第一歯 もやしと呼ばないで
「誰か!」と聞こえた気がして、姫魅はペダルを踏み込んだ。
街頭の灯りも届かない暗がりで、少女が体格のよい男達に囲まれている。
「ガキが手こずらせやがって…」
「ガキに手こずるなんて、その筋肉はお飾りかしら?」
少女は怯むことなく、男達を睨み返した。
「んだと?」
男が腕を振り上げる。
考えるより先に、姫魅は指先を男に向けていた。
自転車に積まれた空き瓶が、男達に向かって飛んでいく。
「いってぇ!」
空き瓶の割れる音と男達の悲鳴が、次々と聞こえる。
「乗って!早く!」
姫魅が少女に手を伸ばす。
手が触れると少女の体はふわりと浮いて、自転車の後部座席に収まった。
「…魔法?」
少女が小さく呟く。
男達の捨て台詞が、背後で小さくなっていくのを感じた。
☆ ☆ ☆
5分もたたずして、自転車は急速に速度を落とした…というより、ほぼ進んでいない。
「遅い!ちゃんと漕ぎなさいよ、もやし!」
「…もやしって…うっ!」
背中をどんっと叩かれ、息が詰まる。自転車が大きくよろけて、カゴの空き瓶がカチャカチャと鳴った。
抗議の目を後ろにやると、彼女は張り詰めた表情で暗闇を見つめていた。
水色の髪が月に照らされ、水面のようにきらきらと光っている。
…黙っていれば、結構な美人。
「じろじろ見ないで」
「別に…」
「ちゃんと漕いで。追いつかれるでしょ」
「漕いでるよ」
「あんた、さっきから全然進んでないじゃない」
「す、進んでる!進んでるってば!」
ふーんと流して、彼女は自転車を飛び降りた。
ブレーキの甲高い音が響く。
「危ないじゃないか!」
「ご心配、どうも。もっと速ければ、怪我のひとつもしていたでしょうね」
マントの砂埃を払い、彼女は一礼した。
「追手は来ないみたいだし、ここでいいわ。ありがと、さようなら」
「待って。こんな夜にひとりじゃ危な…」
言葉を待たずに、彼女は暗闇に消えた。
【ゆのすけ→さのすけ】
キャラを大事にする上で、やはり出逢いは外せないと思いまして…ざっくりではありますが出逢いを書きました。
久々なので、慣れのためにも…どんどん爆走していきましょう!