第二歯 モヤシ、日記をつける
《僕のいる街は不思議な温度で成り立っている。
機関車のスチーム、ぶつかる金属が散らす火花、冷え切ったレンガで出来た建物…
大抵が曇り空で、3日に1度は雨が降る。
「真っ青な晴れた空」なんて、一年に数回あるかないかだ。
あったとしても、僕は大抵の昼間部屋に籠っているから、お目にかかった記憶がほとんどない。
世界には”科学”とやらが発達して、人が作った光が朝も夜も街を照らし
軽い金属(見たことが無いので想像でしかないが)で出来た乗り物にのって
人々が地上も空も凄い速さで、移動している街もあるらしい。
と思えば、未だに井戸から水をくみ上げて、その日食べる穀物を作って
時間にしばられることなく、一日お天道様の元で鼻歌を歌っている家族もいるという。
ここから遠く離れた、砂漠の地帯に多いらしい。
僕の世界は、そのどちらとも違っている。
”科学”とやらに頼りもしなければ、農作業に明け暮れるほど、原始的でもない。
城壁のような防波堤に囲まれ、海の上でひっそりと隠れるように存在している
僕の街にしかないもの、それは、―「魔法」だ。
君は、「魔法」の存在を信じるだろうか。
僕はこの街からほとんど出たことがないし、ここもあまり人の出入りが無い場所だから、「魔法」が使えない人に会ったことが、あまりない。
だから、どうしたら君に分かってもらえるか、上手く説明できるか分からないのだけど…
そこに確かにあるものを、目に見えないモノから目に見えるモノにする力。
それを「魔法」と僕は呼ぶことにしている。
頭に「?」が浮かんでいるね。
例えばだけど、今、君の目の前によく熟れた桃があるとする。
君はそれ見て、愛しいあの子の、赤く染まった柔らかい頬を思い出す。
そして、今すぐあの子に会いたくなる。出来たら花屋によって、ブーケを一つ注文して。
そこには君の”想い”がある。目に見えないけれど、”あの子のもとに飛んでいきたい”―
それと、君の中にある”力”がカチリと合わさったときに
君の身体は宙に浮くんだ。
正確には、君の身体を運ぶ乗り物(古典的だけど、箒とかね)が宙に浮かぶんだけれど。
もちろん、想えばなんだって叶うわけじゃないよ。
君が持つ”力”の大きさや、それをはめる鍵穴は無数にあって、
どの穴に、どの鍵を、どれくらい深くまで差し込めば魔法が発動するのか…その調整は凄く難しいんだ。
うーん、それでもやっぱりわからないって?
ごめんね、僕はこれを、習って覚えたものではないものだから…
殆どの魔法使いは、座学で理論を習って、練習を重ねて、そして実践の場に出てから、一人前の魔法使いとして称号をもらえるんだ。
生憎僕は、うまれた時から「魔法使い」だった。
僕の先生は、そんな僕を危険だといって常に監視するほど、特異なケースではあるらしい。
え?今日、僕が空き瓶を飛ばしたのも、その「魔法」なのかって?
…そう。
あの時は、僕の「あの子を守りたい」っていう気持ちが先走って
気が付いたら、大事なお店の商品を飛ばしてしまっていたんだ。
その後、親方にこってり怒られて参ったよ。
珍しく満月の光に照らされた夜に、出会った不思議な、女の子。
汚い茶色のフードから、見え隠れする、水色の髪。
その後の行動には、かなりの衝撃を覚えたけど、まだもしこの町にいるのなら―》
そこまで文字を書いたところで、姫魅は日記を閉じた。
もしこの町にいるのなら…?
「姫魅、飯だぞー」
台所から、ネルが叫ぶ。いつもの声に、ちょっとほっとする。
姫魅はのろのろと立ち上がると、指先まで伸びきった裾を口元に当てて大きな欠伸をして
「今行きます」
とネルに聞こえないだろう返事をして、部屋を出ることにした。
【さのすけ→ゆのすけ】
姫魅、実は日記をつけているという新事実がここにて発覚。笑
多分、口数が少なく自分を表現しない姫魅に、ネルがすすめたのでしょう。
女の子に語り掛けるみたいな文章が、姫魅らしいということで…(日記じゃねぇというつっこみはおいておいて)