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とある星物語 Returns   作者: さゆのすけ
23/35

第二十二歯 ほらね、怖くない。怯えていただけなんだよね?

少し歩けば、酒場が並ぶ賑やかな通りだ。

空は暗くなってきたが、煌々と連なる提灯が夜を忘れさせる。

酒を酌み交わす彼らは、人間を削ぐような世界がすぐそこにあることを、まるで知らないかのように笑っていた。


イルカがぼんやりと店内を眺めていると、空のグラスに酒が注がれた。


「ありがとうございます」

「イルカくん、気持ちは嬉しいけど…あまり生き急がないでちょうだい」


楊が呆れた口調に刺を含ませる。少し怒っているようだ。

きっとオオババとの賭けについてだろう。


―数時間前。


オオババが投げて寄越したのは、おもちゃのように小さく、ずっしりと重いピストルだった。


「あんたが生きてりゃ、協力してやろうじゃないか」


オオババは手をピストルの形にすると、頭を撃ち抜く真似をした。

彼女の目は、できやしないと嘲笑っている。


さっと銃口を頭に向け、イルカは迷うことなく引き金を引いたのだ。

カチッと軽い音がして、彼は微笑んでみせた。


安堵と怒りが沸きあがり、遅れて押し寄せた哀しみが、ぐちゃぐちゃの感情ごと楊の心を呑みこんだ。

彼女は平静を装ったが、震えが止まらなかった。

オオババは少しだけ目を大きくして、不満げに舌打ちをした。

気だるさを演じてはいたが、彼女の瞳はおもちゃを与えられた子供のように、爛々と輝いていた。


「あたしゃ、誰かのために自分を棄てるバカは嫌いだよ。そいつは決まって、誰かを恨んで死んでいくからね」

「ただのバカか、どうぞ見極めてください。これから長いこと、お世話になるでしょうから」


「はんっ!」と鼻を鳴らして知らん顔をするオオババに、イルカはにっこり微笑んだ。


「賭けには―」



「勝ちましたよ、じゃないわん」と、楊は一升瓶を一気に飲み干した。


「すみません。後悔はしたくなかったので…僕にできることなんて、限られていますから」

「ひとりで抱えようとするからよん。あなたが入隊した理由は知らないけど、あんな無茶はよしなさい。イルカくんは、ひとりじゃないでしょう?」

「心がけます」

「イルカくんは時々、とても頑固ねぇ。女の泣かせ方が、あの人にそっくり」


楊は頬杖をついて、ため息をこぼした。


「メロウさんと違って、僕は小心者ですよ」

「そうかしらん?」


イルカがグラスを手にすると、中の酒が次々と形を変える。

液体を操る魔法は、イルカの十八番だ。

楊は「まさか」と息を呑んだ。


「壊したと知られたら、今度こそ殺されちゃいますね」


「あはは」と笑うイルカに、楊は「ホント、泣かせてくれるわぁん」と苦笑を浮かべた。

彼女が心配せずとも、彼はオオババの目を盗み、手にしたピストルをスクラップにしていたのだ。

繊細な彼だからこそ、なせる技に楊は感心した。

同時に、若くしてオオババを欺く彼の魔法に、恐怖を感じる。


「お隣、よろしいですか」


ふいに目隠しをした若い男が声をかけてきた。

継ぎはぎの服はだぼだぼで、痩せ細った彼をさらに細くみせた。

珍しそうに酒の匂いを嗅いでいる少年は、彼の連れのようだ。

フードを深く被り、顔はよく見えない。


「あらん、いらっしゃって」

「ありがとうございます」


楊は指折り数えながら、酒を追加で注文した。

カウンターを埋める空瓶を下げながら、店主が「まだ飲むのか」と言いたげに楊を2度見、3度見している。


「おきれいですね。しっとりと染み渡るような、すてきなお声だ。つい、飲みすぎてしまいそうです」

「まあ!こんなにかわいい子がいらっしゃるのに」


楊は少年の頬にそっと手を添えた。

愛嬌たっぷりの笑顔で楊が覗きこむと、少年は赤くなった顔をしかめた。


「ふふ、かわいいわぁん。食べちゃいたい」

「楊さん、困らせるようなことは…どうも、すみません」

「いえ、とんでもない。どうぞ、かわいがってやってください…食べられてしまっては困りますが」


男は気さくに笑うと、少年の頭をぽんぽんと叩いた。


「彼は喋ることができないんです。失った声が戻るきっかけになればと、旅すがらこうして、温かい方々とお話させて頂いておりまして」


「なかなか、うまくいきませんが」


と男は自嘲した。


「彼、イルカくんと歳が近いんじゃないかしらん?」


「私ですか?」と男が顔をあげる。

「いいえ、お連れさんと」と楊が答えると、男は「ひょえ〜」と驚いた。


「本当ですか?お声がとても落ちついていらっしゃるので、てっきり歳上かと…これは失礼!」

「あはは。じじ臭いとよく言われますよ」


イルカは眉をハの字にして笑った。


「ここは素敵な国ですね。先日はガルディに立ち寄ったのですが…先の謀反からか、ひどい有り様でしたよ」

「おやおや」

「誰もが希望を持てず、疲れきった顔をしていました。噂話にすがる者までいましてね…第二王子が生きているとか…」



和やかな雰囲気を裂いて、「ふざけんな!」と怒鳴り声がした。


「んな、金で誰が売るかよ!本物だぜ、本物!てめぇの目は節穴か?!」


キャビア頭の男とフグ面の男が、テーブルを離れる。

取り残された男は、骨董屋だろうか。

交渉は失敗に終わったようだ。トランクに書類をしまい、やれやれと身支度している。

キャビア頭とフグ面が、イルカ達の前をずかずかと通りすぎた。

手には古い首飾りが握られている。


「あれは、ガルディ王家の…」と楊が呟く。

「楊さん」とイルカが目配せした。


「あらん、残念。もう行かないと…お名前を聞かせてくださる?またいっしょに飲みましょう?」

「ガリヴァーノンと申します。もう少し、ゆっくり楽しみたかったのですが…残念ですね」


ガリヴァーノンが、すっと席をたつ。


「私たちはあなた方を止めなければならない…It's show time!」


ガリヴァーノンが抱えるバケツから、ずんぐりむっくりした鳩がふてぶてしい顔を覗かせる。

腹がつかえて抜け出せないらしく、鳩は「グルッポーグルッポー」と必死の形相で羽をばたつかせている。


少年の裾から飛びだした龍がくるりと宙返りをすると、子猫ほどの身体が熊を越える大きさに変わった。


龍を目にした途端、イルカの笑顔が凍りつく。


「マナティー?」

やっと絞りだした声は、嬉しそうにも苦しそうにも聴こえた。

龍はゴロゴロと喉を鳴らし、尻尾をゆっくりと揺らしている。

「獲物が上等だとやる気が違いますね」とガリヴァーノンは笑った。

少年はフードの下で、浮かない顔をしている。


「イルカくん?」


楊の声が聞こえないのか、彼は動かない。

楊についで古株のイルカとは長いつきあいになるが、楊は彼が動揺するところを今までに見たことがなかった。

嫌な予感がする。


「よそ見をなさると、危ないですよ?」


場違いに温かいガリヴァーノンの声が、楊の背筋を寒くさせる。

鳩がバケツから半身を生やしたまま、バッと羽を広げた。

無数の鉄球が豆鉄砲の勢いで飛び散る。

窓ガラスやグラスが割れて、さっきまで囃したてていた客も店の外に逃げる。

現れた大蛇が、楊を庇うようにとぐろを巻いて、バシッバシッと鉄球を弾き落とした。


「あらん?激しいのねぇ。ぞくぞくしちゃう」

「あはは、激しいのがお好みですか」

「ふふ、好きよ。でも、ぞくぞくさせるのは、もぉっと好き」


大蛇の尾がガリヴァーノンを凪ぎ払う。

テーブルやイスを巻き込んで、彼は店の外まで飛ばされた。

ガリヴァーノンがゆっくりと立ちあがり、あらぬほうを向いた腕をぐっと引っ張る。

手を離すと、カシャーンッカシャーンッと音がして、あちこち外れていた関節が元に戻った。


「あはは、情熱的ですね」

「ふふ。もっと熱くさせてあげる」


少年の掌底がイルカの腹を突くと、電流がバチバチと光って消えた。

「魔法は不発ですか」とガリヴァーノンは不満げだったが、イルカに与えたダメージは小さくない。

イルカがケホッと咳き込んで、血を吐き捨てる。


彼は口元を袖で拭うと、少年の蹴りを突きあげた。

少年が体勢を立て直すより先に、イルカは彼を押し倒した。

フードが外れて、真っ赤な瞳にイルカが映る。

イルカの血がポタポタと落ちて、少年の頬を涙のように伝う。


「君は…」


少年に懐かしい女性の面影が重なって、イルカの時が止まる。


龍がイルカに飛びかかる。

地響きがして、砂埃が消えると、バタンバタンともがく龍を虎が前足で押さえつけていた。龍の腹に爪が食い込み、虎の足に牙が食い込む。

その瞬間、少年の脳裏に、照れ笑いを浮かべるイルカがぱっと浮かぶ。

激しい頭痛がして、少年は顔をしかめた。


「…くん!イルカくん!」と遠くに聞こえる楊の声が、次第に大きくなる。


「離れなさい!イルカ!」


楊の叫ぶ声がして、イルカははっと我に返った。

手に激痛が走る。離れようにも少年から流れる電気で、体は痺れて動かない。

イルカが痛みに顔を歪めると、ふっと電流が弱まった。

咄嗟に少年から離れて、イルカは手のひらを見た。


「あなた、手が…」


駆け寄った楊の声が震えている。

イルカの手は真っ赤に焼けただれていた。


「僕より、彼を」

「なにを言っているの?自分の心配をなさい!」


楊は袖を裂くと、イルカの手のひらに巻いてやる。

「彼を知っているの?」と楊が訊ねるが、彼は答えることなく気を失って、そのまま楊に倒れこんだ。


ふらふらと立ち上がる少年をガリヴァーノンがそっと支える。


「腕を焼き切ってしまえばよかったのに…どうして止めたんです?」


少年は頭を抱えて、顔をしかめている。

「彼を知っているのですか?」とガリヴァーノンが問いかけると、少年はゆっくりと首を横に振った。


楊とガリヴァーノンが、「…ツクモの記憶」と声を揃える。


「はぁん、厄介なことになったわぁん」

「ええ、困りましたね」


ガリヴァーノンはポリポリと頭をかいた。


「私たちはおいとまさせて頂きます。彼は戦えそうにない。イルカさんに、よろしくお伝えください」


「ええ。次はゆっくりと飲みたいものねぇ」


「僕もですよ。久々に楽しかったです、ありがとうございました。お酒の続きはまたいずれ」


鳩がバケツに吸い込まれると、少年とガリヴァーノンもあとに続く。

彼らの姿がなくなるとバケツはすうっと消えて、彼らの飲み代だけがそこに残った。


静けさが戻ると、少しずつ野次馬が増えた。

楊の肩に、ふわりと上着がかけられる。


「なんの騒ぎかと思えば…楊、どうした?」


楊が振り返ると、メロウが顎髭を撫でていた。

出逢った頃の彼が重なってみえる。

お互いシワは増えたが、なにも変わらない。

楊がふふっと笑うと、メロウは「なんだ?」と首を傾けた。


「いけずなお人」

「そうか?」


メロウが唸っていると、「これはひどいなあ」とイチがひょっこり顔をだした。


「夫婦喧嘩ですか?」


「あなたもなかなか、いけずねぇ」


あははとイチが笑う。


「説明している時間がないのん。メロウさんはイルカくんをお願い。イチくんはいっしょに来てちょうだい」


ぐったりとするイルカに、ふたりの顔が強ばる。


「どうやら、おっさんと飲んでる場合じゃなさそうだ。メロウさん、奥さんをお借りします」

「もう、イチくんのいけず。奥さんだなんて…ごめんなさい、あなた」


「おい、違うだろ?イチ、その言い方はやめろ」


メロウが言い終わるのを待たずに、イチと楊は姿を消した。

取り残されたメロウは、髪をかきあげて唸った。


「…イルカ、笑うな」

「…すみません。目を覚ましたのですが、言い出せる空気じゃなくて…ふふっ」

「……」


メロウは黙って、イルカを乱暴に肩に担いだ。

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