魅惑の取引
「女性がそう簡単に身売りしちゃ、ご両親が悲しみますよ。それに俺が今一番欲しいものはあなたの身体ではありません」
「……では私はどうすればよろしいのでしょうか」
「情報が欲しいです。俺の質問にすべて、できるかぎり答えて下さい」
そう、なによりもまず情報がほしい。
今までの女との会話でも気になる単語がいくつかあった。
とにかく、質問がしたい。
「それだけでよろしいのですか?」
「構いません」
バーニーは困惑しているようだな。
まぁたしかに傷の治癒は昔そこそこ値がはっていたから、対価が情報では釣り合いがとれていないと思っているのだろうか。
「ではさっそく質問です。まず、ここはどこですか?」
「はい? あっ えっと、城郭都市シャルドラに続く道の真ん中あたりです」
「なんで知らないの!?」
ロゼには俺の事情を話してないからビックリしている。
「シャルドラとは、あの遠くに見える壁のことですか?」
「そうです」
先ほどから遠くの方に壁のようなものが見えていたが、あれは都市だったのか。
シャルドラ、聞いたこともないな。
「じゃあこの国の名前はなんですか」
「ローゼリア王国です」
知らない。
「星の名前は?」
「星……ですか? どういう意味ですか?」
「いや、分からないならいいです」
まいったな。星に住んでいる自覚のない文明か、ここは。
「いまの時代は何年ですか?」
「ローゼリア歴1582年です。今はイフリの月の第2周目のナハトの日です」
まったく聞き取れなかった。
「じゃあ、魔術とはなんですか」
「あなた魔術師でしょ!?」
さっきからロゼがつっこんでくる。騒がしくて仕方がない。
「魔術とは何かと言われましても……」
うーん、当たり前の事象すぎて逆に説明できないってことだろうか。
「魔術でどんなことができます?」
「基本的には、水や火、風、それに土を操ったり召喚したりします」
「へぇ、それはあなたも使えますか?」
「はい、私達は火の魔術が少し使えます」
そういってバーニーは指先をたてた。
「灯よ、灯れ」
ボゥっと言う音がして、指先がロウソクのように火を灯した。
「……すごいですね」
ファンタジー小説みたいだ。
機械を仕込んでいるようにも見えない。
やはりこの場所は元いた世界と明らかに理がずれている。
……まさか本当に異世界なのだろうか。
「イガヤマト様の固有魔術に比べたらたいしたことはありません」
イガヤマトってフルネーム何だけど、わざと呼んでいるのか気づいてないのか分からないな。それにしても魔法か……。
「ヤマトでいいですよ。それで、固有魔術とはなんですか?」
「私が先ほど述べた魔術以外の特殊な魔術のことです。先ほどの料理を出した技は固有魔術ではないのですか?」
「まあ、固有魔術みたいなものです」
もう俺の技術は全部固有魔法ですませよう。
そうしよう。
「じゃあ、そうだな、あなた方の事情を説明してください」
「はい、実は……」
なんでもこの姉妹は商品の輸送中に護衛に裏切られて、馬車2つを強奪されたらしい。
かわいそうだが、女3人に被害がなかったのは不幸中の幸いだろう。
抵抗する人間ってのは運びづらいから、見切りをつけたのだろうな。
「そうかぁ、大変だったんですね」
「あいつらはいつか火あぶりにして、痛ぶり殺します」
「そ、そうですか」
怖いお姉さんだ。
「塩はいくらで売れるんです?」
「馬車2つ分をすべて売りさばけば、金貨4000枚ほどになります」
「金貨ですか。金貨1枚にどのくらいの価値があるのですか?」
「そうですね、一人暮らしなら金貨が二枚あれば一ヶ月は余裕で生活できますよ」
なかなかイメージしにくいなぁ。
「貨幣についてもっと詳しくお願いします」
「はいわかりました。ええと、
まず、もっとも価値の低い硬貨は、石貨といいます。この石貨10枚で、銅貨になります。そして銅貨が10枚で銀貨となります。さらに銀貨10枚で金貨となり、金貨10枚で大金貨となります」
ふむふむ。
「一回の食事はいくらくらいになりますか?」
「銀貨1枚で釣りが来ますね」
うーん、じゃあ現代の感覚にあてはめると、銀貨1枚が1000円で、それを基準にすると、
石貨1枚 → 10円
銅貨1枚 → 100円
銀貨1枚 → 1,000円
金貨1枚 → 10,000円
大金貨1枚 → 100,000円
ってことか。じゃあ塩は金貨4000枚だからー
「4000万円!!?」
「はいっ!?」
「あっごめん、塩って高価なんですね」
つい大声をだしてしまった。
「はい、私達の商会、バーバラ商会というんですが、塩の産地であるマリにコネをもっていまして、シャルドラでは我々が独占的に販売できるのです」
「へー、なんで他の店と競合しないのですか?」
「塩の産出量は限られてますから、取引できる商会も限られます。わたしの祖父の友人がマリの塩の権益を握っているので、バーバラ商会は塩を入手できるのですが、他の店では仕入れられないのです」
なるほどね。
「で、その塩が全部盗まれた、と」
「はい……。冒険家ギルド推奨のパーティーだったので、間違いなど起こらないと思ったのですが……」
バーニーは悔しさで顔を歪めた。
冒険者ギルドか、また知らない単語がでてきたな。
「冒険家ギルドとは?」
「ねぇ、あなた山籠りの仙人か何かなの?」
よっぽど俺の質問が異常なのか、ものすごい的外れな質問をかましてくるロゼ。
めんどくさいからシカトする。
「冒険家ギルドとは仕事を斡旋する場所のことです。様々な依頼をうけて、冒険家がそれを受注し、ギルドを通じて報酬を受け取ります」
「なるほど」
なんで冒険者って言うのかはよく分かんないけど、仕組みはわかった。
「じゃあ、今からする質問はもっとも重要です。心して答えてください」
「はい」
「……〈帰還の魔術〉というものをご存知ですか?」
「……申し訳ございません。聞いたことがありません。魔術のことでしたら、シャルドラの魔術師ギルドに尋ねるのがよいと思います」
「そうですか……」
どうやら俺がこれからやるべきなのは魔術師ギルドとやらに訪問することらしい。
そういえば博士は時の神殿とやらにいったほうがいいみたいこと言ってたな。
「時の神殿ってシャルドラにありますか?」
「時の神殿ですか?いえ、そのような神殿はありません。シャルドラにあるのは炎の神殿です」
シャルドラにないのか…。
まあ帰還の魔法さえ見つければ時の神殿とやらには用はない。
しかし一応炎の神殿にもいってみるか。
さてと、この後は城郭都市シャルドラにいくことになるが、この土地の金をまったくもっていないというのも困るな。
うっし、じゃあ、塩でひと儲けしようか。
「バーニーさん。俺と取引きしよう」
「取引きですか?」
「そう、取引」
そういって俺は塩をひと匙、出現させる。
「なめてみて」
塩を指ですくい、バーニーの口元に近づける。
プックリとした艶やかな唇に俺の指の先がむちゅりと食べられた。
おっエロい…。
「……!!! ヤマト様、これは!!」
「お姉ちゃん、もしかして……?」
「塩です。こいつを馬車2つ分用意しますので、売り上げの半分を下さい」