第二十六歯 やっぱこれだね、涼風と宵弧♪
「とんだ茶番だな」
大きな烏の背で寝そべりながら、涼風は低く唸った。
「なかなか演技派だったぜ」
隣で宵狐が笑う。その背中を、涼風がバシッとたたいた。
「いてッ…『離れろ!そいつはSPITZだ』…ぶふふっ…いって!たたき過ぎだ筋肉バカ」
「…ちっ…」
10分前の自分を思いうかべると、涼風は拗ねたように宵狐に背を向けた。
二人は雲の上にいた。
向かい風に身体をあずけ、烏はゆうゆう空をとんでいる。
「…本当にうまくいくんだろうな」
涼風は吐き捨てるように尋ねる。
前髪についたアルパカの毛取りながら、宵狐は「ああ」と頷いた。
「お前が現れれば、ガリヴァーノンが出てくる。
俺が出てくれば、平和維持隊が出てくる。
言った通り両者は出会った。
あとは勝手に殺りあってさえくれればいい」
「蛍とお前の弟を追う任務を持っていたガリなんとかをここで倒しても、別の輩がすぐ出てくるんじゃないのか。または維持軍が負け、蛍と姫魅が捕虜になる可能性もある」
戦術の基本はあらゆる場面の想定。元軍曹の涼風はかつて部下に問うたように、宵狐に問う。
「前者については、ガリヴぁーノンが今のところSPITZの四天王であることから補填はそう簡単じゃない。
残りの四天王はお前の兄貴と『ゴールデントリガー』、そしてデイゴっていうガキが一人。
プーが愛華をお前の妹殺しに使うとは思えない。万が一にでも、肉親ゆえの気の迷いが起これば、今あいつを支える魔法のバランスを狂わせる恐れがあるからだ。
ゴールデントリガーの獲物はあの金髪だ。標的を増やせるほど器用なやつじゃないし、プーも考えるはずだ。
たとえデイゴが任務を変わったとしても、ガリヴァーノンの陥落、そして俺の脱退はSPITZに少なからず打撃を与える。数か月は稼げるはずだ。念のため、その見張りに月香をつけてある。
そして――」
宵狐は涼風の目をまっすぐに見た。
「後者はありえない。」
「そうか」
涼風は満足げにうなずいた。
『お前の妹を助けてやる。俺と手を組まないか』
あの日、地下の洞窟で互いに泥にまみれながら、右手を差し出してきた宵弧を思い出す。
仮にも敵の一人であった彼の手を、涼風が握ったのは今思えばただの直感に他ならない。
その直感は、徐々に確証へと変わった。
宵狐は頭が回る。相手が発した一つの言動で、十も二十も先を予測する(その能力は言葉足らずな涼風にはありがたかった)。これは策士として手を組むのに頼もしい相手だと涼風に思わせた。
そして度胸もある。
『すみません、お怒りですか?』ーーかつて多くの家臣が涼風のぶっきらぼうな声を怖がったものだが、宵狐は気にしない。
『メンチ切りでイノシシに勝った』と噂された涼風の鋭い眼光にも、会ってから一度も怯んだ様子は見せたことはない。
涼風と対すると、宵狐はいつも穏やかな笑みを返した。
国で出会ったどんな青年より、器がでかい。
出会ったばかりの不思議な青年に、涼風は背中を預ける心地よさを既に覚えていた。
宵狐は黙って白い毛を手の上に乗せ、息をふきかける。すると、小さなアルパカが浮かび上がった。蛍のツクモ。もちゃもちゃと口を動かし、宵狐を見上げている。
その平和な顔に、ははは、と宵弧は笑った。
宵弧の笑い声は優しい。
血みどろの修羅場を抜けてきたとは思えない、品のある声。
しかしーー
こいつはSPITZなんだ。
自分から国を奪い、家族を殺し、未来を潰した憎悪の矛先が向けられるべき一人。
涼風はそれを度々思い出そうと必死になった。
そうしなければならないほど、
「お兄様はピュアで、お人よしなのだものね」
そう涼風をからかったのは、後にも先にも蛍だけだ。
ふいに、自分の胸で泣きじゃくる蛍の体温を思い出し、涼風は顔を伏せた。
涼風は宵狐に背を向けたまま言った。
「…何かあったら、お前を殺すぞ」
「お互いさまだ」
妹と弟。
互いの最も大切なものを守るため、二人は危険な賭けに出た。
SPITZと魔法学校、それぞれの命を狙う者たちの前に姿をさらしながら
ガリヴァーノンの攻撃を受ける姫魅と蛍の前に、維持軍が立つよう仕向ける。
二人が完全にジョニーの保護下にあることをプーに示すことが、プーの攻撃を一時的にも緩めさせ
二人を守る最善にして唯一の策だったのだ。
それは「長期的な戦いに巻き込む」というリスクを蛍と姫魅にも背負わせることでもあった。
ピンと張った緊張と意識から排除した不安が、出生も性格も対照的な涼風と宵狐をつなぐ鎹となっていた。
「蛍の存在はプーにばれていたとはいえ、お前の弟は黙ってればばれなかったんじゃねぇのか」
「そんなに甘くない。お前の兄貴が姫魅の情報をプーから遠ざけてはいたが
先日、魔法を使った時点でアウトだった。」
「また不用意な」
「お前の妹を助けるためだよ」
「…え?」
「人のために魔法を使いなさいって、母さんの言いつけを守ったのさ。
まあ、いつも弟の尻ぬぐいさせられるのは俺なんだけどな」
涼風が身体を起こすと、宵狐は目を細めて遠くの空を見ていた。
それは何かを懐かしむような、慈しむような顔。
「優しい弟なんだ」
涼風はしばしその横顔を眺めたあと、「お前もな」と宵狐に聞こえない小さな声でつぶやいた。
☆☆☆
バシッ!という音とともに、デイゴは目をつぶった。
頬を抑えた月香が床に倒れる。
「ちっ・・・やられたな。あの狐め」
愛華は苦虫を噛んだように顔をしかめた。
「月香、宵狐を追って消息をプー様に伝えろ。虚偽の報告でもしてみろ、今度こそお前の大切なあの狐を殺してやる。デイゴ、お前は俺と来い」
「えっ?どこいくの愛華」
デイゴは黙ったまま俯く月香と愛華の顔を交互に見ながら困惑する。
「ガリヴァーノンのところだ。あいつに今消えられると都合が悪い」
俺が変わりに潰してやる。
そういってビロードのコートに手をかけた愛華のいく手を、オレンジ色のモコモコした何かがさえぎった。
「MACHITAMAE!ま・ち・た・ま・え!」
「…プー様!」
愛華とデイゴは、慌てて膝をつく。
「しかし、このままではガリヴァーノンと赤目が」
愛華の口に人差し指をあて、プーはにんまりと笑った。
案ずるな、ともよ!と話すのはおまるのアヒル。
え、こいつ喋れるんだ…と一瞬戸惑った一同をよそに、
プーは言った。
「ここは僕がいこう」
涼風の揺れる心が乙女かっていう




