第二十九歯 昔話
蛍たちが去った後も、維持軍とガリヴァーノンの交戦は続いていた。
長引く戦闘に、両者とも疲れが見てとれる。
「やれやれ。隊長がおふたりとなると、さすがに骨が折れます」
ガリヴァーノンは首をゴキッと鳴らして、項垂れるカーネルの首を掴んだ。
骨張った右手が、カーネルの体をゆっくりと持ちあげる。
「まずはひとり」
ガリヴァーノンの指が食い込んで、カーネルから顔色が失われていく。
「ひとりとは、ご自分のことですか?」
ガリヴァーノンの背後から、イルカが斬りかかる。
「ご冗談を」
ガリヴァーノンは鼻で笑うと、振り向き様にカーネルをぶん投げた。
イルカは振りかざした傘をサッと下げて、カーネルを両腕で受け止めた。
ドッ!と強い衝撃に、イルカはザザザッと泥を跳ねながら後退した。
「大丈夫ですか?」
イルカはトンッと片膝をついて、カーネルをそっと降ろした。
ゲホゲホと咳き込む彼の背を、イルカが擦ってやる。
「ええ、なんとか」
カーネルが苦笑すると、空間がぐわんと歪んで、闘牛が姿を現した。
牛は気遣うように、カーネルに顔を寄せた。
「ああ、大丈夫だ」
カーネルが鼻を掻いてやると、牛は気持ちよさそうに目を細めた。
ガリヴァーノンに目を向けて、カーネルはゴクッと息を呑んだ。
「あいつ、どうなってやがる」
カーネルのツクモは姿を消すことができたが、どの攻撃もガリヴァーノンはひらりと交わしてしまうのだった。
「種も仕掛けもございません。僕は目に映らないものを感じているに過ぎませんよ」
ガリヴァーノンはふっと笑って、肩のふてぶてしい鳩に手を添えた。
「さっさと終わらせましょう。早く帰らないと、赤目の彼が心配ですので」
「グルッポー」と鳩が喉を鳴らす。
イルカはひっかかりを感じた。
少年が傷つくことを気にも止めない男が、今度は少年の心配をしている。
嘘をついている様子はないが、言動がまるでちぐはぐだ。
「ガリヴァーノン。もしかして、あなたは…」
「……」
ガリヴァーノンは弱々しく微笑むと、ステッキをくるくると回しながら、右手に持ち変えた。
「さあ、続けましょうか」
「あまり戦いたくはないのですが」
イルカがくるくると傘を回すと、雨が激しさを増す。
「あまり激しくなさっては、お連れさんが風邪を引きますよ?」
「ご心配なく」
イルカから、スッと笑顔が消える。
「この戦い、僕がすぐに終わらせますから」
ガリヴァーノンの足元で、水溜まりが静かに揺れる。
水面がぶくぶくと湧きだすと、バッと虎が飛び出して、ガリヴァーノンの肩に噛みついた。
「なに…?!」
豪雨に音も匂いも奪われて、ガリヴァーノンの動きが僅かに鈍る。
彼は逃げるタイミングを静かに窺っていたが、虎の前足は彼をがっしりと掴んで離さない。
「失礼」
イルカはガリヴァーノンの懐に潜り込むと、トンッと肘を打ち込んだ。
ガリヴァーノンの背中から、黒いものがドバッと飛び散る。
「ヴァッ…!」
ガリヴァーノンはふらっとよろけて、苦しげに胸をおさえた。
「呪い?」とカーネルが呆気にとられる。
「はい。飛び散った黒いものは、彼にかけられた呪いの塊でしょう。通常、呪いは回復魔法で解くものですが…彼にかけられた呪いは強すぎて、回復魔法では浄化が追いつきません」
「はは…どうするんですか、イルカ先生?」
「力業ですが…先ほどのように魔力を流し込んで、呪いを押し出します。少しずつですが、彼を呪いから解放できるはずです」
「無茶ですよ!魔力を流し込めば、瞬間的に呪いに触れることになる。彼だって、魔力を輸血するようなものだ。拒絶反応がないとは限らない。互いに負担とリスクが大きすぎます」
「まあまあ、ネルさん」
困ったふうに微笑んでいるが、イルカの目には強い意志がこもっている。
「僕が魔力を流します。ネルさんはサポートをお願いします」
カーネルは「っはぁあぁ〜」とため息を吐いた。
「あなたは時々、浦島くんより無茶苦茶で、メロウさんより頑固ですね」
「あはは」
イルカは傘から顔を覗かせると、ガリヴァーノンを見据えた。
「呪いとは、何かを得るために、何かを犠牲にするものです。あなたが何を求めたのか、わかりませんが…その代償に、呪いはあなたの心を蝕んでいるのでしょう?」
「ほう?呪いに詳しいのですね、イルカさん」
「魔法倫理学の基礎ですから。テストに出ますよ」
指先で空に丸を描き、イルカは冗談めかした。
「おお、そうでしたか。しかし、理由はそれだけでしょうか?」
「ええ、それだけです」
イルカはにっこりと微笑んで、そのまま押し黙った。ガリヴァーノンはしばらく黙考すると、ゆっくりと口を開いた。
「…イルカ先生にお聞きしたいことがあります」
(急にどうしたんだ?!)
ガリヴァーノンの穏やかな口調に、カーネルは驚いた。
もしかしたら、少しでも呪いが抜けたことで、本来のガリヴァーノンが戻りつつあるのかもしれない。
「僕でよろしければ」
「とある男の話です。傷を負った少年を救い、その男は全盲になりました。男は怯える少年から、恐い記憶を消し去りました。2度と過去を思い出さぬよう、彼から名前を奪いました。少年は笑顔を取り戻しましたが、声だけは戻りませんでした」
「それって…」とカーネルが呟く。イルカは黙ったまま、ガリヴァーノンの話に聞き入った。
「少年の風変わりな容姿に、多くの人々は攻撃的でした。彼を守るため、男はなんでもした…呪いにより大きな力を得て、少年の心を隔離し、替えのきく体を与えたのです」
ガリヴァーノンは目を伏せ、表情を曇らせた。
「いつからか、少年は笑顔さえ失っていました」
ガリヴァーノンは顔をあげると、肩を竦めて笑った。
「少年を危険から遠ざけ、男は少年を守りました。しかし、自由を奪われた少年は、生きていて幸せなのでしょうか?彼は死んでいたほうが幸せだったのかもしれない。守るということがどういうことか考えたとき、男はすでに呪いに呑まれていました。心は大きく歪み、どうすることもできなくなっていた…男は間違っていたのでしょうか?」
「少年の幸せは、彼にしかわかりません」
「……」
「間違いかどうかは、彼らがこれからどう生きるか、です」
ガリヴァーノンの頬を涙が伝う。
「っ!!」
ガリヴァーノンは急に表情を険しくすると、胸をおさえて苦しみだした。
「残っていた呪いが…!」
「ガリヴァーノンさん。おつらいでしょうが、もうしばらくの辛抱を」
イルカが構えたところで、カッ!と閃光があたりを包んだ。
空からおまるに乗った熊が、ふわふわと舞い降りてきた。
「HEY!HEY!HEY!己の魔力を流し込んで、呪いを押し出すか。まるで、ところてんのようだね。君らしからぬ荒業じゃないか、イルカくん!」
「あなたは…!」
「青春系プー!?」
カーネルは息を荒げた。
「ハッハー!久しぶりだね、パセリの息子よ。彼は今日も、窓辺で光合成してるのかい?」
「貴様…!」
今にも飛びかかりそうなカーネルを、イルカは傘で制した。
「あなたがどうしてここに?」
「ガリヴァーノンの回収に来たのさ!呪いの力が弱まっているようだ…ガリヴァーノン、さらなる力を与えよう!」
「あなたが与えるのは、呪いでしょう」
プーはステップを踏んで、「チッ!チッ!チッ!」と指先を左右に振った。
「イルカくん。歪んだ愛は、大きな力になるのだよ。少年を守りたいという彼の愛は、ボクの呪いでぐにゃぐにゃに歪んで、大きな力に変わるのさ!すばらしいだろう?」
「魔法倫理など、人を弱くするだけなのさ!」とおまるはくちばしを鳴らした。
イルカさんのイケメンさに、主役の座が危うい笑
大人キャラだけなら、すでに主役でしょう。




