城郭都市シャルドラ
城郭とは何か。
それは、外敵から都を守るために、
全体を巨大な壁で覆うという極めてシンプルな発想。
シンプル故に強固。
では、城郭都市シャルドラにとって外敵とは何か。
それは、大森林ジャラから押し寄せるモンスターに他ならない。
シャルドラの役割は、
ジャラからやってくるモンスター達を王都に近づける前に処理すること。
そのため、シャルドラには王国各地から屈強な冒険者が集結し、
日夜クエストをこなしている。
倒したモンスターの素材は王国の中でも貴重なものが多いため、
一攫千金を夢見る若者もここに集まる。
人が集まる故に商売が活発になり、
この都市は王都に次ぐ経済の要でもあるのだ。
そんな城郭都市シャルドラの正門に、一つの馬車が並んでいた。
◇◆◇
「次の馬車!!」
門番の1人が大きな声で叫んだ。
シャルドラの門番は銀色の鎧に身を包んだ大柄の男達だ。
長時間鎧を着て立ちながら検問しているのかと思うと同情を禁じえない。
男の1人が御者をしているバーニーに近づいて話しかけた。
30歳くらいだろうか。金髪の短髪であり、堀の深い顔をしている。
強そうだ。
「ん?バーバラ商会のバーニーか。
お疲れさん。他の馬車はどうした?」
どうやらバーニーは門番と顔見知りのようだ。
さて、俺の扱いはどうなるのだろうか。ドキドキしてきた。
「はい、実は……」
バーニーは冒険者に騙されて塩を奪われた経緯をすべて話していった。
「それは……一大事だな。ギルドの信用問題にもなってくる話だ」
「そうですよね。なんとかギルドにお金を保証して貰えると良いのですが」
バーニーがしおらしくそんなことを言っている。
当然の主張だが、この世界では保険という概念があるのか疑問である。
「俺たちも、ギルドの職員じゃないから詳しいことは分からん。冒険者ギルドってのは、基本的に冒険者への制裁はしっかりやるもんだけど、塩の弁証までやるかっていったら、無理だろうなぁ」
「とりあえず、一刻も早くギルドに報告したいです」
「おう、じゃあ馬車を拝見させてもらうぜ」
そう兵士が言ったので、俺とロゼ、そしてすっかり回復したマリーが荷馬車から降りた。
俺は内心ものすごい緊張している。
というのも、いくら道具を取り出せるといっても決して無敵というわけではないからだ。
たとえばこの門番の男達に取り押えられたとすると、道具を手に持つこともままならない。
アイテムボックスから取り出した物は人に危害を加えないように出現する仕組みなので、お湯をぶっかけるようなことも不可能だ。
あらかじめ〈光線銃スピカ〉は用意してあるものの、使用するのにモタモタして終わる未来しか見えない。
緊張してるし。
基本戦闘には向いていないのである。
ゆえにここはなんとしても穏便に切り抜けたいところだ。
「おっ妹たちは無事か。ん?誰だこいつは」
俺と門番の目があった。
今俺は、この世界では良くあるらしい黒いローブを身に付けている。
コスプレグッズがボックスにはいっていたのが幸いだった。
俺は自分で語らずに、バーバラに説明を促した。
「あっその方は、道中で道に迷っているところを私が保護しました。ヤマトという魔術師の方です」
ん〜苦しい!
苦しい説明だ!
打ち合わせ通りとはいえ、怪しさしか感じない。
これですんなり通れたら門番に無能のレッテルを張ることになる。
「魔術師が1人で迷子?どういう事情があるんだ?」
兵士がおれの方に尋ねてきた。
うん、ちゃんと疑ってるね。当然だよね。
宇宙船のスピード違反の取り締まりとかも、取り締まれば取り締まるほどポリスの得点になるらしいから、門番にもそういう面があるのかもな。
国家の犬めが。
「はい。私はここから遥か遠くの、地球という場所におりました。しかし、あるものの卑劣な罠にはまり、強制的に転移させられ、気がついたら森の中でした。そして何とか道に出たとき、偶然こちらの馬車に助けていただきました」
嘘は言ってない。
バーバラの話によるとシャルドラの門では一切の虚言が通用しないらしい。
「ふむ。詳しい話が聞きたいから、詰所に来てくれないかな?」
うおお、これは、ピンチではないか。
バーバラの方を見てみると、大丈夫ですよ、と言っている。俺はいそいそと詰め所に入った。
「おーい、ナジム、ちょっと来てくれ!」
ちいさいプレハブみたいな詰め所の中は閑散としていて、椅子と机以外には特に何もなかった。
兵士がナジムという人物を呼ぶと、奥の扉からエスニックな服を着たおっさんがでてきた。40歳くらいに見える。
身長は170くらいありそうだな。
長い銀髪を背後で束ねていて、顔には皺が少しあり、鋭い眼光が俺を見据えている。
「そいつを某が尋問すれば良いのか」
「そうだ。迷子の魔術師らしい」
銀髪は椅子に座ると俺を対面に座るように即した。
「某はナジム。魔術師である。固有魔術により某に嘘は通用せん。心して答えよ」
「は、はい」
そんな固有魔術があるのかよ。
じゃあ犯罪とか簡単に暴けるじゃないかこの世界。
怖いな。
「名前は?」
「伊賀ヤマトです」
「職業は?」
「学生です」
「魔術学校の生徒か?」
「いえ、魔術を使わずに人の役に立つ道具を作る学校の生徒です」
嘘は言ってない、はず。
「どこから来た?」
「地球というところです」
「地理的にはどこにある?」
「分からないです。ローゼリア王国という名前も聞いたことがありません」
「本当みたいだな。驚いた。ローゼリアを知らんか」
「はい」
「なぜ、ここに来ることになった」
「ポールという卑怯な男に騙されて強制的に転移させられました」
「転移の魔術とは、珍しい。なぜその男はお前を転移させた」
「まったくわからないんです……!」
俺は改めて自分の状況を認識して泣きそうになっていた。演技ではない。
「き、気の毒に。では、重大な質問に入る。汝はこの国に仇なすものか?」
「違います!」
「……よろしい。行きなさい」
「あ、ありがとうございました」
何とか切り抜けたぞ。
個人情報もそこまで聞かれなかったし、すんなりいけた。
「お疲れさん。じゃあ、町に入ったら冒険者ギルドか商業ギルドで身分証を発行してくれ」
「はい、分かりました」
「あと、兄ちゃん、金持ってないだろ?本当は入国料がいるんだけど、今回はおまけしといてやるよ。事情が事情だしな」
「ありがとうございます、助かります!」
話の分かる門番だなー。国家の犬とか思って悪かったよ。
こうして俺は無事に門を通過し、シャルドラ入りした。
◆◇◆
「ようこそ、城郭都市シャルドラへ!」
ロゼの歓迎の声とともに、視界にはいってきたのは活気のあるゴチャゴチャした街並みだった。
見渡すかぎりとは言わないまでも人で溢れかえっている。
赤いレンガ造りの建物などが左右にならんでおり、店先には商品らしき物が陳列されてたりもする。
ザワザワとした喧騒の中には物を叩き売る声が聞こえてくる。
商店街だろうか。
「ここはシャルドラの南区の商業区画なんだよ!私たちのお店もこの区画にあるの!」
これはすごいな。
俺は人ごみがニガテだから、はやくここから立ち去りたいが、ロゼが嬉しそうに街を紹介してくるので、感心してる風に頷く。
「とりあえず、私たちの店に行きましょうか。それからギルドに行って、事情を説明しましょう。その時にヤマト様の身分証も発行しましょう」
バーニーの意見に特に反論もないので、俺たちはバーバラ商会を目指した。