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とある星物語 Returns   作者: さゆのすけ
33/35

第三十二歯 落雷の恐れ

イルカは少し躊躇ったが、サラマットはなにも言わずに、すたすたと行ってしまった。


「サラマット」

(なに?)


名前を気に入ってもらえたかはわからないが、どうやら嫌ではないらしい。


「なんでもないです」


にこにこと嬉しそうなイルカに、サラマットが気味悪そうに顔を歪める。


サラマットは薄暗い廊下に目を凝らした。人影がないことを確認して、背後のイルカに頷く。

イルカは頷き返したが、「待ってください」とサラマットの手を掴んで、ぐいっと引き戻した。

サラマットは驚いたようすで、(なに?)と体を強ばらせた。


「驚かせて、すみません」(ごめん。ずっと人形越しだったから、身体の感覚に慣れなくて…)


イルカが手を離すと、サラマットの緊張がほぐれた。


「ガリヴァーノンさんはどこです?彼も助けなければ」


サラマットは首を横に振った。


(わからない。探すには時間がかかる。今は助けられない)

「しかし」


サラマットは困った顔をした。


(イルカさんは、ガリヴァーノンに似てる。他人のことばかり気にかけて、自分のことは後回し)

「そうでしょうか」


イルカの脳裏で、マナティーが「イルカくんは、他人のことばっかり!」とふくれ面をする。

「そうかもしれません」と呟いて、イルカは苦笑いを浮かべた。


(僕らは敵なのに、どうして?)

「敵とは思えなかったんです」

(ツクモのせい?)

「違います。それに、あなたはもう、敵ではありません。僕を逃がして、スピッツには戻れないでしょうから」

(スピッツだった過去は変わらない)

「肝心なのは、今のあなたです」

(今だって、罠かもしれない)

「罠なんですか?」


イルカに問われて、サラマットが口をつぐむ。


「僕がそうしたいんです。よろしければ、つきあってやってください」


サラマットは怪訝そうにイルカを一瞥して、さっさと歩みを進めた。


「サラマットこそ、どうして?危険を侵してまで、僕に本を返す必要はなかったはずです。今だって、僕を逃がそうとしています」

(命令でもないのに、盗むようなことはしたくなかった。ガリヴァーノンがお世話になったみたいだから。それだけ)


サラマットがつまらなそうに呟くと、イルカはパッと彼の手を握った。


(っ?!)

「サラマット。もし行く宛がなければ、僕といっしょに維持軍に帰りませんか?」

(冗談)

「本気ですよ」


イルカのまっすぐな瞳から逃げるように、サラマットは目を伏せた。


(僕らはたくさんの人達を傷つけてきた。守る側にはなれない)

「サラマットはきっと、優しい隊長になります。あなたは、きれいな目をしてる。過去は未来の糧です。大事なのは、今をどう生きるかですよ」


サラマットは、イルカの手をそっと引き離した。


(ごめん)


サラマットは踵を返したが、すぐさま足を止めた。

通路の向こうから、大きな黒い塊がズズズ…と這うように迫ってくる。

塊は口と思われる穴を大きく拡げて、ヴオォオオォ!!と雄叫びをあげた。


(ガリヴァーノン…?)


塊から分離した礫が、サラマット目掛けて放たれる。


「サラマット!」


イルカはサラマットの前に飛び出すと、両手を突きだして水の渦を盾にした。

礫は盾を通過すると、速度を落として、ポロポロとイルカの足元に落ちた。

「サラマット、無事ですか?…サラ!」

(イルカさん。ありがとう)

「サラマット。あれは?」

(わからない。ガリヴァーノンのような気がする)


イルカは足下に転がった礫を拾いあげた。


「強い想いの…魔力の塊です。増幅した魔力で、ツクモが暴走したようですね」

(…どうして)

「それは本人に訊きましょう。まだ間にあいます。ツクモに喰われる前に、彼を助けましょう」


イルカの脳裏に、暴走するマナティーだった塊の姿が過る。

イルカはサラマットの目をまっすぐ見据えた。


「サラマットの体技は、内側からダメージを加えられたはずです。あなたは塊に内側からダメージを与えてください」

(わかった)

「あれほど膨れあがった魔力を、魔力で押し流すのは不可能です。僕が彼の歪んだ魔力を吸収しますから、弱まったところを僕達の魔力で押し流しましょう。ガリヴァーノンさんを救えるかもしれません」

(イルカさんの身体が耐えられるかわからない)

「あはは、嬉しいです。心配してくれるんですか」

(ガリヴァーノンの借りを返していないのに、死なれたら困る)

「おやおや」


イルカはバッと傘を開いて、魔力の塊となったガリヴァーノンを見上げた。


「大丈夫ですよ。あなたの想い、僕達が受け止めます」


 ☆ ☆ ☆


ジョニー魔法学校への入学が決まり、蛍は女子寮での生活を始めていた。殺風景な部屋を見回して、蛍は備えつけのベッドに倒れこんだ。明かりをつけるのも忘れ、脱け殻になって天井を仰ぐ。


「少し疲れた」


蛍がうずくまっていると、アルパカがぬっと顔を覗かせた。

「あんたが羨ましい」と蛍が苦笑する。アルパカはどこ吹く風で、もちゃもちゃと口を動かしている。


姫魅と慰鶴に出逢って、蛍の時間は呆気なく動き出した。魔法に出逢って、涼風との再会と別れがあって、スピッツの脅威を目にして…突然に動き始めた物事が嬉しくもあり、ひとりで足掻いて生きてきた蛍を嘲笑っているようにも感じた。


「今まで私は、なにを必死になっていたのかしら」


誰も巻き込まないと決めたのに、ネルさんは負傷して、イルカさんはスピッツに捕らわれたまま、戻っていない。

寮の食堂で耳にした話では、イルカが担当する魔法倫理学の休講が続いており、イルカロスに苦しむ女子生徒が増加しているそうだ。


頑なに独りよがりになっても、結局誰かを巻き込んでしまう。


「あーあ、貝になりたい」


なんて言ったら、涼風お兄様はなんと言うだろうか。

きっとなにも言わない。

あの仏頂面で、熱した鉄を黙々と打ち、貝の衣装を作るのだろう。


―そうじゃない。


蛍は想像して、クスッと笑った。


そういえば、久しぶりに見た兄の顔は、変わらず無骨で勇ましく、力強い瞳をしていた。

顔色が少しばかり、土色だったか。


「弱気になっている時間はないわ。強くなるんでしょう、蛍」


蛍は自分を奮い起たせると、勇み足で鏡の前に立った。

柔らかい髪は愛華に似ているし、強い意思を宿した瞳は涼風に似ている。


「大丈夫。愛華お兄様も涼風お兄様もお側にいるわ。蛍、あなたならできる」


蛍は深呼吸をして、キッと鏡を見据えた。

背筋を伸ばし、脚を揃え、指先をしなやかにして髪をかきあげる。


「ごきげんよう。私、もののけ蛍と申しますの。申します…もう少し、柔らかい印象を与えたいわね」


登校日が迫る。有力な人脈を得るには、第一印象が勝負だ。


鏡に向かって自己紹介を繰り返す蛍に、アルパカが冷めた目で「そうじゃない」と訴えていた。


 ☆ ☆ ☆


(イルカさん!)

「心配ないですよ、サラマット」


イルカはにっこり微笑むと、ゴホゴホと咳き込んだ。堪える痛みに顔が歪む。


ガリヴァーノンは人の形を取り戻しつつあったが、膨大な魔力を吸収したイルカの体は悲鳴をあげていた。


ひとりの体に収まる魔力には限度がある。他人の、しかも暴走した魔力を吸いあげれば、器になる体が壊れるのは当然だった。


ガリヴァーノンが人に戻るのが先か、イルカが壊れるのが先か。


「サラマット。僕は大丈夫ですから」

(大丈夫…なにがです?)

「サラマット?」


サラマットの中で、何かが切れた。


「血ヘド吐いて大丈夫とは。笑えないご冗談をおっしゃるのは、どの口でしょうか?」


サラマットが壊れた笑顔で、イルカの頬を摘まむ。


「あーあ。どいつもこいつも…誰かを想うのなら、まずご自身を大切になされてはいかがです?」


サラマットが「ねえ?」と、ガリヴァーノンを振り返る。


「僕を守る?僕が守りたいものは、魔力の肉団子になっても構わないと?」


サラマットの膝蹴りを腹に受け、ガリヴァーノンの背から黒いものがドッと飛び散る。


「あなたが傷つくくらいなら、守って頂かなくて結構!」

サラマットがガリヴァーノンの背に肘を打つ。腹から黒いものが抜ける。


「どんなことより、あなたが苦しんでることが苦しいってことに、気づけ!この、ショタコン!」


サラマットはガリヴァーノンを背負うと、思いっきりぶん投げた。

叩きつけられたガリヴァーノンの体から、呪いと魔力が人形の染みになって抜け出た。

彼のそばで、まるまると太った鳩が目を回している。


「ふう」


サラマットは額を拭って、とても清々しい顔をしている。


「サラマット?」とイルカは呆然としている。


「ガリヴァーノン」


ガリヴァーノンを抱き抱えて、サラマットは不安げに覗きこんだ。

彼からはもう、呪いや歪んだ魔力は感じられない。

「よかった」とサラマットが声を震わせる。


「サラマット」

「イルカさん、ありがとう」

「はい。いえ、あの…サラマット」

「なに?」

「サラマット、声が…」

「あ」


サラマットの腕から、ガリヴァーノンの枯れ木のような体がゴンッと滑り落ちた。

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