1.
いい調子で執筆が進めば24時間以内に完結すると思います。
気分が乗らなくなったら完結しないかもしれません。
それでもよいという方に読んでいただけると嬉しいです。
人生が変わる三時間があった。
春秋佳織は地味な少女である。
寮のある進学校に通う高校二年生であるが、真っ黒い髪を目が隠れるほど適当に伸ばし、うつむきがちで、化粧っ気もなく、いまどきどこで買ったのか問いただしたくなるほど野暮ったい眼鏡をかけており、およそ年頃の少女らしい着飾ったところがまるでない。声も小さく全身から気弱で陰気そうな雰囲気がにじみ出ている。
高校生という集団から、浮いたというよりも沈んだと言った方が適切な少女だ。
原因は小学校、中学校で受けていたいじめにある。
佳織はもともと気弱な部類であったが、今ほど陰気ではなく、人並みにおしゃれに興味を持っていた。友達もそれなりにいる、普通の女の子だった。
しかし、小学校五年生の頃。とある男子に告白されたことで全てが変わってしまった。
佳織は可愛らしい容姿をしていた。探せば見つかる程度だが、それでもクラスで三番目くらいには可愛いと思われていた。
気が弱い佳織は主体的に行動するよりも誰かを立てて行動することが多かった。そこがその男子の琴線にも触れたらしく告白された。
佳織はそれを断った。
恋愛に興味はあったが、好きな相手は別にいた。その男子が学年で一番大きなグループを率いる女子の想い人だと知っていたからなおさらだ。
佳織は相手が怒らないよう、屈辱を感じないよう、丁重に断った。相手の男子も納得し、その場は無事におさまった。
だが、告白された時点で詰んでいた。
お約束通りの話。告白されただけなのに相手を誘惑しただのと言いがかりを付けられ、いじめの標的にされた。
ものを隠され壊されるなんて日常茶飯事。体操着を破られ半裸で体育に出れば、と言われたこともある。水をかけられたのだって一度や二度ではない。
担任に相談したところ「いじめられる側にも理由がある」といじめっ子と話し合いの場に引き出され、翌日からよりひどくいじめられた。
佳織は息を潜めて生活するようになった。
おしゃれに興味はあったが、実害の方が大きいと思い込み、野暮ったい恰好をするようになった。
野暮ったい見た目をダシにいじめられるようになっただけだったが。
両親の理解も得られず進んだ中学は公立。当然小学校から持ち上がりの児童も多かった。
当然のように、彼女らのコミュニケーションツールとしていじめられた。
いじめる側の興味が他に逸れたからか、中学一年の頃に姉が睨みを利かせていたからか、小学校の時よりはマシだったが、それでも日常的に無視をされ、遠巻きに笑われる日々を過ごした。
幸いだったのは中学校二年生時の担任が理解ある教師だったことだ。担任は佳織に県外の寮のある中高一貫校を紹介してくれた。佳織がそこに行きたいと言うと、両親の説得にも力を貸してくれた。佳織は中学校卒業を待たず、転校した。
そうして転入した先でも佳織はひっそりと生活していた。
目立てば叩かれる。一度叩かれたら終わり。
息を殺して自己主張を最低限に。容姿も目立たないよう気を使う。
転入生ということで最初は注目を集めたが、態度は丁寧ながらもコミュニケーションを避ける佳織は次第に遠巻きにされていった。目を引くほどの優秀さも劣等さも見せず、野暮ったい容姿をした佳織は良くも悪くも興味を持たれなかった。
無事高校にエスカレータするも日々に変わりはない。内部進学した生徒が大半で、少数ながら高校から入学してきた生徒は同じ立場の生徒同士で交友関係を築いていった。そこに佳織が入る余地はなく、入るつもりもなかった。
日々をやり過ごしていく中で、誰かに認められたいという欲求は募ったが、いじめに遭うリスクを冒してまで叶えたいほど強くはならなかった。
高校一年生の五月。ゴールデンウィーク。変化が訪れた。
『あ、もしもし佳織? お願いがあるんだけどさ、五月三日だけでいいから、ちょっと泊めてくれない?』
姉の春秋佳澄から連絡があった。
佳澄は佳織が転校した理由を知っている。中学校でもいじめが起きないよう目を光らせ、転校したいと言った時には両親の説得にも協力した。そのこともあり、佳織にとって佳澄は両親以上に心を許せる相手だった。
「いいけど、急にどうしたの?」
寮は申請をすれば家族を泊めることもできる。両親ならともかく佳澄であれば断る理由もないが、急な話に戸惑った。
『いやね、三日にそっちでライブがあるのよ。で、終わる時間が遅いからどこか泊まろうと思ったんだけど高いホテルしか空いてなくてねー。学生寮だから無理かもだけど、ダメもとで佳織に頼ってみたってわけ』
「……お姉ちゃん、今年受験でしょ? 遊んでていいの?」
『いいの。受験生だからこそ息抜きが必要なの。……あ、佳織は予定空いてる? 空いてないなら夜行バスとるけど』
「ううん、大丈夫。どうせ家で本読むか勉強してるかだし」
『それならチケット二枚取れたからさ、転売するのも嫌だし一緒に行かない? 宿代ってことでおごるわよ?』
言われて少し考えた。ライブをするのはALLETSという最近売出し中のバンドである。ボーカルの池星輝は歌唱力もさることながら優れたビジュアルと演技力の持ち主で、演劇にも出演している。
どうせ予定はないし、ファンというほどではないが好きなアーティストのライブである。
「じゃあ、せっかくだし」
『よっしゃ、じゃあそっちに着いたらまた連絡するわ』
姉に付き合うことにした。
―――
そして五月三日当日。佳織は佳澄の隣でステージを見上げていた。
座席はステージのすぐ近く。ハコが小さかったこともあって顔を流れる汗も見える距離。
周囲が「テルー!」と歓声を上げ、体を揺らしてライブを堪能する中、佳織だけは呆然と無言でステージを凝視していた。
ステージで歌う池星輝は、名前の通り輝いて見えた。
長い手足を活かした緩急に富むダンスは否応なく観衆の目を引き、張りのある声が耳朶を打つ。にこやかながら怖いくらいに真剣な顔もよく見えて、飛び散る汗は光の結晶のようだった。
きれいだ、と思った。
気に入った数曲を購入してときたま聞いていたが、生の歌声は全く響きが違った。
写真で見る顔はイケメンだな、とさしたる感動もなく思っていたが、実物を見るとどうだ。イケメンなんてひとことで済ませられない魅力があった。
歌もいい。曲もいい。詩もいい。バンドの演奏だって素晴らしい。
だが、佳織の注意はすべて池星輝に注がれた。
やがてライブが終わる。
すごい、かっこよかった、最高。そんな声が聞こえる。佳織はそれに心から同意する。
ファンの女性たちが好きだとか愛してるだとか叫ぶ。佳澄も楽しそうにはしゃいでいた。
そんな中で佳織だけが無言で、食い入るようにステージを眺めていた。
だから目立ったのか。
「!?」
池星輝と目が合った。
彼は目を細め、うっすらと口角を上げ、妖艶に笑った。
ぞわ、と背筋が震えた。
ステージから光が消え、ステージにいる人すべてが撤収した。それでもなお、佳織はステージを眺めていた。
「佳織? かーおーりー、おーい?」
「っ、お、お姉ちゃん」
「大丈夫? ぼーっとしてたけど。水飲む? 脱水で倒れる人もいるから気を付けなよ」
「うん、ありがと」
ペットボトルを受け取り、口をつける。
会場を出た帰り道。佳澄が破顔しながら感想を言う。佳織は適当に相槌を打ちながら、その実うわの空でいた。
そして夜。眠る直前。佳澄に頼みごとをした。
「ねえ、お姉ちゃん」
「んー? なにー」
「明日、お化粧の仕方を教えてもらえないかな」
「! いいわよ」
妙に目が冴えていた。




