表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

変貌

「お前ら、そこで止まれ! でないと撃つぞ!」

 拳銃を構えながら、喚く徳田。僕は動きを止めた。明も鈴も、その場に立ち止まっている。

「このガキどもがぁ! こっちはな、てめえらを殺さずにいてやったんだよ。ったく、関係ねえ事に首を突っ込んできやがってよぉ! 頭に来たぞ! お前ら全員、ぶっ殺してもいいんだぜ!」

 口汚く罵ると同時に、銃口を空に向ける徳田。

 直後、銃声が響き渡る。生まれて初めて聞く、本物の銃声だ。

 その時――

「いい加減にしろ」

 僕の口から、そんな言葉が洩れていた。

「な、何だと……」

 徳田は怯えたような声を出し、僕を見つめながら銃口を向ける。

 だが、僕は歩き始めた。徳田に向かい、真っ直ぐに――


 この時、怖くなかった訳ではない。むしろ、その逆……とても怖かったのだ。

 恐怖、怒り、哀しみ、プライド……形容のできない様々なものが入り混じった不思議な感情に支配されて、僕は歩いていた。

 そして、この時……僕は確かに感じていた。

 凄まじいまでの恐怖、そして相反するかのような恍惚感を。

 全身の血が沸き立つような感覚を。

 自らの今までの人生と……自分が変貌していく瞬間を。


 もし、こいつに撃たれたなら、僕は確実に死ぬ。

 でも、明と鈴が仇を討ってくれるだろう。

 だが万が一にも、今の状況を生き延びたなら、その時は――


 ・・・


 明は、翔の行動に度肝を抜かれていた。

 徳田は本物の拳銃を構えているのだ。なのに、翔は平然と歩いている。まるで、撃ってみろとでも言わんばかりに。

 今の翔は感情が高まり、完全に常軌を逸しているようだ。何としてでも止めなくては……。

 一方の徳田は、翔の尋常ではない雰囲気に呑まれている。動くことすら出来ない。思った通り、この男は素人だ。少なくとも、本気の殺し合いはしたことがない。

 そう、この男は基本的に町のチンピラと同レベルなのだ。これまでにも、人を殺したことはあるだろう。だが、それは抵抗できない弱者をいたぶるチンピラと同レベルの行為なのだ。そこには、勇気や闘志や覚悟といった要素が介在する必要がない。例えて言うなら、ゲームで雑魚キャラを殺すのと代わりないのだ。

 だが翔は違う。彼は今夜一晩のうちに、殺るか殺られるかの修羅場を幾つも潜ってきたのだ。そこらへんのヤクザなど、比較にならないほど人を殺してきた。今の翔に殺し合いで勝てる者など、そうそう居ないであろう。

 しかも今は、狂気と紙一重の状態にある……刺し違えてでも徳田を殺す、という決意が翔を突き動かしているのだ。

 こと精神面においては、最初から勝負にすらならない。死ぬ覚悟と殺す覚悟、その両方が出来ている翔……まともに向き合うことすら、今の徳田には不可能であろう。

 だが、このままでは翔が死ぬ可能性は高い。翔をむざむざ死なせる訳にはいかないのだ。明にとって、翔は初めて出来た親友なのだから……。

 また、徳田を殺させる訳にもいかない。徳田には、まだ使い道がある。明はじりじりと間合いを詰めていく。徳田に悟られないよう、少しずつ動いた。

「てめえ! それ以上近づいたら撃つぞ!」

 声を震わせながら、叫ぶ徳田。だが、翔には怯む様子がない。鉈を片手に、真っ直ぐ近づいて行く。

 すると、徳田の表情が歪んだ。体の震えが、さらに激しくなる。

 まずい……徳田は撃つ気だ。翔の存在が、徳田の頭を混乱させている。殺意よりむしろ、恐怖心から引き金を引こうとしている――

 その瞬間、明は一気に飛びついて行った。


 ・・・


 僕の目の前で、いきなり明が徳田の腕を押さえつけた。さらに、肘の関節を極める――

 叫び声と共に、徳田は拳銃を落とした。

 その直後、明は地面に落ちた拳銃を蹴り飛ばす。と同時に、徳田を思い切り突き飛ばした。

 後方に倒れる徳田……明は徳田の喉を片手で掴み、絞め上げた。

 徳田は苦しそうにもがいている。両手に力を入れ、何とか外そうともがき苦しんでいる。

 だが、明の手は機械仕掛けなのではないかと思うほど強いのだ。一度、絞められたことのある僕にはよく分かる。

 徳田の顔は、みるみるうちに紫色に変化していく――

 その瞬間、明が手を離した。

 徳田は崩れ落ちる。呼吸が乱れ、徳田は動くことすら出来ない。

 すると明は、今度は徳田の左手首を掴む。そして、アームロックという関節技をかける――

 次の瞬間、徳田の左肩の関節が外れた。

 徳田の口から、凄まじい悲鳴があがる……。

 そんな徳田を、明は冷たい表情でじっと見下ろしていた。


 次の瞬間、徳田は泣きながら、額を地面に擦り付ける。

「お願いです! 許してください! 何でもします! 私には妻も子供もいるんです! 命を助けてくれたら、何でもします!」

 言いながら、尻のポケットに手を伸ばす。

 その瞬間、明が動いた。まだ動く右腕を押さえつける。

「うあああ! やめてくれ! 財布、財布だよ! 財布があるんだ!」

 徳田が、涙と鼻水をたらしながら訴える。明は手を伸ばし、徳田の尻のポケットから、黒革の財布を抜き取った。かなり分厚いように見える。

 明はその財布を、僕たちに放ってよこす。

 そして徳田に言った。

「だったら、お前らのサークルの活動内容とメンバー、その他もろもろの情報を洗いざらい吐いちまえ。そうしたら、命だけは助けてやってもいい」


 ・・・


 薔薇十字団……それが、このサークルの名前だという。

 もともとは二十年ほど前に物好きな学生が、ヨーロッパを旅行している時に偶然、本物の殺人フィルムを手に入れたことから始まった。

 初めは、よくできた偽物くらいにしか思っていなかったのだ。本物の殺人の場面を映したものだとは、露ほども思っていなかった。

 だが、その妙にリアルな映像が心に残った。学生は、そのフィルムを荷物の中に入れたまま帰国する。

 しかし、フィルムに映っていた男と、今度はテレビの画面にて再会することになる。

 帰国してしばらくたったある日、偶然に夜のニュース番組を観ていた時のことだ。

 その番組内に、海外のニュースを伝えるコーナーがあった。その中で、凶悪な連続殺人鬼が逮捕されました……というアナウンサーのセリフともに、男の顔が映し出される。数十人を殺害した猟奇的事件の犯人として。

 しかも、フィルムの中で被害者……の役を演じたはずの女も映っていたのだ。大量殺人事件の被害者の一人として。

 学生は驚き、心踊らせた。この映像の存在を知っているのは、日本でただ一人……自分だけだ。

 学生は口の固い信用できる人間だけを集めて、試写会を開いた。

 見た者すべてを黙らせる映像が、そこにはあった。


 やがて学生は、見ているだけでは物足りないと思うようになる。さらに学生は、こうした殺人のフィルムが、裏の世界では高値で取り引きされている事実も知った。

 学生は考えた。自らに芽生えた殺人への欲望を満足させ、同時に大金を得られる手段を。

 そして学生は、初めて自らの手で人を殺す。結果、命を奪う歪んだ快楽を知ってしまった。


 学生は大学を卒業し、薔薇十字団を結成する。そして、似たような嗜好の持ち主たちを会員として集めていく。

 名前の由来は、昔読んだ推理小説に登場した怪しげな秘密結社である。だが逆に、そのふざけた感じのネーミングが、入団する者から罪悪感を薄めていた。

 薔薇十字団の活動内容はというと、言うまでもなく人殺しだ。


 初めは、ホームレスをさらい殺していた。しかし客からの要望は、若い娘を「主役」に据えた物の方が圧倒的に多い。しかも、そちらの方が値段も高くなる。そのため、自然と家出した娘などがターゲットになっていったのだ。

 彼らは若い娘たちを誘拐し、しばらく監禁しておいて殺す。それも、ただ殺すのではない。

 殺すまでにさんざんに痛めつけ、その過程で生じる恐怖の表情と死に逝く様子を、映像として残すのだ。

 その殺し方も、実にバリエーションに富んでいる。刺殺、撲殺、絞殺、焼殺、薬殺、銃殺、爆殺などなど……。

 それらを映像作品として創り、裏の世界にて次々と発表した。

 一般の人が観れば、確実に胸が悪くなるであろう映像。しかし通常の快楽に飽き果てていた者たちの間では、ひそかに話題となっていったのだ。

 彼らの創り出した映像は高く売れ……薔薇十字団は、日本の裏社会の中で一気に注目される存在になった。ヤクザはもちろんのこと、外国人マフィアの日本支部の者たちですら一目置くような存在になっていたのだ。

 そんな折、薔薇十字団の一員である徳田は、さらなる思いつきをした。

 死体に細工を施し、芸術作品として創り、会員及び会に協力してくださる皆様方に観賞してもらってはどうだろう……と。

 その思いつきを実行するため、選ばれたのが今いる廃村だった。


 ・・・


「ずいぶんと悪趣味なんだな、あんたらは。まさか日本にも、あんたらみたいなキチガイ集団がいるとは思わなかったぜ」

 全てを語り終えた徳田に向かい、明が呟くように言った。

 それは、僕も同感だった。しかし、その趣味の悪さが僕たちの命を救ったとも言える。もし連中が最初から本気で来ていたら、明はともかく、僕と鈴はすぐに殺されていたはずだ。

 奴らは殺しには慣れていても、闘いには慣れていなかった。いや、闘った事すらない者がほとんどだったのだ。


「翔、あんたの鉈かしてよ。こいつの首をぶった斬るから……」

 声を震わせながら言ったのは鈴だった。彼女は徳田に近づき、顔面を蹴りあげた――

 すると徳田は、血と折れた歯を吹き出しながら、後ろ向きに倒れる。

 しかし鈴は、それで収まるような状態ではない。倒れた徳田に、なおも近づいて行く。だが、明が彼女を制した。

「鈴、やめとけ。こいつはもう終わりだ。お前が手を汚す価値もない奴だよ」

 明の言葉を聞き、鈴は止まった。それでも体を震わせながら、じっと徳田を睨みつけている。自らの内に蠢く凶暴さを、全身全霊で押さえ込んでいる……僕には、そんなふうに見えた。

 一方、明は徳田の方を向いた。

 そして口を開く。

「あんたには、まだやってもらうことがある。薔薇十字団の全メンバーの名前と住所、電話番号など……知ってることは全部話してもらうぞ。携帯電話も置いていけ」




 徳田の話によれば、ここにはもう一人のメンバーも残っていないらしい。僕たちが皆殺しにしてしまったのだ。

 意外なことに、明は徳田との約束を守った。全てを聞き出した後、明は徳田の右足首の関節を破壊した。

 その後は山の中に引きずって行き、その場に放り出す。

「俺はお前らとは違う。約束通り、命だけは助けてやる。この状態で、お前に運が味方すれば助かるだろう……後は根性次第だ。片手と片足を使い、自力で下山しろ。ただし、俺たちのことは捜すな。もし、また俺たちにちょっかい出してきたら……お前の家族を捜し出し、生きたまま両手両足をぶった切ってやる。忘れるなよ」

 そう言い残し、山の中に放置したのだ。

 最後に僕が振り返った時……徳田はこちらを見ながら懇願していた。助けてくれ、と。

 あの上條も最後に見た時には、同じことを言っていたような気がする。

 僕はその時、因果応報という言葉を思い出した。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ