第十一歯 アカデミー女優賞ノミネート
「お会いできて、本当にうれしいわ!
実は私、皆さんのファンだったんです!」
手を口にあてて喜ぶ蛍を見て、姫魅と慰鶴は思わず顔を見合わせた。
二人が驚いたのも無理はない。蛍の声色はワントーン高くなり、目はキラキラ輝いている。
まるでどこかの”お嬢さん”のようで、さきほどまで隣にいたあのじゃじゃ馬とは思えない。
なんという変わり身の速さだ。
ごくりと息をのんだ姫魅の横で、癒鶴はすっとぼけた声で
「え、蛍、この町に来たの初めてじゃ…」と言いかけた。
が、蛍からすっと向けられた氷のような一瞥で、口が動かなくなった。
(姫魅、これは魔法…?)(それは違うよ、癒鶴。)と、暗黙の会話。
「楊さんって、噂よりますますお若くて綺麗ですね!こんな大人の女性、あこがれちゃうなぁ」
恥じらいながら楊を見上げる態度はいじらしい。
「あらあん…それは、ありがと。嬉しいじゃない、こんなかわいい子に。」
ねえ、イチ♡と、楊はイチの胸に手をあてもたれかかった。
「イチさんも、助けてくださってありがとうございます。すごくカッコよかったぁ…
私、すごく怖かったんだもの。助けてもらって、キュンとしちゃった」
「え?あ、いやぁ…」
イチは照れを隠すように、目を泳がせる。
「んん、それで♡」
楊の足元に白い蛇が、スルスルと近寄り蛍の足首に体を這わせた。
ひんやりとした感触、蛍の体が一瞬こわばる。
「蛍ちゃんは…姫魅くんの、新しいガールフレンドかしら?」
にっこりとほほ笑む楊の声に、姫魅は「えぇ!?」とすっとんきょうな声をあげて、イチはたまらず吹き出した。
「楊さん、この根暗がそんな…ブフッ」
「ちょ、違うよ楊さ…」
「そうなんです!」
「えぇ!!?蛍!?」
蛍は即座に姫魅の腕をとると、体を寄せて耳元で囁いた。
「私…姫魅さんのことが好きなの」
「…!!!」
「あらぁ♡」
「ブハッ…!」
楊は唇に細い人さし指を当ててニヤリとほほ笑んだ。
硬直した姫魅を見て、イチは腹を抱えて笑っている。
「そうだったのか、蛍!」と、癒鶴は目を丸くしてうなずきながら
「応援するよ!」と大きくガッツポーズをしてみせた。
「でもね…」
蛍は急に瞳をうるませ、悲しそうにつぶやいた。
「姫魅さん、女の子のこと興味がないみたいなんです。
だから私、少しでも姫魅さんに近づきたくて、魔法を使えるようになりたいの!」
蛍はばっと姫魅から離れて楊にかけより、すがるように見上げた。
「お願い楊さん、私に魔法を教えてください!
男の人を落とすテクニックも、楊さんから学びたいんです!
楊さん以上に、美しく魔法を使える女性は、他にいないもの」
「んまぁ…♡♡」
楊は艶の良い髪をかきあげて、
「どうするぅ?イチ…」と振り返った。
イチはコホン、と咳をして、表情を無理やり真面目にしてみせると
「まぁ、校長マターでしょうね。」と答えた。
「いずれにしても今日のことは、監督不行き届きということでネルにも知らせないといけないし。
姫魅にようやくできたお友達…ブハッ…とあれば、お嬢さんのお望みの平和学校入学のことも考え…ククク」
「じいちゃん!じいちゃんならきっと許してくれるよ!
わぁ、うれしいな。実は俺も来年から通うことになっていたんだ」
癒鶴は、蛍と姫魅の腕を肩を抱き寄せると、心から嬉しそうな声をあげた。
「よろしくな!なんだか不思議だ、こうなることが、運命だったみたいだ!」
「うん、嬉しいわ!私頑張る」
「…(白目)」
きゃっきゃとはしゃぐ子供たちを見ながら
「そうね。これも運命…ね。」と
楊の真っ赤な紅をぬった唇からは、儚い吐息が漏れた。
多分、楊さんはちゃんと分かってる。
それでいて、乗せられたようにみせている。
それが大人の女だ。