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生還

 あの事故から、四ヶ月が過ぎた。

 修学旅行中の、バス転落事故。さらに、大規模な山火事。

 僕たちは奇跡の生存者として、一時ではあるが有名人になった。

 だが、一ヶ月ほどの間マスコミを避けまくり取材を拒否していたら……いつの間にか、僕たちの存在は忘れられていた。マスコミはもう、僕たちには目もくれなくなっていたのである。




 あの日、僕たちは廃村から脱出した。

「さて、グズグズしてる暇はない。もうじき夜が明ける。きれいに掃除しないとな」

 そう言うと、明は灯油を撒き始めたのだ。僕たちは、ただただポカンとするばかりだった。

「えっ、掃除?」

 首を傾げ、聞き返す鈴。すると、明は頷いた。

「当たり前だ。これだけ殺してれば、正当防衛ですなんて言ったって通らない。薔薇十字団なんて言ったって、警察は信じてくれないよ。俺たちは、殺人犯として逮捕されることになる……それも、史上まれに見る大量殺人犯の高校生トリオとしてな。だから、山火事を起こして事件そのものを無かった事にするしかないんだよ」

 吐き捨てるように言うと、明はありったけの灯油を撒いていく。

 それに倣い、僕と鈴も村のあちこちに灯油を撒いていった。


「まあ、これだけ撒けば大丈夫だな。じゃあ、火を点けるぞ。お前ら、気を付けろよ。ここまで来て、自分の点けた火で焼け死んだなんて、シャレにならねえからな」

 そう言うと、明は火を点けていく。

 目の前で、全てが燃えていった。上條も、大場も、芳賀も、そして狂人たちも……。

 だが、僕たちの忌まわしい記憶が消えることはないだろう。


 いつの間にか、周りは明るくなってきている。僕たちは、炎に包まれる村を後にした。奴らの乗ってきた車で、険しい山道を降りたのだ。

 その車を運転しているのは、もちろん明である。

「あんた、免許持ってたんだね。知らなかった……ん? ねえ、あんた本当に免許持ってるの?」

 鈴が訝しげな表情で尋ねた。すると、

「免許? んなもん持ってないよ。だがな、運転は十二歳の時からやってる。だから問題はない」

 すました表情で答える明……すると、鈴は呆れたような表情になる。

「この不良少年」

 鈴の発した言葉に、僕は思わず笑ってしまった。


 不良少年、だって?

 明はそんなレベルじゃないよ……。


 山道の途中で車を乗り捨て、僕たちは山の中を歩いて行った。

 既にここまで聞こえている……ヘリコプターの飛ぶ音や、救急車や消防車のけたたましいサイレンや、捜索隊の喚いているような声が。

 さらに、マスコミ関係者のカメラのシャッター音なども聞こえている。

 そんな中、僕たち三人は山道を降って行った。すると捜索隊らしき人が僕たちに気付き、ギョッとした様子で近づいて来る。

「き、君たちは……」

 次の瞬間、その人は叫んだ。

「おーい、いたぞ! 生き残った生徒がいた!」

 次の瞬間、僕たち三人は大勢の人間に取り囲まれた――


 僕たちは、様々なことを聞かれた。しかし、その質問すべてに知らぬ存ぜぬで通した。

「事故に遭い、山の中を三人でさ迷っている間に、気がついてみたら夜が明けていて、しかも山が燃えていました。だから慌てて、元いた場所に戻ろうとしてたんです。申し訳ないですが、みんな疲れてますので……これ以上は勘弁してください」

 そんな意味のことを、すました顔でみんなに説明する明。この状況でも、全く臆する様子がない。改めて、明という人間の凄さを知った。

 一方、僕と鈴は喋る気力すら無かった。

 ただただ、早く家に帰りたい。

 帰って、暖かい布団で眠りたい。

 暖かいものを食べたい。

 そんな思いに支配されていたのだ。

 だが疲労困憊している僕たちに向かい、マイクを向けて質問する人たちが大勢いた。カメラを持って、写真を撮る人もいる。

 僕たちは全て無視した。しかし、彼らの投げかけてくる言葉は止まらない。


「君たち、何か一言!」

「ちょっと君たち、こっち向いて!」


 口々に質問してくる人々。そんな人混みを強靭な腕力で掻き分け、冷静な表情で進んで行く明。その後を、僕たち二人はどうにか付いて行った。


 あの場所で、一つ忘れられない光景がある。明が叔母の純さんと再会した時のことだ。

 純さんは明の姿を確認した時、その整った顔をくしゃくしゃに歪めた。

 次の瞬間、わき目もふらずに走ってきて――

 明に抱きついたのだ。彼の胸に顔をうずめ、人目もはばからず泣き出した。




 後で分かったのだが、死者は全部で四十人以上出たとのことだ。バスの事故、さらに山中の廃村で遊んでいた人々による火の不始末が原因の山火事……しばらくの間、そのニュースはメディアを席巻することとなった。

 しかし、僕たちのやったことは誰も知らない。後のニュースで知ったのだが、あの徳田もまた、火事に巻き込まれて死んだらしい。


 その後……僕と明と鈴は三人で話し合い、この一夜の出来事を忘れることにした。

 もっとも、絶対に忘れることなど出来ないのは分かっていたが。




 それから、僕たちの人生はまるっきり変わってしまった。

 僕と明と鈴は、石原高校をしばらく休学することになった。だが……鈴はそのまま、学校を退学してしまたのだ。そして家に閉じ籠り、一歩も外に出ようとはしなくなってしまった。

 一方、僕はというと……家に帰った翌日は、丸一日ボーッとして過ごした。なんだか、長い夢でも見ていたかのように。

 だが、その次の日になると、なぜか体が疼いた。我慢できず、僕は町内を走り、公園の鉄棒で懸垂をやった。端から見ると、完全なる不審人物だったろう。

 だが、僕の体内で目覚めた何かは収まらなかった。さらにその翌日から、近所の区民体育館でウェイトトレーニングを始めた。それだけでは飽き足らずに、総合格闘技のジムにまで通い始める。

 その頃になると、僕は学校に行っている時間が無駄に思えるようになった。あんな学校で学ぶことなど、何もない。

 そして鈴に続き、僕も学校を辞めたのだ。

 辞める前に、僕の父は言っていた。

「お前があんな体験をして大変なのはわかる。でも今の世の中、せめて高校くらいは出ておけ。大卒ですら、就職できずにいる人間が大勢いる。お前、中卒では……この先、苦労するぞ」

 だが、僕の決意は固かった。僕は学校を退学し、アルバイトを始める。




 そんなある日、僕と明は鈴の部屋に集まっていた。明もまた、既に石原高校を辞めている。

 だが、高校生は辞めてはいなかった。別の高校の編入試験に合格し、九月から通っているのだという。

「猪瀬高校だって? 聞いたこともないな」

 僕が言うと、明は苦笑して見せる。

「ま、俺の学力でも入れるんだ。バカな所に決まってるだろう。いや、俺も今さら高校なんか行きたくないんだけど、純……あ、いや叔母さんがうるさくてさ」

 ちょっと面倒くさそうに答える明。

「純さんがうるさいの? あの人、優しそうじゃん。それに綺麗だし」

 鈴の言葉に、明は黙りこんだ。ためらうような素振りをしたが、ややあって口を開く。

「実は、お前らに聞いてほしいことがある」


 ・・・


 日本に来てから、明は純に様々なことを教わった。日本語の会話、日本での一般常識、それに礼儀作法などを。

 明は乾いたスポンジが水を吸収するように、教わったこと全てを次々と吸収していく。純は明の飲み込みの早さに驚き、そして喜んでくれた。

「明! あんた凄いね! 頭いいよあんた! 」

 そう言って、子供のように無邪気にはしゃぐ純。

 一方、その後も明は学習を続ける。そして様々なことを覚えていった。

 純の喜ぶ顔が見たい。ただ、それだけのために。


 そんなある日、明は迷いながらも純に打ち明けた。父が殺人鬼であることと、自らの過去を。

 だが、純はこう言ったのだ。

「あんたは悪くない。悪いのは、あんたの父親だよ。明は、明だよ。あたしの大事な……これから、真っ当に生きればいいの。もう二度と、悪い事しちゃ駄目だよ」

 そう言いながら、明を優しく抱きしめてくれた。

 明は嬉しかった。だが同時に、それまで感じたことのない思いが湧き上がってきたのだ。

 その日以来、叔母の純を女性として意識するようになってしまった。


 初めは、その気持ちを必死で押し殺していた明。しかし我慢できなくなった明は、自らの思いを純にぶつける。

 すると――

「な、何を言ってるの……駄目だよ明……」

 頬を紅潮させ、うつむく純。だが、明は止まらなかった。強引に純を抱き寄せる。

「俺は叔母さんが好きだ。本気なんだよ。もし迷惑なら、俺は、この家を出る。二度と叔母さんの前には姿を現さないから……」

 明のその言葉に、純は顔を歪める。

「待って……明、聞いて欲しいことがあるの」

 そして純は、明の母である美樹の過去を語り始めた……。




 美樹が覚醒剤を始めた理由、それは義理の父親からの暴力であった。しかもメキシコから逃げ帰って来てからは、性的虐待まで受けるようになっていたのだ。

 母と純は、それを見てみぬ振りをするだけだった。もし警察に言えば、身内の恥を晒すことにもなる。黙っているしかなかった。

 しかし、この狂った状況に耐えられなくなった純は、ついに家を出て行く決意をする。

 美樹のことも誘ったが――

「あたしが、あいつの……お父さんの言うこと聞かないと、お母さんが酷い目に遭わされるから……」

 そう言って、やつれた顔で笑った。

 純は迷ったが、結局は僅かな荷物をまとめて一人で逃げ出した。これ以上、狂った家には居たくなかったのだ。

 しかし、その数年後に惨劇が起きる。

 純は一人ぼっちになってしまった。




「もし、あたしがあの時に姉さんを連れて行けば、あんなことにはならなかったかも……あたしは姉さんを……あんたの母さんを助けられなかった。だから、あんたのことは絶対に……ちゃんとした大人にする。それまでは、あたしが面倒みるから……でないと、姉さんに申し訳ないよ」

 そういうと、純は明の腕から離れる。

「明、今日のことは聞かなかった事にするから。あんたにも、いつか相応しい人が現れるよ」


 だが……それ以来、純との関係はぎごちないものになっていた。会話も、ほとんどなくなっていたのだ。

 明は再び、元の怪物に戻りかけていた。メキシコに居た時のような怪物に。

 しかし――


 ・・・


「あの事故のあと、叔母さんに言われたんだ。俺の事をずっと男として意識してた、って。俺が事故に遭ったって聞いた時、もし生きて戻ってきてくれたら、俺の気持ちに応えてあげようって……そう神様に祈ったって、純さんは言ってくれたんだ」

 明はそこまで話すと、急に顔をしかめる。苦しそうな表情になった。

「で、俺は……その……純さん、いや……叔母さんと――」

「いいことじゃん。何かと思ったら、ノロケかい」

 そう言いながら、僕は明の胸を軽く突く。

「えっ……」

 明は僕の対応に、キョトンとしている。その表情が可笑しくて、僕はプッと吹き出してしまった。

 さらに、鈴も立ち上がり明を睨む。

「叔母さんに手を出すなんて……この不良少年」

 そう言った次の瞬間、鈴は笑いながら、明の頭をはたいた。

「ノロケてんじゃないわよ、全くもう」

「お、お前ら……」

 唖然した表情になる明。僕と鈴の顔を、交互に見ている。

「今までやってきたことに比べれば、大したことないじゃん。明は純さんが好きで、純さんも明が好きなんでしょ? 血は繋がってないんだし、問題ないじゃない」

 僕はそう言って、微笑んで見せた。鈴もニコニコしている。

 世間一般の常識に照らすなら、明と純さんの関係は忌むべきものなのかもしれない。だが僕は、その二人の関係が、むしろ微笑ましかった。

 戦場にも等しい街で、怪物として育てられた最凶の男・工藤明。そんな男が、この日本で普通の幸せを掴もうとしている。その事実が、僕は心の底から嬉しかった。

 そして最凶の男は今、僕たちの前で照れている。

 頬を真っ赤に染めながら……。


 鈴の家からの帰り道、僕と明は並んで歩いていた。

「それにしても、お前は本当に変わったよな」

 不意に明は足を止め、僕にそう言った。

「えっ?」

 明に合わせて、僕も足を止める。

「なんかお前、別人みたいに逞しくなったな。人の体って、短期間でここまで変わるのか……」

 そう言って、明はTシャツ姿の僕の体を、まじまじと見つめる。

「いや、筋トレは欠かしてないからね。それに、明に比べりゃまだまださ。とりあえず、今はベンチプレスで百キロを挙げるのが目標だよ」

 そう言いながら、僕は腕を曲げ上腕二頭筋を盛り上げてみせた。ボディービルダーみたいな表情を作りながら。

 すると、明はプッと吹き出す。

「ハハハ……お前、筋肉バカにはなるなよ。ところで、鈴は元気そうで良かったな。密かに心配してたんだが――」

「あれは、僕たちの前だけなんだよ」

 僕の言葉に、明の表情が堅くなる。

「どういう意味だ?」

「鈴は、外に一歩も出られないんだ。両親から聞いたんだけど、知らない人間が近づくと、体が拒絶反応を起こすんだって。気分が悪くなったり、情緒不安定になって泣き出したり……ひどい時には、暴れ出したりするんだよ。外で、誰彼かまわず殴りかかって行ったこともあったらしい。とにかく、僕ら以外の人間と接するのが怖いみたいだ。ねえ明、暇があったら、週に一度だけでも顔を出してあげようよ」

 そう、鈴は未だにあの村の記憶から逃れられずにいるのだ。

 僕たちが覗いてしまった深淵……その闇は、あまりにも深く恐ろしいものだった。鈴は、覗いてしまった闇の恐ろしさに今も怯えている。怯えながら、どうにか生きている状態なのだ。

 にもかかわらず、僕たちを心配させまいと明るく気丈に振る舞う鈴。そんな彼女の姿は、見ていて辛いものを感じる……。


「そう言うお前は、大丈夫なのか?」

 不意に明が尋ねる。

「えっ、僕? 僕は大丈夫だよ――」

「本当か? はっきり言うが、鈴のようになるのが普通の人間の反応なんだよ。あんな戦場みたいな一夜を過ごして、大丈夫な訳はないんだ……なあ、強がらないで俺にだけは本当のことを言え。お前、本当に大丈夫なんだろうな?」

 言いながら、明は僕の目を見つめた。

 あの闘いの時と同じ、すべてを射抜くかのような強烈な視線を感じる。だが、その奥には暖かいものもある。僕は、思わず視線を外した。

「少なくとも、今のところは大丈夫だから。もし今後、何かあったら、真っ先に相談させてもらうよ」

 僕は下を向きながら、そう言った。しかし、明は視線を外さない。黙ったまま、じっと僕を見つめる。

 だが……少し間を置き、口を開いた。

「わかった。だがな、もしも何かあったら……遠慮しないで言えよ」


 明は僕を、本気で心配してくれているのだ。熱いものが、僕の胸にこみ上げてきた。

 僕がこれまで生きてきた十六年の人生の中……初めて出来た友だちは、凶悪な犯罪者で、しかも人間凶器だった。

 でも明は僕にとって、かけがえのない存在だ。




 その後、十日ほど経ったある日、僕は一人で鈴の家に行った。

「また来たの? 暇だねえ翔は」

 そう言いながらも、鈴は嬉しそうな顔で迎えてくれる。

「そういえば、明って普段は何してんの?」

 鈴の問いに、僕は笑みを浮かべて答える。

「うーん、あれでも一応は高校生だからね。学校行ったり純さんとイチャイチャしたりで忙しいんだよ。今日はアメリカに行ってるけど」

「えっ? アメリカ?」

「そう、アメリカさ。向こうの刑務所に入ってる、親父さんの面会に行ったんだよ」

「親父さんって、あの殺人犯の?」

 鈴は目を丸くする。

「そうだよ。逮捕されてから、初めて面会するんだって」





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