第二十四歯 なんや、絆が深まっとる
――オオババの一件から、約1ヶ月後。
Hai!Caloryの店内には、エクレアの手料理が所狭しと並んでいた。
「わあ!おいしそう!」と慰鶴が目を輝かせる。
「おいしいわよぉ」とエクレアは笑った。
「定休日なのに…本当にいいんですか?」
「もちろんよ!みーんな、おばさんの家族だからね。お休みの日に、子供たちとパーティーをしたら、おかしいかい?」
エクレアの晴れ晴れした笑顔に、蛍は戸惑った。
一刻も早くツクモを探したい彼女は、エクレアが断るのを期待していたのだが。
気持ちが焦って、身勝手な考えが次々と浮かぶ。それらを振り払うように、蛍はぶんぶんと首を横に振った。
「ありがとうございます」
どこか煮え切らない蛍の笑顔に、「んん?」と慰鶴が顔を覗かせる。大きく膨らんだ頬は、まるでリスのようだ。
彼はもごもごと喋りながら、ぱちぱちとウィンクを繰り返しているが…なにを喋っているのか、まったく聞き取れない。
「なにやってんのよ」
「ほはふ、ふがっ、はひふほふはふ」
蛍の呆れ顔にめげることなく、慰鶴はウィンクを送り続ける。
必死の形相は、もはや目にゴミが入ったようにしか見えないのだが…頬張ったものを飲み込めば、済む話ではないのか?
彼の様子が可笑しくて、蛍はついに吹き出すと、声を出して笑った。
「なにがしたいのよ」
「へへへ」
「まったくだよ。なにやってんだい」
エクレアは腰に手を当て、やれやれとため息を吐いた。
慰鶴のつまみ食いに、彼女が本日5度目のげんこつを執行する。
食に対する慰鶴の執着は、筋金入りだ。
「そうそう」
エクレアは急に真剣な面持ちになると、口元に手を添え、声を潜めた。
「それで?どっちが本命なの?」
「っ!?ええっ??」
蛍がどぎまぎしていると、エクレアは「冗談よ、冗談」と笑った。
「茶化さないでください」
蛍は気持ちを落ちつかせようと深呼吸をした。
ふと姫魅と目があって、一旦は落ちついた心臓がドキドキする。
(なによ、蛍。ちょっとからかわれたくらいで)
意識しないように心がければ心がけるほど、目のやり場がわからなくなる。
彼の粉雪のような肌、烏羽色の髪。地底湖のように澄んだ瞳は、神秘的な青色が美しい。
(ううっ…私よりもち肌。そーよ、別にそーゆーのじゃないわ。美しいものを目にしたら、誰だってうっとりするものよ)
姫魅の流し目に溺れてしまいそうで、蛍は逃げるように目を逸らした。
「慰鶴くんから聞いたよ。蛍ちゃん、姫魅くんにぞっこんなんだって?」
「っ!?ぞっこん!?」
「違うのかい?」
「い…いえ、まあ…そーですけど」
「命短し、恋せよ乙女!おばさんも応援しているからね!」
―――慰鶴めっ!
姫魅の後ろで、慰鶴がにこにこと手を振っている。
蛍がキッと睨みつけると、彼はグッと親指を立てた。
(ちっがーう!違うでしょ!頼りになるし、イケメンだし、背は高いし…なのに!なんであんたは、そんなにアホなのよー!)
慰鶴はたまに驚くほど鋭いのだが、基本的に絶望するほど鈍い。
残念なイケメンとは、彼のことである。
(誰かさんにそっくり)
姫魅と慰鶴が顔を寄せあい、パーティーの段取りを確認している。
蛍はふたりに、幼い日の愛華と涼風を重ねた。
(そういえば、前にもこんなことがあったっけ?)
昔、楽しみにしていた誕生日パーティーが、父の仕事で中止になったことがあった。
泣きじゃくる蛍のために、兄達は手の空いた使用人をかき集め、間にあわせのパーティーを開いてくれた。
いつもより質素で贅沢なパーティーは、特別に楽しかった覚えがある。
(…会いたい)
「ほったる♪お待たせ!」
蛍が顔をあげると、赤いタキシード姿の慰鶴がにっこり笑っていた。
彼は丁寧にお辞儀をして、蛍に座るよう促した。
「さあさあ」とエクレアがコップを手渡す。
蛍の頭にパーティー帽を乗せて、ふたりは少し離れところに座った。
「あの…」
エクレアが「しーっ!」と人差し指を立てる。
ふたりの視線を追うと、青いタキシード姿の姫魅がぎごちない足取りで歩いてきた。
「えっと…蛍、とある国へようこそ」
姫魅がボソボソと挨拶をすると、慰鶴が口笛を吹いて盛り上げる。
「うんうん!ようこそ、蛍!そして、これからよろしく!ご縁に感謝して、カンパーイッ!」
沈黙が流れ、慰鶴が「あれ?」と固まる。
「それは、姫魅くんのセリフじゃないかい?」
「あれれ??」
「慰鶴、乾杯はまだ早いよ」
「あれれれ…」
「姫魅と打ちあわせしてたんじゃないの?」
「ごめん、蛍と出逢えたことが嬉しくて。じっとしていられなかった!」
慰鶴は決まりが悪そうに笑った。
「ばっ!ばっかじゃないの!?」と蛍が照れる。
場が温かい笑いに包まれると、姫魅は「それじゃあ、気を取り直して」と咳払いをした。
彼は大きく息を吸うと、表情を一変させた。
―――それは心を震わせる、透き通った歌声だった。
☆ ☆ ☆
店を出る頃には、すっかり日が暮れていた。
「今日はありがとう。あんなに笑ったの、久しぶりだわ。ツクモ探しなんて、途中からすっかり忘れてた」
蛍は思いだして、くすくすと笑った。
「時間がないのに、つきあわせてごめん」
「なんで姫魅が謝るのよ。謝るべきは慰鶴でしょ」
「俺?!」
口に放り込んだサンドイッチを飲み込んで、慰鶴はゲホゲホとむせた。
「当然よ。主役を差し置いて、つまみ食いしてるんだから」
「あはは。ごめんごめん」
慰鶴の眉がハの字に垂れて、なんとも情けない顔になる。
「姫魅。ツクモって、心なんでしょう?」
「うん」
「パーティーをして、気がついたの。私、焦りや不安でいっぱいになって、心を見失っていたわ。ツクモを探したとして、きっと見つけられなかったと思う」
姫魅は静かに微笑んだ。
「大丈夫。明日はきっと、ツクモに出逢えるよ」
「ええ。ありがとう」
先頭を歩いていた慰鶴が、踵を軸にくるっと振り返る。
「蛍は楊さんのとこだっけ?」
「ええ」
「送ろっか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
今夜はきっと、人恋しくなる。厚意に甘えてしまえば、離れるのがつらくなるだろう。
それに、楊の屋敷はそう遠くないし、あの街には夜がない。
「慰鶴は蛍のこと、よく知っているんだね」
「なに?妬いてるの?」
にやにやする蛍に、姫魅は「妬いてない」と語気を強くした。
「家族が維持軍の関係者だから、蛍の話も耳に入るんだ」
「関係者というか…あなたのお祖父様、創設者なんでしょう?」
「そっか。蛍はじーちゃんに会ったんだっけ」
「ええ?!お祖父さん、ジョニーさんなの?!」
姫魅が呆気にとられる。慰鶴は「んーまあ」と言葉を濁した。
「血の繋がりはないで。なあ、慰鶴」
中折れ帽に短パン姿の少年が、八重歯を覗かせて笑っている。
彼は背の高い少女と、ツインテールの女の子を連れていた。
「関係ないよ」
慰鶴はぎこちなく笑い返した。
「感じ悪っ!誰よ?」
「いとこのエルモだよ」
「ほんま、慰鶴はつれへんなあ」
たれ目で短髪の慰鶴に対して、エルモはつり目で長髪だ。
前髪をきっちり真ん中でわけて、顎下のラインで切り揃えた髪はワックスで動きをつけている。
彼は「もっとあるやろ」と不満げに言って、帽子を脱いだ。
「初めまして、俺はエルモ。アパレルブランドBe-L.MOの後継者で、祖父ジョニーの後継者候補や。叔父が養子をとってからは、後継者候補というより、ストックみたいな扱いやねんけどな」
エルモが自嘲する。
「ツクモ探しってことは、魔法学校に入学するんやろ?俺、赤酉隊に所属しとるさかい、困ったことがあれば気軽に言うてな。手え貸したるで」
蛍が握手に応じないでいると、エルモは「ほら、慰鶴。嫌われてしもたやんけ」と苦笑いを浮かべた。
「おまえらも挨拶しとき」
「はーい!みんなのアイドル、パエリアだよ☆」
揺れるツインテールに冷めた視線が集まる。
パエリアは動じることなく、「おい、ドン引きするな☆」と強かに笑顔を崩さない。
「私は咲蘭。パエリアといっしょに、Be-L.MOの専属モデルをやっているわ。私達も赤酉隊に所属しているの。仲良くしましょう」
咲蘭の大人びた雰囲気に、蛍は思わず会釈した。
「ポッキントンはどこや?」とエルモがきょろきょろ辺りを見渡す。
「恥ずかしくて、隠れてるんじゃないかしら?」
「またかいな」
エルモはやれやれと帽子をかぶり直した。




