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3.

 休みの日にときたま男装して外出するだけだったが、再び大きな変化が訪れた。

 高校の、男子の制服を手に入れたのだ。

 男装して散策していた時。フリーマーケットを見つけた。

 行く予定があったわけではなく、まったくの偶然。だが人が集まる場所に行けば反応が大きくなる。光につられる蛾のように佳織はフリーマーケットを冷やかすことにした。

 そこでOBらしい小柄な男性が制服を売っていた。校章などは外されていたが、間違いなく佳織が通っている高校の男子制服だった。

 低く作った(それでもアルトとテナーの中間程度だが)声で思わず話しかける。

「ねえ、これあそこの高校の制服だよね」

「お、そうだよ。こないだ卒業したはいいんだけど、俺が来たらもうコスプレになっちまうし、タンスの肥やしにするのももったいないと思ってな。他にも古着があったからまとめて売ってしまおうかと。ちゃんと洗濯したから汚くないぜ。兄ちゃんなら似合いそうだし、安くしとくよ?」

「うーん、値段次第かな?」

 言いながらも佳織の視線は制服に注がれていた。

 肩幅はやや大きいが詰め物なりでどうとでもできそう。ズボンの丈は若干短いが、裾上げされた部分を解いて手入れすれば問題ない。腰回りは性別相応に大きいがもともとタオルを入れるから問題ではない。着ようと思えば買ってすぐにでも着れるだろう。

 要所を確認した佳織は完全に買うつもりになっていた。けれど服や雑誌、化粧品を買うためあまり懐は温かくない。校則違反であるバイトの導入を検討しているほどだ。

 近所でも評判の格好いい制服はほしい。だが、なるべく安く買いたい。


 足元を見られないよう必死で繕う佳織を見て露店の男性は苦笑していた。

 そっけない口ぶりだが視線はずっと制服に注がれている。男性が苦笑していることにも気付いていないだろう。

 口でなんと言ってもこれでは意味がない。態度で欲しがっていることは丸わかりだ。

 値下げどころか値段を釣り上げても喰いつきそうな様子。けれど男性はいくらか値引きしてやることにした。

 これほど制服を欲しがるということは、おそらく受験したものの落ちてしまったのだと考えたからだ。よっぽど行きたかったんだろうなあ、と憐憫が湧いた。

 もともと制服は親戚の弟分にやる予定だったのだが、弟分も落ちてしまった。やり場のなくなった制服を売るにはちょうどよかった。持って帰っても邪魔だし。

 彼は佳織が女であることには気付かなかった。

 佳織がしている男装は男性の格好をしているだけでなく、男性になりきるためのものだ。

 中性的だと思ったが、恰好が男性なので男性だと判断した。普通は女性がそこまで本格的な男装をしているとは思わない。


 こんな経緯で安く男子制服を手に入れた佳織は早朝の学校で、誰もいない更衣室で男子制服に袖を通していた。

 メイクは薄く、要点を押さえる程度にして所要時間を短縮した。校庭には部活動の生徒がいるが、彼ら彼女らは部室や部の更衣室で着替えるので校舎の更衣室を使うことはない。早朝から勉強するため学校に来ている生徒は更衣室になんて来ない。

 普通に女子制服を着て、基礎的な化粧だけしてきた佳織が男装する上で何の障害もなかった。強いて言えば夏服への移行期間に入っておりブレザーを着ると少々浮くくらいだ。

「……よし」

 しばらく前からトレーニングを始めており、マッチの棒のようだった手足は適度に筋肉がついてきた。長袖を着ていれば詰め物をしなくても目立たないだろう。

 普段からうつむきがちで、伸びた前髪で顔は隠れている。バレることはない。

「大丈夫、大丈夫。誰も気付かない。気付かれそうになったらすぐ隠れればいいんだから。制服を着替えれば簡単に誤魔化せるはずだから」

 言い聞かせるよう呟き、髪をネットでまとめて男性向けウィッグを被る。女性向けの男装用ウィッグはどうしても男装感が出てしまうため、男性が使うことを前提とした男性向けウィッグの方が佳織の目的には適していた。

 佳織の髪は男子生徒に比べるとずいぶん長い。ゆくゆくはショートにすべく徐々に短くしているが、地毛で短髪の男装をするにはまだ時間がかかりそうだった。

 ウィッグを被れば男装はできあがり。手鏡で入念に確認してみても、陰気で根暗な佳織の面影はない。うっすら笑ってみれば完璧だ。池星輝には程遠いが、近い系統の少年に見えた。

 あらかじめ調べておいた目立たないルートを通って一度学校を出て、さも今登校してきた風を装って女子部員の多いテニスコートのそばを通る。

 女子テニス部は朝練もある熱心な部だが、部員全員が熱心というわけではない。何割かはテニスコートの端で話していることが多い。そして女子部員が多い。男装散歩で気付いたが、男の方が女の、女の方が男の容姿に敏い。反応を見るには女子生徒が多く集まっている場所がいい。

 こっ、こっ、と靴音を鳴らしながら堂々胸を張って歩く。

 部活の朝練に出るには遅く、普通に登校するには早い時間。佳織は歩いているだけで目だった。

「……わ、なにあのひと」

 ボールを叩く音が響く中、その呟きは大きく聞こえた。

 どうしたの、と傍らでさぼっていた女子生徒が聞くと、真っ先に気付いた生徒が佳織を指さした。

「え、ちょっと誰。見たことないんですけど」

「何年生だろ」

「転入生かな?」

 かしましい声が聞こえた。概ね肯定的な響きに思わず頬が緩む。

「えー、ちょっと女っぽ過ぎない?」

 が、そんな声も聞こえて伸びた鼻が引っ込んだ。

 佳織が男装していると言っても見る人が見れば男装だと分かってしまうだろう。あまり調子に乗るべきではない。

「フツーに格好いいと思うけど」

「それは認める。でもあたしはもっと筋肉あった方が好みかなー」

「贅沢言うならもう少し身長ほしいかも」

「でも顔はいい感じだよね」

 きゃいきゃいかしましい声が大きくなったところで、さも今気付いたていを装ってテニスコートの方を向く。

 きゃあ、と楽しそうな声が響く。よく見ると話していたうちの一人は同級生、同じクラスの女子生徒だ。

 観察していると目が合った。練習した通りに微笑み、不自然にならない程度の低さを作った声で、

「おはよう」

 とあいさつした。得意な気持ちも含んだ笑顔なのでまるきり演技ではない。それがよかったのか、一際高い歓声が響いた。

 コラそこ、練習しろ! とテニス部キャプテンの叱責が響く中、佳織は足早にテニスコートを後にした。


 極めて普通に玄関から後者に入る。まだ生徒の影は少ない。登校が相当早い生徒がそろそろ顔を出し始める時間。

 男装した状態で女子更衣室に入るのが見つかれば必ず誰かに咎められる。そうなれば詰みだ。男装した状態では名乗ることもできないし、学生証も出せない。誤解を解くことができたとしても教師に捕まり目立ってしまえば正体がすぐに知れてしまう。

 更衣室に入る前に注意深く周囲を探り、するりと女子更衣室に滑り込んだ。

 今日は体育の授業もない。この時間に更衣室を使う奇特な女子は佳織を除いていない。

 ウィッグを外して男子制服をズバッと脱いで鞄に詰める。男装する時と違い繊細な扱いはしない。豪快を通り越してぞんざいな扱い。

 ヘアネットを外して女子制服を着たらあとはゆっくり。慌てていたら、もし誰か入って来た時に不自然に思われるからだ。

 解いた髪をざっととかして目元の化粧を落とす。どうせ前髪で隠してしまうので化粧を取っ払っても変わりはない。肌の保護を兼ねてフェイスパウダーをさっと使うだけに留める。

 普段通りの地味で陰気な少女に戻るころには多くの生徒が登校しており、朝練を終えた生徒も教室に戻りつつあった。

 その中に女子テニス部の生徒もいた。テニス部の生徒を含んだグループが集まっていた。

 佳織は教科書を開き自習を装いながら彼女たちの会話に耳をそばだてる。

「今日さ、朝練中に格好いい人がコートのそばを通ったんだよね。ちょっと小柄だけどイケメンな人でさー」

「え、写メないの写メ」

「練習中だったからケータイ持ってなかったんだよね。もったいないことしたなー」

「探せば見つかるんじゃない?」

「先輩たちに聞いても誰もそんな人知らないって言うのよ。誰も心当たりないって」

 思わず笑ってしまう。声をあげてしまいそうになって必死にこらえるが、くすくす笑いが止められない。幸い会話に夢中な彼女たちは佳織の様子に気付かなかった。

 その人が同じクラスにいると知ったら彼女たちはどんな顔をするのだろう。

 想像するだけで愉快だ。きっと驚くに違いない。それが佳織の男装だと知ったらことさらびっくりするだろう。

 教科書で顔を隠しながら笑っていると、隣の席の男子生徒がぼそりと呟いた。

「春秋って、笑うと雰囲気変わるな」

「!?」

 びくりと震え、弾けるように佳織は男子生徒の方を向いた。

 顔が赤くなっている、なんてことはない。むしろ若干青ざめさせて、軽く身を引きながら警戒の視線を向ける。

 男子生徒は聞こえると思っていなかったのか耳を赤くしながら手を振った。

「あ、いや、変な意味じゃなくてな!? ちょっと思っただけだから――」

「……そう」

 佳織は再びうつむいて教科書に視線を落とした。

 あっぶねえもう二度と教室じゃ絶対笑わない。

 仏頂面で考えるのはそんなこと。

 けれど、短時間の、佳織とは認識されていないこととはいえ、ちょっとした男装で変わった自分を見る目を思い出すと笑ってしまいそうになった。



次で一区切りです。

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