夜すがら
「また、空が落ちてくる」
掠れた筆引きの雲が白く浮き彫りになる蒼穹に、箒星が大きく弧を描いて流れて行く。幾本も、幾本も。止めどなく流れる箒星は天球を如実に報せてくれるが、空は止めどなく広がっているそうだ。
「手を伸ばしても、この華奢な小さな身体では、目一杯ふりまわしたとて届かない、雲の、箒星の、太陽までものずっと果て。曰く、上も下もないという」
手をゆるりと横薙ぎにする。
風がふわりと裾を煽ると木の葉も舞うこの丘の上。あの空が動くのではなく、この大地が動くのだという。
また星が空を滑り彼方へ身を躍らせて去り消えた。
「そうか、世界は私の頭の中にあるんだな。踊る私に合わせて世界は回る。凪いだ湖面も蹴れば波紋を広げ、吐く息は巡ってつむじを巻き、この目蓋を塞いだ時にはみんな無くなってしまう」
胸の前で両手を重ねて少し身慄いをする。この思いを何とものすればいいだろう。少し、眩暈がするようだ。
幾重に折り重なる草原は見えない所まで続いているのだろうか? 歩いて行けば分かるのかもしれない。
河川の何条ほどの大きさか知れないうねる海原はどこかに浴槽の栓があったりしないだろうか? 漕いでて見ても分かるのかもしれない。
じゃあ、もし、仮に、そうであったなら、よしんば幾星霜の常闇がこの小さな身体のどこか例えばへその緒尻に咲いた花の香りだったとしたら。緒を辿ってはらわたを渡り三丹田を開いてみれば、やはりそこに真理は紐解かれているだろう。
「じゃあ、どうして世界はこうも摩訶不可思議の極まりなのか。窮まるあまり私は首をひねる。すると木はまるで地面のようだ、水は聳り立つ壁となる」
曰く、木は下に根を張り上に枝葉を伸ばすという。水は下がって己の省みずを諫めるべく透明なのだそう。
いま膝をついて、見える世界。
「とんと揺れて、炎の如く掴み所を得難い」
衝撃の折は世界が稲妻の侵撃を受けたようだ。鉄か鉛か、岩か黄金かの盤石さは此処にはない。そして空はもはや左右の別も失われていた。
「また、空が落ちてくる」
胸のぽっかりと空いた穴は果たして空なのか。