越し下さい。なにもありませんが、お礼をさせてください」
ドルイドはルーンの記憶もあってあんまり好意的な奴らじゃないと思ってたけど、想像以上の礼儀の良さにかえってこっちがおじ気付いてしまう。
「あ、うん…そーさせてもらう」
多少の警戒心はフードを外した少女の綺麗な微笑によって奪われ、思考とはべつにそんな言葉が口を付いていた。
「名前、なんていうの?」
「ああ!失礼しました。リオンと申します。王女様」
「なんで王女?」
「先程、国王様の事を父上と呼ばれていらっしゃいましたので」
「よくわかったじゃないか。そーう!私は現国王の一人娘、この国の王女である!!」
「そんな方が何故このような場所に…王都からは遠いではありませぬか?」
眉根を寄せる彼女の言葉には嫌味なんかこれっぽっちも感じられず、本当に心配しているのだと分かる。
「この村にはドルイドがいると聞いたんだ。ドルイドはお前の他にあと何人いるんだ?」
「私と弟だけでございます」
「ん?もっといると思ってたんだが…両親はどうした?」
「両親はいません…ドルイドである母は2年前に亡くなりました。父は…しらないんです」
なんだか重くなってきた空気を一蹴するように、できるだけ声を明るくしてみた。
「他のドルイドはいないのか?」
「はい…他は居ません。ドルイドは一世帯のみがこの国に暮らしておりますゆえに、私と弟しかいないのです」
へーなんて味気ない相槌を打つが、リオンには気にならなかったらしく、見えてきた家を指差さす。
「あれが我が家です!王女様!」
「ハル…ハルって呼んでいいよ」
「ハル様!素敵なお名前ですね」
リオンは顔立ちも元々良いらしく、彼女の微笑みは可愛らしいと思わずにはいられず釣られてこちらも笑ってしまう。
「ただいま、ヨアン!王女様が、ハル様がいらっしゃったわ、こちらにいらっしゃい!」
「おじゃましまーす」
「こんにちは!」
「お、おう…元気いいじゃん」
家に入ればすぐに小さな男の子が姿を現し、溢れる笑顔を私に向けてくるから一瞬たじろいでしまう。
「ヨアンっていいます!」
「ハルっての、よろしく」
「ヨアン。私ね、さっきハル様に助けていただいたのよ」
「本当!?お姉ちゃんを助けてくれてありがとう!!」
キラキラ眼を輝かせる彼の視線に、先程までドルイドかわいそーとか軽薄な事を考えていた罪悪感に襲われるからやめてほしい。
ありがとうございますでしょう?なんていうやり取りをしながら近くにあった机の上にお茶を淹れたカップを置いたリオンは、その席を掌で指し示し私を座るように促した。
「それにしてもリオンはお人好しだね、私はお前らドルイドを国から追いやった一族…恨まれこそすれ、お茶を出されて温かく迎えられるとは思ってなかったわ」
カップに口をつけたらそこそこ熱いから舌を火傷して、お茶に息を吹きかけ熱を冷ましながら、私の向かいに座ったリオンに率直に述べてみた。
「そんなことはないんです。ご存知でしょうがこの国にいたドルイドのほとんどが追放されてしまいました。でもそれはドルイド達が行ってきた事からすれば当然です。ですが迫害にあう中で体を負傷してしまった者もおりました。そのドルイドを国に置いて下さったのはこの国の王様でした」
「そりゃぁお前らからするとそーだろうけど、こっちは研究としてであって…」
「それでも、この国にいて良いと王様は仰ってくださいました。どの国でもドルイドの迫害がある中この国だけが…」
声が震えているのに気付き未だ冷めないお茶から視線を上げればぎょっとしてしまう。
瞳に涙を一杯貯めていて、今にも溢れんばかりだったのだ。
「私たちの存在を認めてくださいました。本当っにありがとうございます!」
一筋の涙を頬に転がしながら頭を垂れる彼女を慌てて制し、ぐるぐるとルーンの記憶を辿る。
そんな記憶あったか?
ルーンを追放した記憶はお祖父様の記憶でも古い方だというのに…と、言うことは…
「父上が…」
「なにか?」
「いーや、なんでも!」
私は一応この世界で一番最古の記憶を持つルーンであるのにその記憶が無いといえば、持ってない父上と叔父上の記憶だけ。
それがわかれば必然的にこのドルイドが言う王様というのは誰だかわかり、嬉しさがこみ上げてくる。
面白いこと見つけた子供みたいに歯を零して机の上に身を乗り出す。
「ね!そんなことより、なんか魔法やって見せてよ!!」
「ええっ!?そ、そんな無理ですよ!!」
「だって、ドルイドって魔術師の中でもすごいって言うらしいじゃん!」
「そそそれは!大昔の話です!今はドルイドじゃない普通の人間の血も混じっているので昔みたいに魔術は使えないんです」
「ちがうね!!」
断言する彼女に向かってこちらも断言で返せば、驚いたらしく何度も瞬きを繰り返す。
「お前は、いや!お前達は知らないだけ、やり方を知らないだけだ」
「え…でも…」
「なら、今までに誰かに魔術を教えて貰った?」
その問いは的確だったらしく、リオンは何度も左右に首を振った。
「空飛ぶ魔術やってよ!」
「で、ですから…」
「なら来い!!ヨアンお前もだ。こんな家を捨てて私と来ないか!?お前に教えてやる!」
「は?え…一体どういう…」
「だーかーら!この家を捨てて私と王都に住むんだよ!」
リオンは呆然としていたが、すぐに言葉を理解してくれたらしく面白いぐらいに顔が真っ青になっていく。
「ダメですダメです!!それはダメです!!」
「なんでさ?ヨアーンお引越しするから準備してー」
「わー!!ダメですって!国王様に居住を許されましたがそれには条件がありまして、この村を出ないという…」
「大丈夫大丈夫!本人に転居したって言えば」
「本人って…?」
「え?国王」
「えぇええっ!!?」
「うるさっ!」
ダメだの何だのと煩いリオンを放って、乗り気満々のヨアンに荷造りの手伝いをしてもらう。
準備が全部整った所でまたリオンを見れば、未だに混乱してるらしいから無理やり引き摺る形で王都へと向かった。