第十八歯 姫魅のワンマンライブ
沈黙が流れる。
ふいに入れ歯の像がギリギリと音を立てて、下顎を左右に往復させる。
歯軋りが午前10時を知らせると、3人は顔を見あわせて、大きくため息をついた。
「絶望的」
「んー?まあ、なんとかなるなる♪だいじょーぶ、だいじょーぶ♪」
「あんたが言うか」
蛍のハリセンが、慰鶴のお気楽な頭をバシッと叩く。
「生きていれば、なんとかなるさ。なあ、姫魅?」
「ええ?!僕?!僕は…」
「もう!頼りないわね」
「ご、ごめん」
再び沈黙。
姫魅が恐る恐る口を開く。
「蛍はツクモを知らなくて、慰鶴はツクモが見えないんだよね?」
「ええ、さっぱり」
「メガネをかけたらみえるかな?」
「メガネでは…あ、待って…」とぶつぶつ呟きながら、姫魅がシャツの第2ボタンを千切る。
ぎゅっと握った拳を再び開くと、ボタンはイヤーカフに変わっていた。
「慰鶴、つけてみて」
「んー?んんおお!??」
慰鶴がたれ目を大きく見開く。
「姫魅!肩に真っ白なカラスが乗ってるぞ?!」
「僕のツクモだよ」
「そっか!そいつがツクモか!初めまして、だな!」
慰鶴がにっと笑う。
カラスはバサバサと羽ばたいて応えた。
「姫魅、なにをしたの?」
蛍がきょとんとする。
「僕の魔力が、慰鶴に流れるようにしたんだ。人と人が出逢うと、必ず繋がりができる。カフで慰鶴との繋がりを強くして、魔力の通り道を作ったんだよ」
慰鶴の耳から、もくもくと煙があがる。
「魔力のおすそわけね」
「へえ!すごいなあ、姫魅!」
「そんなことないよ」
「あるある!そんなことある!なあ、蛍」
「え、ええ。そうね。やるじゃない、姫魅」
姫魅は「ありがとう」と呟いて、赤くなった顔を伏せた。
「無くさないように気をつけて。学校の外では、僕は魔法を使えないから」
「え?使っていたじゃない」
「あれは必死だったから…ネルとの約束で、本当はダメなんだ」
姫魅が苦笑する。
「ごめんなさい」と謝る蛍に、姫魅はぶんぶんと首を横に振った。
「ううん、気にしないで!使わなかったら、きっと後悔してた」
「ありがとう。あなた、案外無茶するのね」
「ネルには、おまえといると禿げるって言われるよ。あ、ネルは僕の…」
校庭の隅で羽を休めていた小鳥たちが、落ちつきなく枝を揺らす。
(姫魅、話を盛りすぎだ!白髪だ、白髪!)
(まあまあ、ネルさん。落ちついて)
(どっちでもええが)
(静かにしてください。態々、鳥に化けた意味がなくなります)
「ありがとな、姫魅!」
慰鶴にわしゃわしゃと撫でられて、姫魅の頭が鳥の巣のようになる。
そこに姫魅のツクモがピョンッと飛び乗ると、3人は声を出して笑った。
「ねえ。それを使えば、魔法が使えるようになるのかしら?」
「蛍はもう、魔法を使っているよ?」
「うそっ?!」
驚く蛍に、姫魅がくすっと笑う。
「ハリセン」
「は?」
「さっきのハリセン。蛍のツッコミたい衝動が、ハリセンになったんだよ」
「はあ?!」
蛍が言葉を失う。
「知らないで使ってたの?」
「知っていたら、もっと絵になる魔法を使うわよ!初めての魔法がツッコミだなんて…ダサい」
「そんなに強い想いで、蛍はツッコミを…そっか、うん!俺も全力でボケるよ!」
「ボケなくてよろしい!」
蛍のハリセンが、スパーンッと音を鳴らす。
「もしかしたら、慰鶴を助けたときも…蛍は繋がりを辿って、僕を呼んだのかもしれない」
「そんなこと、できるの?」
「わからない。そういう魔法はあるけど…魔力がよっぽど強いか、絆が強くないと難しいんだ。1度会っただけでは…」
「それなら、姫魅がどうしても会いたくて、蛍を見つけだしたのかもな!」
「いっ?!慰鶴!!?」
「な、なに言ってんのよ!?」
「え?違うの?」
「偶然よ、偶然!」
「そうだね。少し考えすぎたかも」
姫魅がコホンッと咳払いをする。
「心配しなくても、蛍には魔法のセンスがあると思う」
「入学試験には落ちたわ」
「うーん…なんでだろう」
姫魅と蛍が難しい顔をしていると、慰鶴は「だいじょーぶ♪」とふたりの肩を引寄せた。
「ツクモを見つけたら、入学できるんだろ?今度はひとりじゃない。俺たちが絶対、合格させてやるよ!」
呆気にとられる蛍に、姫魅が「そうだね!」と笑いかける。
蛍は少し戸惑いながら、「ありがとう」と微笑み返した。
「そういえば、慰鶴はどうして魔法学校に?ツクモが見えないってことは、魔力が…」
「あー…うん、まあ…」
「魔力がないのに、魔法が使えるようになるの?」
蛍が首をかしげる。
慰鶴はそわそわと落ちつきがない。
「わからないけど…魔法学校に入学できるなら、魔力はあるはず。もしかして、慰鶴は魔力に蓋をしているのかも」
「んー…蓋かあ」
慰鶴が空を仰ぎ見る。
蛍は時々、彼がなにを考えているのかわからなくなった。
「蛍の魔力は、鋭くなりすぎているのかも。慰鶴の魔力は、なにかが鈍らせているんじゃないかな?もしかしたら、ツクモを探す手がかりになるかも」
3人の背後で、小鳥たちがピヨピヨと騒ぎだす。
(さすが姫魅!はなまる満点だ!)
(おやおや。ネルさん、落ちついてください)
(ネルは親バカだけえのお)
(審査には、私情を持ち込まないように願います)
「それが手がかり?ますますツクモが何かわからないわ」
「ツクモはエネルギーの塊、かな。みんな、生まれたときから持っているし、風や太陽のようなエネルギーにもツクモは存在する。感じとる力、つまり魔力があれば、見えるってだけ」
「魔力の状態によっては、見えないこともあるのね?」
「そういうこと。蛍は魔力が鋭くなりすぎて、たくさんの刺激から自分のツクモを見つけだせない状態。慰鶴は感覚が鈍って、ツクモがまったく見えない状態なんだと思う」
「んん?ええっと…ああー…」
慰鶴がボンッと爆発して、穴という穴から煙が漏れる。
「私は物が多すぎて、探し物が見つからないのよ。慰鶴は、排水溝が詰まってる感じかしら?」
姫魅のツクモに、蛍が優しく触れる。
「不思議。くちばしの先まで温かい」
「姫魅は優しいからな!」
ツクモはくすぐったそうに首を振った。
「慰鶴や蛍のような人は多いんだ。そういう人は、手っ取り早く、そこら辺のツクモと契約してしまうけど…ツクモには、心の状態を把握して、魔法の暴走を防ぐ意味もあるんだ。欲望に染まった街のツクモや、感情に影響されやすい野生のツクモと契約すると、魔法に呑まれてしまうこともあるんだよ」
「魔法に呑まれる?」
「魔法の制御が効かないというか…」
「人じゃなくなる」と言い放つ慰鶴は、どこか冷たい。
「だから、名の知れた魔法使いは、自分のツクモを連れているんだ」
「そんなの、どこを探せばいいのよ?」
「探さなくていいんよ。蛍の中にいるんだ」
「もう、訳がわからない」と蛍はうなだれた。
「それより、蛍の歓迎会をしない?」
「わあ!いいね、賛成♪」
「はあ?3日しかないのよ?歓迎会なんて…」
「ひとつのことをずっと考えるより、ぱあっと気分転換したほうが見えてくるものもあるよ。大丈夫、僕を信じて」
「信じるもなにも…」
不安と焦りに押し潰されてしまいそうだ。
一刻も早く、魔法を手にして、私は兄達を助けなければならないのだ。
しかし蛍は今、お気楽に盛りあがる彼らを頼るしかなかった。