第十歯 ホタルスイッチ
「ひい、ふう、みい…うん、30秒」
ふいに声がして、3人は屋根を見上げた。
声の主から一直線に霜が伸びて、巨大化した雑草がパリパリと凍りつく。
「せーのっ」
屋根から飛び降りた青年がトンッと着地すると、同時に巨大な雑草は粉々に砕けた。
彼は青い髪を揺らして、飄々とした笑顔を頭上に向けた。
「終わ―」
青年に向かって、大蛇が濁流のように壁を這い降りてくる。
その大きく開いた口が、覆い被さるように青年を丸呑みすると、ぼふんっと鈍い音がして、あたりは紫煙に包まれた。
煙が消えると、そこには妖艶な女性が立っていた。
緩やかなウェーブの黒髪が、彼女の白い肌を際立たせる。
彼女が手櫛で髪を整える隣で、青年がゴホゴホと咳き込んでいる。
「なにするんですか、楊さん」
「イチ君、かわいいから…うふふ、食べちゃった」
「そんなアクが強いの…お口直しは残ってないですよ?」
「あらん?」
楊はイチの頬に手を添えると、ぐいっと引き寄せた。
イチの高い背が屈んで、ふたりの鼻先が触れる。
「おかわりが欲しいくらいよん?」
楊の舌がチラッと覗いて、、鮮やかな唇をなぞる。
「あはは…お腹壊しても知りませんよ?」
楊の肩をそっと押し戻して、イチが苦笑する。
楊は辺りをぐるっと見回して、「はあん」とため息をこぼした。
「跡形もないわねえ。草刈り、あたしもしたかったわん」
「知りませんよ」
「遊び足りないわぁん。イチ君、お相手してくれるかしらん?」
じりじりと壁に追いやられて、イチは困ったように笑うと「ふう」とひと息吐いた。
「俺なんかに、楊さんのお相手は務まりませんよ。それに…」
イチが青い目を伏せる。
そっと向けられた瞳から温度が消えて、寒気を感じた3人がはっと我に返る。
姫魅の顔から血の気がひいて、慰鶴の落ちつきがなくなる。
「すぐに忙しくなります」
「あらん。忙しくなるのは、お肌が荒れるからちょっと…」
「知りませんよ」
楊の憂い顔に、「きれいな女…」と蛍は息を呑んだ。
「えーっと…楊おばさん、イチさん?どうしてふたりが…この街は管轄外じゃなかった?」
「んー…今は、楊さんと俺の管轄」
「緑辰隊が隊長不在なのよん…次が決まるまでは、あたしとイチ君の」
「ただの担当地区です」
きっぱりと言い切るイチに、楊は「んもう、いじわるねん」と楽しげに笑っている。
「へ、へえ…大変だねえ」
「それなりに。そんなことより、慰鶴」
慰鶴がぎくりとする。
「欠席が続くと思えば…おまえ、なにしてんの?」
「えっ!?えっと、あれぇ?ピ、ピクニック?」
イチが頭を抱える。
惚ける慰鶴に、今までの余裕はない。
動揺する慰鶴に、蛍は「慰鶴の知りあい?」と耳打ちした。
「え?う、うん…楊おばさんとイチさん」
慰鶴のざっくりした説明に、姫魅がひきつった表情で付け加える。
「平和維持軍紫巳隊の楊隊長だよ。イチさんは維持軍の…」
「維持軍の…隊長!?」
蛍の目に、ぎらりと光が宿る。
なにかのスイッチがオンに切り替わる音が、姫魅には聞こえた気がした。
「楊さん、イチさん、ごきげんよう。私、慰鶴さんにお世話になっております、蛍と申します」
「あらん、ごきげんよう。きれいなお嬢さんねえ」
初めの自由に書くスタイルに戻したく、思いつくままに書いたので…。
文章とか、話の終わりとか、何かと中途半端ではありますが、勢いで書くのがとある流ということでもにょもにょ。