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とある星物語 Returns   作者: さゆのすけ
24/35

第二十三歯 止まった時間

彼女の夢を見ていた気がする。


「どうして、涙が…」


イルカはしばらく、夢の余韻に浸っていたが、どんな夢だったのかは思い出せなかった。


「マナティー…あなたという人は」


イルカは隠すように、顔を腕で覆った。

寝返りを打つと身体に痛みが走って、彼は平和維持軍の医務室に運ばれたことを思い出した。

配線と資料で混沌とした室内は、まるでマッドサイエンティストの住まう実験室だ。鼻をつく消毒液の匂いが、かろうじて医務室らしいといえば医務室らしい。


主である医師のチェンは、根っからのインドアだ。

彼はいつも決まって、異国から持ち帰ったパソコンに向かい、ゲームかネットサーフィンをしているのだが…幸か不幸か、彼は珍しく不在のようだった。


「あ、起きてた?」


廊下を通りかかったイチが、半開きのドアから顔を覗かせた。

両手に持ったマグカップから、湯気といっしょにココアの香りが漂う。


「具合はどう?」

「ええ、おかげさまで」


イルカは身体を起こしたが、ふらふらとして危なっかしい。

イチは「起きあがりこぼしみたいだ」と笑っている。


「外部より内部のダメージが大きいらしい。思っているより、状態はよくないと思う」

「おやおや、それは困りました。やらなければならないことがあるのですが」


―もう一度、あの少年に会わなければならない。


イルカが考え事をしていると、イチは「まあまあ」とイルカの口調を真似た。


「休まないと、治るものも治らない」

「休むとは、案外難しいものですね」


イルカの背中にイチが手を添えると、イルカはゆっくり身体を倒した。


「ありがとうございます。楊さんはご無事ですか?」

「無事だよ。あの後、ガルディのお姫さま…蛍ちゃんを保護したんだけど。楊さんは今、彼女の世話を焼くのが、楽しくてしょうがないらしい」


楊はその性分から、「維持軍のご意見番」と呼ばれている。

「お姉さんに任せなさい」と意気込む彼女の姿は、容易に想像できた。


「蛍ちゃんは、魔法を学びたいそうだ。入学試験は、君の回復を待ってから。しばらくは、楊さんが彼女を預かることになった」

「そうですか。ますます寝ていられませんね」

「急ぐ必要はないよ。蛍ちゃんにも、休養が必要だ」


イチの表情が曇ると、イルカは蛍の現状を察した。

国を追われ、たったひとりで逃亡してきた姫は、10代の少女と聞いている。

彼女はきっと、身も心もボロボロだろう。


イルカは起きあがろうと手をついて、痛みに顔を歪めた。

イチは彼の腰に枕を宛がうと、ココアを手渡した。


「飲める?」

「ええ、ありがとうございます」


イルカはしばし考えて、イチを振り返った。


「いいんですか?」

「なにが?」

「これ、サンさんのでは?」


ぶはっ!と吹き出して、イチは咳き込んだ。


「んなっ!?」


戸惑うイチに、イルカはくすくすと笑っている。


「サンさんに差し入れでしたか」

「んーまあ。慰鶴の特訓中で、渡せなかったけど。君が飲んでくれると助かる」


イチが困ったふうに笑うので、イルカは「頂きます」とカップを口に運んだ。


「理解に苦しむ」


ふたりが振り返ると、入り口でチェンが不快を露にしていた。


「チェンさん。おかえりなさい」

「おかえり、チェン」


チェンはふたりを素通りして、パソコンの電源スイッチにそっと触れた。


「時間をかけたからといって、受け入れられる保証はない。課金すれば、なにかを得られるとは限らない。不確かで曖昧、かつリスキーであるのに、人は何故、人を愛するのか?」

「サンはそういうのじゃないさ」

「ああ、すまない。ただの素朴な疑問だよ。イチさんはわかるかね?」

「さあ?俺が教えて欲しいくらいだ」

「愛、ですか」

「さして、興味はないがね。さて、ただいま。花子」


呆気にとられるふたりを他所に、チェンは花子と名づけたパソコンに向きなおった。


「マイペースかよ」

「あはは」

「僕のことは気にせず、続けてください。イルカさんの診察は後にしましょう」


チェンが画面とにらめっこを始めると、イチは彼の肩に手を置いて、椅子ごとくるっと回した。

「なにか?」と振り返るチェンに、イチがひらひらと手を振る。


「俺はそろそろ、おいとまするよ。あとは若者ふたりでどうぞ」

「はあ…仕事をサボる口実が」

「なにか言ったか?」

「いいえ」


イチがにっこり笑うと、チェンは態とらしく口笛を吹いた。

「まあまあ」とふたりをなだめて、イルカは首を傾げた。


「イチさんのほうが、僕よりお若いはずですよ?」

「ん?イルカ、いくつ?」

「35になります」

にっこりと微笑むイルカに、イチは世紀末を目の当たりにしたような顔で凍りついた。

ショックのあまり、チェンのメガネがパリーンッ!と割れる。


「イルカ…さん?」

「さんは止してください」

イチにさん付けされて、イルカが照れ笑いを浮かべる。

イルカの頬を引っ張ると、イチは愕然とした。


「魔法でなければ、特殊メイクでもない…どう考えても20前後だ。童顔とか、そういう次元じゃないぞ」

「明日のYafoo!ニュース、トップ記事は決まりだな。生命の神秘…不老不死が実在するとは」

「歳、とりますから。死にますから。カルテに記載がありませんか?」

「多種多様な人間が集まるこの国で、カルテの年齢など参考程度にしかならないのだよ」


チェンがコホンッと咳払いをする。

イルカは嫌な予感がした。


「まあいい。早速、不老不死の礎に…じゃない。そろそろ、けんきゅ…診察をしようじゃないか。細胞レベルで診せてくれ…じゃない、診てあげよう」

「おい、待て。チェン、大丈夫か?」

「ダイジョウブ、ダイジョウブ」


チェンは不気味な笑みを浮かべ、イチの背を押しながら部屋を出た。

廊下から、イチを強引に言いくるめるチェンの声が聞こえてくる。


「もしかしたら、僕の時間は止まっているのかもしれませんね」


イルカは寂しげに笑って、天井を仰いだ。

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