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とある星物語 Returns   作者: さゆのすけ
10/35

第九歯 やばいよ、やばいよ

蛍が振り返った先で、黒い銃口が煙を吐いている。


パァン!パァン!


続けて放たれた銃弾が、蛍の髪を掠める。

慰鶴は庇うように蛍を抱き寄せると、建物の陰に身を隠した。


「急に襲ってくるだなんて品性を疑うわ!」と憤慨して、蛍は歩み寄るふたつの影を覗きみた。


「あのキャビアを盛ったような頭…昨夜の男に間違いない。隣のフグ顔も…銃を持っているのはキャビアだけのようね」

「いってぇ…鈍ったなあ」

「慰鶴?」


大きな身体が蛍に重くのし掛かる。

彼を抱きとめた右手に知った感触がして、過去の記憶が重なる。


『逃げろ、蛍!!』


脳裏で涼風の叫ぶ声がした。


「嫌…」


赤く染まった右手の震えが止まらない。

銃弾は慰鶴の左肩を貫いていた。


「そんな…ダメ…お願い」

「…蛍」

「やめて…お願い…愛華兄様」

「ホタルっ!!!」


はっと我に返る。

鼻先で慰鶴がにっこりと笑っていた。


「お気を確かに。国を救う、王女様?」

「…ごめんなさい」


場違いな微笑みに、少しずつ落ちつきが戻る。

蛍は止まらない震えに、「頼りない王女様ね」と失笑した。


「蛍は隠れていて」


慰鶴はポケットからバターナイフを取り出すと、さっと蛍に背を向けた。


「あなた、怪我は…」

「ん?うん、心配ないよ」


慰鶴が肩をぐるっと回してみせる。

なんでもない顔をしているが、無理しているに違いない。


「わ、私も闘う!」

「危ないよ」

「バターナイフ片手に言われたくないわ」


慰鶴は苦笑して、頬をポリポリと掻いた。


「君を説得するのは、歯が折れそうだね」

「骨が、ね」

「俺から離れないで」

「ええ」


蛍の返事と悲鳴が重なる。

慰鶴の投げたバターナイフがフグの頬を掠め、壁に深く突き刺さっていた。


「ははっ…」


フグがへなへなと膝から崩れる。


慰鶴はすぐさま飛び出すと、引き金が引かれるより早くキャビアの手首を折り固めた。

慰鶴が礼をするように真下に身体を倒すとキャビアの手首が捻れ、握られた銃は悲鳴といっしょにカツンッと落ちた。


「蛍、だいじょーぶ?!」


慰鶴はゆっくりと銃を拾いあげると、蛍をくるっと振り向いた。


―彼から離れないどころか、目で追うのがやっとだった。


蛍は呆気にとられたまま、やっとのことで小さく頷いた。

「よかった!」と微笑み返して、慰鶴はポケットをごそごそと探っている。


「えーと…首飾り、知らない?」


慰鶴は顔をあげると、取り出した紙ナプキンをふたりに広げてみせた。

銃口を向けられると勘違いしたフグが「ひいっ!」と悲鳴をあげる。


「ちょ、ちょっと!」


白紙に描かれた芸術とも落書きとも取れる線画に、蛍がひとりおたおたする。

慰鶴は悪意のない笑顔を「ん?」と傾けた。


「早く捨てなさいよ!」「大切な手がかりだよ?」と言い争うふたりにキャビアがハッと表情を変える。


「てめぇ、きのうの生意気なガキッ…!!」


「ごきげんよう。その節ははどうも。あなた、私の大切な首飾りをご存知ないかしら?」

「チッ!知らねえよ」

「舌打ちは知ってる奴がするんだよ、おじさん」

「おいっ!」


そっぽを向いたキャビアの目の前で、慰鶴が取りあげた皮袋をひっくり返す。

ジャラッと重たい音がして、慰鶴の手のひらに数々の金品が積みあがった。


「蛍」


中にひときわ存在感のある首飾りを見つけて、慰鶴は蛍に投げて寄越した。


「お帰りなさい」


蛍はそっと受け止めると、首飾りを両手に優しく包んだ。

首からさげると、懐かしい重みを感じて心強くなる。


「慰鶴、ありがとう」

「えへへ、どういたしまして」


慰鶴のタレ目がふにゃっと崩れ、なんとも頼りない表情になる。

出逢ったばかりにも関わらず、「慰鶴らしい」と思わせるのは彼の温かい人柄だろうか。


「クソッ!ゴールデントリガーの奴、話が違うじゃねぇか」


腰の抜けたフグの肩を担いで、キャビアがぼやく。


「ゴールデントリガーを知ってるのか?!」


慰鶴はキャビアの胸ぐらをガッと掴むと、顔をぐっと寄せた。

キャビアの肩から滑り落ちたフグが、ドサッとへたりこんだ。


「答えろ。ゴールデントリガーを知ってるのか?!」

「ひっ?!」


フグの口に銃口を押し込んで、慰鶴がキャビアを問い詰める。


「ちょっと、慰鶴!?」

「ごめん、蛍。黙って」


慰鶴の迫力に気圧されて、蛍が押し黙る。

慰鶴を恐怖すら感じるまでに変えてしまう、ゴールデントリガーとはどんな人物なのだろう。

彼の鋭い眼光に、蛍は息を呑んだ。

キャビアが乾いた口をぱくぱくとさせて、声を絞り出す。


「…ゴールデントリガーって奴が、あんたを殺せば金を払うって」

「どんな奴だった?」

「知らねえ。依頼は情報屋の紹介だ…情報屋も依頼人には会ったことがねぇらしい」

「そんな依頼、よく受けたなあ…」


慰鶴は呆れた顔でため息を吐くと、「もういいよ」と銃を降ろした。


フグの肩を担ぎ直して、キャビアが足早に立ち去る。

「あいつのどこが平和ボケだよ」とフグの泣きべそをかく声が聞こえた。


「…あながち間違いでもないよ」


ふたりの背中が消えるのを見届けて、慰鶴は「ふう」と壁にもたれ掛かった。

立ち眩みに目を細め、ずりずりと壁を背でなぞるように座り込む。


「慰鶴、あなた怪我が…」

「あはは。蛍の顔、また干し柿になってるよ」


左鎖骨の窪みを右手で圧迫しながら、慰鶴は相変わらず笑っている。

左腕に赤く滴る血に、蛍の表情が強張る。

色を失った額に大粒の汗が浮かんで、彼が耐える痛みの激しさが知れた。


―慰鶴を助けたい。


だけど…


彼の大きな腕を小さな肩にまわして、蛍は力いっぱい踏み込んだ。


「お、重い」


高身長で筋肉質な彼の身体は持ちあがるどころか、ぴくりとも動かない。



助けを呼ぼうにも、命を狙われたばかりの彼をひとりにはしておけない。


止血をしようにもボロ雑巾のようなマントの他、蛍は布を持ちあわせていなかった。


「ハイカロリーまで戻…るには遠すぎる。魔法…は使えないし…」


―あの夜から、私はなにも変わっていない。


「誰か…」


宛がないまま放った声は、静寂に吸い込まれるように消えてしまった。

蛍は首飾りをぎゅっと握りしめ、母国の神に祈った。


☆ ☆ ☆


姫魅は生活費を稼ぐ名目で、学業の傍らアルバイトを続けている。

その真の目的は―


(筋肉、つかないなあ)


姫魅はほっそりした腕に力を込めて項垂れた。

色の白さが華奢な印象に拍車をかける。


ネルには「筋肉のつきにくい体質で、体力がない」ことを理由に事務のアルバイトを勧められたが、諦めきれずに選んだ牛乳配達はなんとか2年続いている。


仕事は講義の前夜に済ませることにしているのだが、昨夜はトラブルに巻き込まれ、後半の仕事を今朝に持ち越すこととなった。


加えて、不本意ながら魔専クラスへの転学を余儀なくされ、手続きが終わるまではやることのない休日が続く。

姫魅は今、憂鬱の極みにあった。


「っはぁあぁ〜〜〜」


甘美なため息に、通りの女性が一斉に振り返る。


胸のときめきにざわめく彼女らには目もくれず、姫魅はぼんやりとネルの言葉を思い返していた。


『お前に関わる大切な誰かのためにも』


―大切な誰か。


姫魅の脳裏で、水面のようにきらきらと水色の髪がなびく。

細い指がしなやかに髪を耳にかけて、碧の瞳がそっと振り返る。

桜色の唇がゆっくりと形を変えて―


『もやし』


「ありえない!ありえない!」


姫魅は恥ずかしいさと怒りに顔を赤くして、パタパタと手首を左右に振った。


「なんだよ、もやしって」


姫魅はペダルに足をかけ、力いっぱい踏み込んだ。

自転車がすっと動きだし、カゴに積まれた大根の葉が指揮を執るように揺れ始める。


リズムを刻む雑踏が、徐々に遠くなっていく。

ビオラを奏でるように風が鳴り、小鳥の囀ずりがピアノの調べのような華やかさを添える。

太陽がわけ隔てなく照らすと皆が主役に変わり、着飾った花や鳥は自由に踊って景色を彩る。


姫魅は人気のない道に出ると歌を口ずさんだ。


「あ、もやし」

「だから、もやしってなん―」


キーッと甲高い音が響いて、自転車の後輪が浮く。

ブレーキを握る手を弛め、姫魅は路地裏の暗がりに目を細めた。


さらさらと水色の髪が風に流れる。


「…深淵のじゃじゃ馬?」

「なによ、それ」


不満げなところをみると、自覚はあるらしい。


「私のこと、やっぱり覚えているじゃない」

「…?覚えてるよ」


忘れるはずがない。

出逢った矢先に不名誉な呼び名を与えられてから、1日も経っていないのだ。


姫魅が小首を傾げると、彼女は怪訝な顔をしている。

「どうかした?」

「悪いけど、話は後にしましょう」

「話を振ったのは君だろ」

「君じゃないわ、蛍よ。あなた、手を貸してくれないかしら?」


蛍の傍らで、少年が壁にもたれ掛かるようにして座っている。

ただならぬ空気を感じて、姫魅は自転車をその場に停めると蛍に駆け寄った。


姫魅は唖然とした。

少年の左肩は銃弾に撃ち抜かれ、腕が真っ赤に染まっている。


「大丈夫?…じゃない、よね」


茫然と立ち尽くす姫魅に少年はハッと息を呑むと、痛みに顔を歪めながらゆっくりと上体を起こした。

蛍の制止を右手で拒み、彼は手招いた姫魅の耳元で「俺は…」と口を開いた。


「俺は慰鶴。はじめまして、だね。よろしく」

「えっと…はじめまして、姫魅です。よろしくお願いします」


スパーンッ!


蛍の平手が慰鶴の後頭部を打つ。


「あんぽんたん!挨拶なんて後にしなさいよ!もやし、あんたも普通に返さない!」

「蛍、挨拶は…たい、せつ…」

「ああ…平手の衝撃で慰鶴くんの意識が…」

「知るかっ!」


慰鶴がガクッと意識を失い、彼の周辺を姫魅がおろおろとさ迷う。

ガッ!と姫魅が躓き、慰鶴から「んがっ?!」とおもちゃのように声が漏れた。

ふたりは意識の回復を期待したが―


「…動かない」

「止めをさしたわね」

「……」


蛍の視線から逃げるように、姫魅が目を反らす。

先に沈黙を破ったのは蛍のほうだった。


「姫魅、だっけ?慰鶴を病院に運びたいの。手を貸して」


慰鶴の右肩を懸命に押し上げる蛍に、姫魅が気まずそうな顔をする。


「…ないよ」

「え?」

「この辺りには、病院がないんだ」


蛍の肩からボテッと慰鶴が落ちた。


「この地域はちょっとした怪我や病気なら、魔法で治してしまうような魔法使いが多いから…病院が少ないんだ。近いところだと、ジョニー魔法学校の付属病院だけど…」


姫魅の視線を追うと、黄金に輝く入れ歯のオブジェが遠くに見えた。

辿り着くまでに並ぶ屋根の数とオブジェのセンスに、蛍が口をあんぐりさせる。

「…何にせよ、まずは止血をしなくちゃ」


姫魅が自転車に積まれた大根を手に取り、そっとキスをする。

ひと振りすると、大根は桂剥きをするように薄くバラけて、ふわふわと姫魅の手のひらに収まった。


「これを使って」

「大根?!」

「さっきまでは、ね。今はガーゼだよ」


消毒液の匂いがふわりと鼻をついて、蛍の手のひらに柔らかいものが触れる。

渡されたのは真新しいガーゼだった。


「不思議だわ」

「魔法は初めて?」

「お兄様が―」

慰鶴の左肩にガーゼを押しあて、蛍は言い淀んだ。


「魔法のことは書物で読んだわ。人を幸せにするって…」

「魔法が生むのは幸せばかりじゃないよ」


姫魅の表情が翳る。


「ええ、慰鶴に笑われたわ。私は魔法をなにも知らないようね…彼にはもっと教えて欲しいことがたくさんあるのに」

「……」

「あなた、回復魔法は使える?」

「使えるけど、こんなに大きな怪我は初めてだから…治せるかどうか」


回復魔法には繊細な技術が必要になるため、魔法使いの技量が直に表れる。

回復できる傷の度合いには適正も関わるが、魔力が強ければ強いほどより大きな怪我を治すことができる。


銃創となれば、かなり腕のたつ魔法使いでなければ難しいだろう。


(それに…)


―学校敷地外での魔法使用禁止。


カーネルとの約束が過る。

姫魅の身を案じての決まりであることは、彼自身もわかっていた。


「僕、誰か呼んでくる。蛍さんは彼の止血を続けて」


蛍が強く頷くのを確認して、姫魅は自転車に急いだ。


魔法使いが多いとはいえ、出くわした人が回復魔法を使えるとは限らない。

カーネルの同僚であり、友人であるチェンなら治せるだろうが、彼らは出張で明日まで不在だ。


(うまく巡回中の維持軍に会えばいいけど)


表情を険しくする姫魅の背後で、蛍がぽつり呟いた。


「今度は私が助けなければいけないのに…助けたいのに…私はいつもなにもできないわね」

「違う」


自嘲する蛍に、姫魅は黙っていられなかった。


「君はできることを全力でしてるし、君がいるから僕は今、ここで必死になってる。君はなにもできないわけじゃない」


姫魅はふいに黙りこむと、「…僕にはまだできることがある」とひとり呟いた。


「回復魔法、試してみる」


姫魅はしゃがむとぶつぶつと呪文を唱え始めた。


「ありがとう。無理はしないで」

「うん、大丈夫」


―やることはいつもと変わらない。


姫魅は唇に触れた指先を慰鶴の左肩にそっと添えた。

傷が光に包まれ、鈴のような優しい響きがした。


「治った…?」


光が消えると傷は跡形もなく消えて、慰鶴の表情が少し和らいだ。


恐れすら感じる魔法に、蛍は驚嘆した。

姫魅は相変わらず涼しい顔をしている。


「えーっと…治った、けど…」

「なによ?」


メリメリと音がして、地面が割れる。

道端の雑草がみるみる巨大化して、大木のような根を地中から引き抜く。


「ちょっと、なに?!」

「魔力を込めすぎて…周りの雑草にまで生命力が…」

「戻しなさいよ!」

「ムリムリムリ!」

「…ん?あれ?おはようございまぁす」


タイミング悪く、慰鶴が目を覚ます。

言いたいことは山ほどあるが、今は怒りも喜びも後回しだ。


「慰鶴。寝起き早々に悪いけど、草取りを手伝ってもらうわよ」

「草取り?」


「1匹、2匹、3匹…3匹?3本?3人?」とひとり混乱する姫魅を「なんでもいいわよ!」と一蹴する。

数える間にも雑草のバケモノは次々と現れた。


「わあ、いっぱいだあ!蛍のお友達?」

「んなわけないでしょ!」

さて、中途半端なところで交代です…力尽きました。

あとは任せた…ぐふっ。


街に向かう雑草モンスターを維持軍の誰かが駆除して、蛍達が去った路地にひとり、朝顔ちゃんが残される…という流れを想定していたんですけど、無理でした苦笑



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