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とある星物語 Returns   作者: さゆのすけ
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第七歯 前兆

燃え残った炎がちらちらと揺れている。

濁りを凝縮したようなどす黒い炎は、強力な黒魔法の証だった。


ちょろちょろと足元をうろつくツクモ達が、おじおじして炎を遠巻きに眺めている。


彼らの若草色に透き通った身体は両手にすっぽり収まるくらいで、顔の中心にまん丸い青鼻がついている。


そよ風のツクモだろうか。


煤に鼻をくすぐられ、彼らがくしゅっとくしゃみをすると小さな風が吹いた。

風で舞いあがった煤が、再び彼らの鼻をくすぐる。


止まらないくしゃみと奮闘する姿が愛らしく、カーネルは思わず微笑んだ。


チェンは知らぬ間に講義を終えて、ツクモの身体測定なぞ始めている。

彼とツクモの追いかけっこは荒んだ景色も相まって、まさに地獄絵図だ。


「なんてピュアなんだ!すばらしい!骨の髄まで調べさせてくれないか?!」


ほとばしる知識欲に耐えきれず、チェンの表情がぐにゃりと歪む。

世紀末を貼りつけたような顔で興奮冷めぬ彼の姿に、ツクモ達は戦慄している。


カーネルは知っていた。

昔馴染みのそれは、いわゆる「微笑み」にあたるものだ。


「落ちつけよ。ツクモなら裏庭だって歩いてる」

「裏庭のは街の淀んだ空気に感化され過ぎている。彼らとは違うのだよ、彼らとは」


チェンはふんっと鼻を鳴らした。


ツクモは人間と同調することで、その能力や姿が変わる。

彼らは混じりけがないほど強く同調し、関わる人間との相性によってその能力はどこまでも高まった。


「ピュアなツクモは計り知れないのだよ」

「さようでございますか」


カーネルは探求心の塊と化した彼をなおざりにして、焼け野の向こうにぽつんと佇む石碑に歩み寄った。


石を囲むようにわずかに残った草花がそよぎ、焼け野の寂しさを一層際立たせている。


カーネルは積もった煤を払うと、刻まれた名前をひとつひとつ指でなぞった。


「傷ひとつない」

「純度の高い魔石だからな。魔法を寄せつけない特性に加えて強度がある。傷をつけるのは至難の技だ」


眼鏡にぶらさがったツクモを摘まんで、チェンはぼそぼそと呟いた。

歪んだ眼鏡を外して途方にくれる彼に、ツクモ達が小さな反撃の成功を喜んでいる。


「ふっ」


ふいにチェンから笑いがこぼれ、ツクモ達がぴたりと動きを止めた。


ばっと拡げられた白衣に備わった無数の内ポケット―――そのすべてにメタルフレームの断片を見て、ツクモ達は震撼した。


「歩く眼鏡スタンドめ」

「なにか言ったか?」

「いや、別に」


チェンは眼鏡をかけ替えると、何事もなかったように言葉を続けた。


「むしろ驚くべきは、これだけ大きな魔石の加護がわずか1メートル先にも届かなかったことだ」

「相手は魔石すらねじ伏せる魔力の持ち主か」

「さあ?」


「手強いな」とカーネルが呟き、「興味深い」とチェンが呟く。


「姫魅はしばらく連れてこられそうにないですよ」


ネルは苦笑すると、石碑に手を合わせた。



かつてこの場所には、烏族と呼ばれる人々がひっそりと暮らしていた。

美しい歌声と魔法で溢れる小さな村だったそうだ。


彼らは生まれながらに強大な魔力を持っていたことで、村を2度焼かれている。


1度目は5年前、姫魅と出逢った夜のことだ。

激しい雨にも関わらず、黒い炎がちらちらと揺れていたのを覚えている。

瓦礫と灰を掻きわけて、やっと見つけた唯一の生存者が姫魅だった。


2度目は昨夜である。


もぬけの殻となった村の大火は発見が遅れ、カーネルが知らせを受けたのは今朝のことだった。


すぐさま駆けつけると5年前と同じく、黒い炎が嘲笑うように揺れていた。


「胸騒ぎがする」


やっと覗いた青空の向こうに、鉛のような雲が重く広がっていた。


☆ ☆ ☆


「あれまあ、きれいなお嬢さんだこと」


声の主を振り返ると、ふっくらとした女性がふたりの前にケーキと紅茶を並べていた。

蛍には紙に包んだサンドイッチまで用意されている。


さっきまで夢中になって空を眺めていた慰鶴は、紅茶に大量の角砂糖を投下して、すでにフォークを構えている。


「エクレアおばさん、おはようございます!」

「おはよう、慰鶴くん。お嬢さんもおはよう」

「おはようございます。あの…」


ケーキを注文した覚えはない。

それどころか、蛍は硬貨1枚も持ちあわせておらず、注文する予定もなかった。

気まずそうに口ごもる蛍に、エクレアがウインクをする。


「おばさんのおごりだから、気にせずたーんと食べていきなさい」

「とんでもないです!」


蛍はちぎれんばかりに首を振ったが、お腹の虫は正直だった。

ぐるぐると気の抜けた音がして、エクレアがふふっと笑う。


「素直でよろしい。さあ、どうぞ」

「…頂きます」


紅茶をひとくち含むと、優しい香りが口に広がる。

生クリームの花にチョコレートのツタを添えたケーキは食べるのが惜しかったが、ひときれ口にいれると凝り固まった疲れをほぐしてくれた。

ほっとする味に、涙が溢れそうになるのをぐっとこらえ、蛍はぺこりと頭をさげた。


「おいしい!エクレアさん、ありがとうございます」


エクレアはばつが悪そうに苦笑すると蛍にそっと耳打ちした。


「口止めされてたんだけど…本当はね、慰鶴くんのおごりなのよ。『困っている女の子が来るから、元気になれるようなケーキを』って、朝からずっとあなたのこと心配してたんだよ」

「慰鶴が?」


蛍がちらっと目を向けると、彼は暢気に鼻歌を歌いながらケーキに角砂糖をトッピングしている。


「あんな風だけどね、頼りになるのよ」

「おかしなひと」


蛍の率直な感想に、エクレアはくすくすと笑った。


「ごゆっくり」

「ありがとうございます」

「おばさん、ありがとう!またね」


ひらひらと手を振って、エクレアはカウンターの向こうに消えた。


「食べられそう?」

「え?」

「きのう、具合が悪そうだったから。サンドイッチもあるし、好きなの食べて」

「うん、大丈夫。ありがとう」


蛍がにっこり微笑むと、慰鶴はほっと胸をなでおろした。


「早速だけど、俺はなにを手伝えるかな?」

「詳しくは話せないんだけど…」


蛍はテーブルに備わった紙ナプキンを広げ、ペンを走らせた。


「大切な首飾りを落としてしまったの」

「首飾り?」


慰鶴のフォークからケーキが転げ落ちた。


テーブルに広げられた紙ナプキンの上で、魚ともミミズともつかぬ線がうねうねとのたうち回っている。


「…首飾りよ」


涼風に次ぐ絵心のなさは蛍も自覚していたが、目の前で驚かれるとやはり凹む。


情報提供のつもりが、慰鶴を混乱させてしまったようだ。

彼は紙ナプキンを手にすると、わずかな情報も逃すまいと眉間にシワを寄せた。


「えっと…大きさは絵と同じくらい?」

「ええ」

「なくなったことに気づいたのは?」

「あなたと出逢う少し前。落としたのはたぶん、変な男達に追いかけられたとき…追いかけられる前には確かにあったから」

「追いかけられた場所はどこだったかわかる?」

「暗かったし、必死だったから…通った道はわからないけど、彼らと遭遇した場所なら案内できるわ」

「決まりだね。いっしょに探そう。俺、街に詳しいからきっと役に立つよ」

「ありがとう」


慰鶴は残りのケーキを口に押し込むと、足早に出口へ向かった。

蛍も紅茶を飲みほして、サンドイッチを手に後に続いた。


「おばさん、ありがとう!またね」

「ごちそうさまでした。サンドイッチ、あとで頂きます。ありがとうございました!」


カウンターでエクレアがにこにこと手を振っている。

蛍は深々とお辞儀をして、店をあとにした。


チリンチリンと背後で扉が閉まる。

刹那、見覚えのある少年が蛍の眼前を通り過ぎた。


烏羽色の髪、陶器のように透き通った白い肌、華奢な背中―――間違いない。

あの夜、出逢った魔法少年だ。


「待って!」


「なに?」と振り返った瞳が氷のように冷たくて、蛍はたじろいだ。

夏の海のように澄んだ青色が、今は冬の海のように冷淡に蛍を拒んでいる。


彼の後ろでポニーテールの少女が、眼鏡越しに蛍をじろじろと見ている。

彼女はどこか不服そうな顔をしていた。


慰鶴は蛍を背に庇うと、笑顔を捨てた。


予想だにしない空気に、蛍は恐る恐る口を開いた。


「あの…昨日は助けてくれてありがとう」

「昨日?」


魔法少年が眉を潜める。


「自転車で逃げて…覚えてない?」

「知らない」


言葉が突き刺さる。

知らないはずがない、忘れるはずもない。

出逢ってからまだ1日も経っていないのだ。


困惑する蛍をまじまじと眺めて、彼は「…似てる」と小さく呟いた。

ぽつりと落ちた言葉が波紋のように響いて、耳に余韻を残した。


「もういいかな?」


「待って」と引き止めようとする蛍に、慰鶴が一瞥をくれる。

彼の表情が強ばっているのを見て、蛍は言葉を呑み込んだ。


「あー…人違いだったみたい。引き止めてごめんな」

「気にしないで。さようなら」


彼らの背が人混みに消えるのを確認して、慰鶴は「ふう」と肩の力を抜いた。

1ヶ月を煮詰めたような出来事が続いたので、八つ当たりにとある星も煮詰めました。


チェンさんは仕事柄メガネを頻繁に壊すので、大量のスペアメガネを持ち歩いています。


愛華の登場はどうしても焦らしたい!と身勝手な私の望みを察してか、今回は宵狐の隣にサラマットがおります。

ふたりがいるということは、spitz四天王の親睦会でもあるのでしょうか。

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