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とある星物語 Returns   作者: さゆのすけ
14/35

第十三歯 盛りだくさん

屋敷の奥にある部屋で、蛍はホッとひと息吐いた。


「あの、慰鶴は大丈夫ですか?」


楊は振り向いて、小首を傾げた。

そういえば、慰鶴が撃たれたのは、彼女と合流する前のことだった。


「楊さん達がいらっしゃる前に、慰鶴が銃で撃たれて…私が無理を言って、姫魅に魔法で治してもらったんです」

「あらん」


楊は落ちついた様子で、湯飲みに茶を注いでいる。


「姫魅くんの魔法であれば、大丈夫だと思うけど…慰鶴くんはなにも言わない子だからん。念のため、検査を受けるよう伝えておくわん」


楊の裾から小さな蛇が現れて、するすると屋根裏に消えた。


「姫魅くんがねえ」


楊がふふっと笑う。


「怖い思いをしたのねん。蛍ちゃんは大丈夫?」


差し出された湯飲みを受け取り、蛍は「はい」と明るく答えた。


追いかけられるのは慣れっこですから!

あれ?あの時、賞金稼ぎを追いかけていたのは私で、狙われていたのは慰鶴だったような…


一国の王女にかけられた金額が霞むような、莫大な懸賞金をかけられた少年…気持ちに余裕ができて、急に気になってくる。


「慰鶴は何者なんですか?ゴールデントリガーって誰ですか?」

「ゴールデントリガー?」

「はい。慰鶴が探しているって…それに、慰鶴を撃ったのは、ゴールデントリガーに雇われた賞金稼ぎでした」

「それはおかしいわねえ」


楊が頬に手を添えて、宙を見上げる。


「彼はもう、いないわん。それは、慰鶴くんが一番知っているはず」

「え?じゃあ、慰鶴はいない人を探しているんですか?」

「そういうことになるわねえ」


呆気にとられる蛍に、楊が微笑みかけた。


「難しいお話は置いて、まずは身だしなみを整えましょうか」

「え?」

「姫魅くんを振り向かせるんでしょう?」

「あっ…お願いします」


楊は押し入れから木箱をいくつか取り出すと、蓋を開けて並べた。

蛍の前に、色とりどりの着物が差し出される。


「お好きなものをお選びなさい」

「いいんですか?」


躊躇する蛍に、「お下がりでよければ」と楊が優しく頷いた。


「着ていたものは、お洗濯するわねん。お風呂の用意もあるから、ゆっくりしていらっしゃいな」

「ありがとうございます」

蛍は伸ばした手を止めて、楊の顔を窺った。


「あの…姫魅はどんな色が好きですか?」

「蛍ちゃんが選んだ色かしらん」


「うーん…」と頭を抱える蛍に、楊はくすくすと笑っている。


「蛍ちゃん、大事なのは色ではないのよん?」


困り果てる蛍を、楊は急かすことなく温かく見守る。

蛍はやっとのことで、透き通るような水色に決めた。


「きれい」


蛍から笑顔が溢れると、楊も「姫魅くんも喜ぶわん」と微笑んだ。


「蛍ちゃん、今夜は泊まっておいきなさい」

「えっ?ええっと…」

「なにか用事があるかしらん?」


蛍はぶんぶんと首を横に振った。


「良かったわん。疲れたでしょう?今夜はゆっくりお休みなさい」

「ありがとうございます」


部屋を出ようとする楊の背に、蛍は問いかけた。


「どうして、こんなに良くしてくださるんですか?」

「まあ。蛍ちゃんは、魔法と男の落とし方を学びたいのでなくて?」

「そうですけど」

「師匠が弟子の面倒をみるのは当然よん」


納得のいかない蛍に、楊がウインクする。


「それに、困っている女の子を放っておけないの」


楊は目を細めて、「あたしを助けてくれた人も、同じことをしていたから」と呟いた。


蛍が聞き返すより先に、楊は「ごゆっくり」と部屋の向こうに消えてしまった。


☆ ☆ ☆


布団で寝たのは何年ぶりだろうか。

目覚めたときには、肩が軽くなっていて、今まで自分は何を背負っていたのかと疑った。


今朝、「蛍ちゃんに紹介したい人達がいるのん」と楊に連れ出され、蛍は屋敷にある広間に向かっていた。


ぼろ雑巾のような自分を見慣れていたので、着飾った自分に違和感がある。


「私は随分と、私を粗末にしていたのね」と蛍は苦笑して、窓に映る自分に「ごめんね」と小さく呟いた。


広間でまず目に入ったのは、奥に座っている入れ歯に顔をつけたような奇妙な生物だった。

しきりに歯ぎしりをしている。


得たいの知れない生物に恐怖を感じたが、入れ歯の左側にイチの姿を見つけて、蛍はホッとした。

蛍がぺこりとおじぎをすると、イチはにっこり笑って手を振った。


入れ歯の右側に座るのは、鋭い眼光と犬耳が印象的な女性だ。


彼らの前に、動物の刺繍が施された12色の座布団が6枚ずつ、向い合わせに置かれている。

紫の席は空席になっていたが、蛇の刺繍から楊の座席と想像ができた。

他に緑の席が空席になっていたが、主が現れる様子はない。


「あらん、緑辰隊はまだ空席なのねん。あなたが苦戦なんて珍しいわねえ?」

「ええ、相応しい人物を探してはいるのですが…」


困った風に笑う青年の、美しい容姿と穏やかな雰囲気に、蛍は思わず見とれた。


「蛍は平和維持軍って、聞いたことあるかしらん?」

楊がくるっと振り向いて、蛍がはっと我に返る。


「えっ…ええっと」

「平和維持軍。蛍ちゃんは知ってる?」

「はい。創設者のジョニーを中心に、国を12の方角に分割して、平和の維持に努めている12の隊…」


古本屋の観光ガイドで、立ち読みした情報だ。


「彼らがその12隊の隊長よん。きっと蛍ちゃんの助けになるわん」


「さあ、座って」と蛍を促して、楊は紫の席に腰をおろした。


「カカカッ!!!ようこそ、蛍ちゃん。まずは自己紹介をしようじゃあないか!!」

(喋った…?!)

「僕が平和維持軍創設者にして、ジョニー魔法学校の校長を勤める、J・J・ジョニーだよ」


蛍は(え?嘘?!)と動揺して、先程の美青年にばっと顔を向けた。

爽やかなイケメンを想像していたので、てっきり彼がジョニーかと思い込んでいた。

落胆する蛍に、ジョニーが続ける。


「孫が世話になったようだね」

「え?お孫さん?」

「蛍、彼は慰鶴の祖父だ。私は慰鶴の母、サン」

「慰鶴のお祖父様とお母様?!」

「イチから聞いた。息子が迷惑をかけたようで、申し訳ない」

「とんでもない!ご迷惑をおかけしたのは、私のほうです!」


サンの凛とした空気に圧倒されて、蛍は恐縮した。


「あの、慰鶴は元気ですか?」

「ああ、朝食にホールケーキを平らげるほど元気だ」

「デザートはアイスケーキだっけ…考えるだけで、胃がおかしくなる。また会えて嬉しいよ、蛍ちゃん」

「イチさん!」

「昨日は、よく眠れた?」

「はい!」


イチは「そっか!」と嬉しそうに笑っている。


「あれ?サンさんとイチさんを含めると…」


12の隊長ということは、ジョニー含め13人のはずだ。

「ひい、ふう、みい…」と数える。


「空席を含めて15人?」

「平和維持軍は大きくふたつの部隊に別れるんだ。陰の部隊は俺が、陽の部隊はサンがまとめているんだよ。各隊の隊長は彼ら…」


イチの視線の先で、スーツを着た毛玉がうんうんと頷いている。


「我輩が灰子隊隊長を勤める、ジャックである」

「ネズミが喋った?」

「お嬢さん、我輩はネズミではないのだよ」

「チャックは…」

「着ぐるみでもないのだよ!」


ぶんぶんとステッキを振る彼は、どこからどうみても服を着た巨大ネズミだ。


「まあまあ。ジャックさん、落ちついてください。初めまして、俺は透牛隊隊長のカーネル・サンダースです」


落ちついた雰囲気を纏うイケメンに、(いい男!)と蛍の目が輝く。


「姫魅がお世話になりまして…」


カーネルが深々と頭を下げると、蛍の中で何かが割れる音がした。


「え?もしかして、姫魅のパパ?子持ち?嘘?!」


「くっ」とイチが笑いを堪える。


「ネルさんは姫魅くんの後見人ですよ。僕は水虎隊のイルカと申します。よろしくお願いします」


先程の美しい青年が、栗色の髪を揺らして、にっこりと笑った。


(うわあ、きれい。目があうだけで、ドキドキする)


イルカは隣でパソコン画面を凝視する青年に、目を向けた。


「チェンさんの番ですよ」

「白兎隊のチェン」

「チェン、おまえなあ…もっと言うことがあるだろう?」

「言うこと?」


「はて?」とチェンが考え込む。カーネルが「はあああ〜」と大きくため息を吐いた。


「白兎隊は医療を担当しているんだよ。体調が優れないときはチェンを頼るといい」


チェンのパソコンをやれやれと閉じて、カーネルは言った。


「改めまして、紫巳隊の楊貴妃よん。お悩みはお姉さんがいつでも聴いてあ・げ・る」

「楊さん、誤りが含まれます。一般的にお姉さんと呼ばれる女性は、楊さんの年齢では…ッ!?」


黒髪をひとつ結びにした女性が、淡々と訂正する。

楊は笑顔のまま、ばしっと彼女の口を塞いだ。


「…黒馬隊のナギです。必要な物品等ございましたら、私が手配致します。お気軽にお申しつけください」

表情を少しも変えないナギの口元には、赤い手形が痛々しく残っている。


「ナギちゃん、それじゃあ気軽に話しかけられないよ!」

「何故です?」


まだ幼い少年から指摘を受けて、ナギは不思議そうに首をかしげた。

少年は「なぜって…うーんと…えっとお」と首をかしげている。


「わかんないけど、そーなの!まったく、みんな頼りにならないんだから…僕は桃未隊のメイト!困ったときは、メイトお兄さんにお話してね!」


「メイトさん、誤りです。お兄さんとは一般的に…」とナギが喋ると、メイトは彼女の口いっぱいに飴を詰めこんだ。

メイトはすっからかんになった巾着をひっくり返して、「せっかくプニャさんにもらったのに〜」と嘆いている。


蛍は「うん、ありがとう」と言ってから、慌てて「ございます」とつけ加えた。


「まあ、わんこよりは頼りになるな!」


がはは!と豪快に笑ったのは、金髪をオールバックにした渋い男だ。


「俺は金申隊のメロウだ、よろしく頼む」

「浦島くんだって、頼りになりますよ?」と答えたのは、メロウの隣に座る大柄の男だ。

ピチピチの皮ジャンがはち切れんばかりの胸筋、腕は丸太のように太くがっしりとしている。

星形のサングラスで目はよく見えないが、口元はへの字に曲がっていた。


「赤酉隊のプニャだよ」


(ぷにゃぷにゃというより、ガチガチ…)


「飴ちゃん、どうぞ」

彼の小指は、蛍の親指よりふたまわり大きい。

蛍に飴を握らせるプニャは、まるでお小遣いを握らせるおばあちゃんのような、どこか田舎の懐かしさを感じさせた。


「プニャさんのおっしゃる通りっすよ!じじいはわかってないっす!」


前髪を真ん中でわけた青年が、八重歯をちらつかせてメロウに吠える。


「銀戌隊の浦島桃太郎っす!よろしく!」


蛍の手をとり、ぶんぶんと振って、にかっと無邪気な笑顔をみせる彼は、人懐っこい仔犬を想像させる。


「トリは任せたっすよ」


浦島に背中を叩かれた男が、「ああ?」と睨みをきかせる。


「おれぁ、茶亥隊のチャコだ」

「よ、よろしくお願いします!」


恐る恐る話す蛍に、イチが肩を震わせて笑いをこらえている。

マスクで表情はわからないが、チャコは困ったようにポリポリと頭をかいた。


「イチさん。笑ってねえで助けてくんねえか?」

「笑ってない、笑ってない(笑)」

「蛍。顔こそ恐いが、チャコは優しい男だ」とサンが微笑む。

「べ、別に優しかあ、ねえべ」とチャコがぶっきらぼうに照れて、蛍はクスッと笑った。

「さて、本題に入るとしよう。蛍ちゃんは魔法を学びたいそうだね?楊から聞いているよ」


ジョニーが針金のように細い足を軸に、くるくると回る。


「そこで、君のジョニー魔法学校への入学を許可しようと思うのだが」

「ありがたいお話ですが、入学金や授業料の持ちあわせがなくて…」

「OK!この国は教育費がないんだよ。学びたければ誰でもカモン!」

「いいんですか?!」

「ああ。ただし、条件がある」とサンが言うと、ジョニーがパチンと指を鳴らした。


「実技は各隊に訓練生として、入隊してもらうよ。どの隊に配属になるかは、生徒の希望を考慮して決めるのだけど…蛍ちゃんには、透牛隊に入隊してもらう。いいかい?」

「わかりました」

「イエス!次に、わが校のオシャンティー寮に入ってもらうよ?きっと気に入ってくれると思うが、いいかい?」

「はい!」


今の蛍にとって、大変ありがたい話である。


「最後に!蛍ちゃんには、今から入学試験を受けてもらう!」

「今から?!」

「隊長達に集まってもらったのは、そのためでもあってね。なに、難しい試験ではないよ」

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