第三歯 フライドチキンは甘くない
食卓で揚げたてのフライドチキンが姫魅を迎えた。
ネルの仕事が忙しかった日は、フライドチキンにフライドポテト、コーンサラダと決まっている。
ネルことカーネル・サンダースは、ジョニー魔法学校の講師であり、姫魅の監督者だ。
向かいに座る彼は、疲れた顔でずれたメガネを直している。
「いただきます」と声を揃えてから、ネルはゆっくりと口を開いた。
「姫魅、マックドさんから電話があったんだが」
姫魅の箸がぎくりっと止まる。マックドさんはアルバイト先の店長だ。
「…割った商品は、今月の給料から弁償します」
「弁償の話じゃない」ネルの双眼がレンズ越しに姫魅を見透かす。
「姫魅。お前、魔法を使ったな?」
「…」
無言の肯定に、ネルは大きくため息をついた。学校の敷地外では魔法禁止、ネルとの約束だ。
「ごめんなさい。助けたいと思ったら、思わず魔法を…」
「今回は大目にみる。ただし、魔法専修クラスに転学しなさい」
「はあ?!今さら魔法なんて…」
「感情的に魔法を発動するのは、魔力を制御できていない証だ。お前は魔力に呑まれないために、誰よりも魔法を知る必要がある。誰かを救える力で、誰かを傷つけることのないように」
ネルが語気を強める。
手元のドレッシングが勢いを増し、あっという間にコーンサラダを呑み込んだ。
孤島のようになったサラダに、ネルが「こんな風にならないように、だ」と悲しく呟く。
「手続きは済ませておくから、来週から魔専クラスに通うように」
また魔力を理由にレールが敷かれていく。
大好きだった魔法が遠く離れていく気がした。
「姫魅、魔力から身を守る術を覚えるんだ。お前のためだけじゃない、お前に関わる大切な誰かのためにも」
「大切な誰かの…」
姫魅の脳裏に水色の髪がなびく。
「ごちそうさまでした」
「姫魅、待ちなさい」
扉の閉まる音がネルの声を遮ると、ダイニングには静寂が残された。
(本当の家族がいれば、自然と身についたことだろうが…)
今の姫魅は包丁でままごとをする子供だ。
「…しょっぱいなあ」
サラダを口にして、ネルは思わず顔をしかめた。
「親父、俺はどうすればいい?」
扉越しの小さく孤独な背に、ネルがぽつりと呟く。
窓際のパセリが揺れた気がした。
☆ ☆ ☆
「やっぱ乗せてもらえばよかった…」
思わず弱音がこぼれる。蛍は汚れた裾で顔を拭うと、大きく深呼吸をした。
誰も巻き込んではならない。そう決めたのは自分自身だ。
だけど、澄んだ声が耳から離れない。
(これも魔法かしら?)
あの時、彼は魔法を使っていた。
複雑な魔法ではなかったけれど、だからこそ彼の実力がわかる。粗削りだが、その魔力は計り知れない。
「彼ならもしかしたら…」
抱いた希望がどんどん膨らんでいくのを感じて、蛍はふっと鼻で笑った。
「バカね。巻き込んではダメ」
祈るように胸元に伸ばした手が空をつかむ。兄様達と揃いの、大切な首飾りがない。逃げるときに落としたのだろう。
急に疲れが込み上げる。
「もう…これからどうしたらいいのよ」
蛍は夜空を見上げ、途方にくれた。
慰鶴を差し置いて、パセリの登場です笑