§薔薇園で憎しみと愛を捧ぐ 共通
――――そこは現とはほど遠く、夢・幻のようであった。
ため息の出るほど、完璧にととのった外観。
庭園の植え込みには、褪せのない紅い薔薇たち。
中心から進むと、構えるようにブリリアント公爵家の邸宅があった。
「必ずお前達に復讐してやる…」
若い男は屋敷の前で、強き憎悪を露にした。
――――
「お嬢様、ご所望のお茶菓子です」
使用人の青年は、きらびやかなドレスの少女に菓子の入った箱を手渡した。
「ありがとうレムド」
カラフルな菓子を口にほおる。それはただの菓子ではなく貴族の子女が口にするのは憚れるような庶民の食べものだった。
「君がルビアン・セージ=プリパルドだね?」
「ええ、その節は大変お世話になりました」
(向こうから話し声がする…)
庭園でお茶を飲んでいた少女は、靴音に気がつく。
少女は様子を見にいくため、残りわずかのお菓子の入った箱を手に持つ。
「きゃっ」
少女はドレスの裾をつま先で踏み、転んだその拍子に手に持っていた箱を床に落とした。
中に入っていたジェリービィーンズは、辺りに転びでている。
使用人は、散乱したそれを淡々と片付けた。
「大丈夫かい?」
ブラウンのコートを着た男は、少女に手をさしのべた。
「ええ……(ああ残念)問題ありません」
少女はお菓子が無駄になって、持って来たことを後悔した。
「この娘は姪のローズ。ローゼライデだよ」
「そうですか、とても可憐なお嬢様だったので、てっきり天使かと……」
(天使だなんて……!)
ローズは頬を真っ赤にして、テーブルのある場所へ戻った。
――――
『今日から私達がお前の家族だよ』
私はブリリアント公爵家の一人娘。
『お父様はいつ帰ってくるの?』
私が10歳のとき、公爵の父が失踪してしまった。
それからというもの、母はすっかり気落ちしてしまった。
だから後見人の叔父夫婦が、この屋敷に移り住んで、5年ほど前から私達の面倒をみてくれている。
「はあ…素敵な方だったわ」
「誰が?」
いきなり後ろから声をかけられて、私はとてもびっくりした。
「リルド……!」
彼はハーケンティ侯爵家の長男、私の婚約者だ。
家督を継ぐのはほとんど長男なのだが、次男が後妻の子で彼は前妻の子。
ということで、家を継ぐのは彼の弟。要するに彼はお払い箱として、私の夫となるのだ。
「それにしても、ずいぶんと派手にぶちまけたね」
「まさか、さっきの見てたの!?」
見られていたなんて最悪。
「相も変わらずどんくさいね!」
「なに怒ってるの?」
「べつに、怒ってないよ?」
そういって、庭を去っていく。一体なんなのかしら。
私は自室に戻ろうと、椅子をから立ち上がる。
ガサリと草むらが動いていた。
動物だろうと考え、少し近づく。
「久しぶりだなローズ」
「ラック!?」
ラック、彼とは小さな頃、内緒でお友達になった。
貴族生まれの私と、平民の彼とで身分が違うからだ。友であると風潮しては、互いに良くないことがある。
特に私なら家を出られなくなるだけだろう。たが、彼が貴族たちから手酷い目にあわせられるのは明らかだ。
「しー!」
「…どうしてここに?」
「もうすぐ結婚するって聞いてさ、二度と会えなくなるまえに、きみに会いたくて、会おうと思ったんだ」
しんみりとした顔で、ラックが話す。
「会いたいなら今日のように、こっそり話をしにきたら?」
「考えておくよ……じゃ、またな」
ラックは問いかけに答えず、行ってしまった。
――――
部屋に戻ると、簡素な封筒の手紙が窓の隙間に挟んであった。
抜き取り、差出人を確認、なにもない。開いて中を読む。
“貴女の父親のせいで、我が家は貧困に喘いでいる”
それだけ、たった一言書いてあった。インクの跳ねや、読みにくい乱文。
相当な怒りがこもっていることが伺えた。しかし、父がそんな原因だなんて。
他家を貶める心当たりはない。手紙は塵カゴにいれておく。夕食まで仮眠をとろう。
「失礼いたします。夕食のご用意が――――」
「ええ」
食卓にはルビアンの姿がない。ということは私が目を覚ます頃には帰っていたようだ。
「婚約の話なんだが、リルド=ハーゲンティではなくルビアン=セージ・プリパルドにしようと思うんだ」
「え!?」
彼の容姿は誰もが羨むほど整っているが、リルド=ハーゲンティより歳が離れている。それに公爵家より下とはいえ侯爵家を無下になんて―――
「プリパルドはブリリアントと同等の公爵家で、同じく王族とも繋がりがあるんだ。要するに従兄弟か再従兄弟だね」
「……そうですか」
その話に私は……
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【(複雑、リルドよりマシかもしれないけれど)】
【(無駄だろうが、断る)】
【(彼と結婚したくない)】
【(私には好きな人が……)】