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未来から異世界へ来た男  作者: 岸涯小僧(がんぎこぞう)
シャルドラと緑の巨人
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赤毛の事情

 私はバーニー、城郭都市シャルドラにて商いをしている三姉妹の長女だ。


 両親は小さな商会を営んでいてそこそこ羽ぶりもよかったのだが、わたしが15の時に死別してしまった。

 残された私たちだけでは商会の運営はままならなかったが、親の遺してくれたノウハウ書を穴が開くほど熟読し、どうにかこうにか商いを続けて生活を成り立たせてきた。


 次女のロゼは両親の死によって一時は塞ぎ込んでしまったが、働く私の姿をみて、だんだんと本来の元気な姿にもどり、いまでは私の右腕でとして働いてくれている。


 三女のマリーはとても可愛い女の子だ。

 両親がおらず寂しい思いをさせてしまっているが我儘ひとつ言わずに家事などを手伝ってくれる、我が家の天使である。


 私たち姉妹は自分で言うのも何だが、親譲りの美形であり、下衆な大人から身売りを勧められることもあった。

 そんなときにはロゼの跳び蹴りが炸裂させて、マリーが塩をまく。

 三人いっしょにいれば怖いものなどない、と思っていた。


 そんな日常が崩れ落ちたのは、港町マリに塩の買い付けに行った時だった。


 マリには両親が懇意にしていた塩の卸売店があり、年に一度そこまで遠征をして大量に塩を買い付けて城塞都市で売りさばく。

 私たちの売り上げの2/3はこの商売によるものなのだ。


 港町マリまでは馬車で5日もかかる。

 そのため、馬車を3台用意して、二台には帰りに塩を積み、もう一台には冒険者の護衛と野営道具を乗せて運ぶという体勢を敷く。

 行きは順調にすすみ、途中でゴブリンの襲撃などもあったが、難なく護衛が退治した。


 そしてマリにて無事に塩を買い付けたあとで悲劇は起こった。


 護衛が裏切ったのだ。


 いつから計画していたのかは分からない。

 マリをでてしばらくした後で襲撃を受け、塩を積んだ馬車と、マリーが攫われそうになった。


 私は塩よりもマリーを取り返そうと必死だった。

 火の魔術とサーベルで応戦し、その隙に敵の手からマリーは抜け出したのだが、敵の凶刃がマリーの脇腹を掠めてしまい、パックリさけた。


 それをかわきりに、賊のパーティーリーダーが撤収の指示を出した。

 シャルドラとは別の方向にむけて、塩と賊を乗せた二台の馬車は消えていった。

 護衛の乗っていた馬車は手元に残ったが、中にあった帰りの食料はなくなっていた。


 マリーの怪我は時間が経つにつれて悪化し、私たち三人の精神は夜が明けるにつれてすり減っていった。


 ◇◆◇


「すいません!!ちょっといいですか!!」


 一心不乱に馬を御してシャルドラに向かう最中に怪しげな男にであった。

何が怪しいかと言われればその全てと言わざる得ない。


 まずこんなところに1人で徒歩でいることがおかしい。

近くに街や村などなかったはずだ。


 そして見た目が怪しい。

 黒髪に青い眼という見たこともない組み合わせ。

 なかなかの美形なのだが、ひどく憔悴している。


 さらに名前が怪しい。

 「イガヤマト」というまったく耳に馴染まない名前。

 イガとヤマトの間に間があったが、貴族って感じにも見えない。

 というか貴族がこんなところにいるはずがない。


「イガヤマト?妙な名前だな。何者だ。まさか盗賊の斥候じゃないだろうな」


 護衛に裏切られた私は、周りの全てが敵に見える。


「えっと、俺はその、気がついたらこの森に飛ばされて……。ただの学生です!!」


 言っていることはまったく理解できないが、学生、という言葉に私は反応した。

 学生と言えば魔術学校で魔術の研究をしているものを指すことが多いからだ。


 もしこの男に治癒魔法の適正があれば…。

 シャルドラまでの延命ができるのではないか。

 ほんのわずかな希望が頭のなかをよぎった。


「学生? 魔術学校の生徒か? お前、治癒の魔術はつかえないか?」

「怪我を治す術ならあります。どこかけがをしているのですか?」


 私はもうこの男に頼る以外にマリーを助ける方法を思考できなかった。


 ◆◇◆


「うそ、治っていくわ……!」

「これはすごいな……」


 私とロゼは、みるみるうちに塞がっていくマリーの傷を見て心底驚いていた。


 シャルドラの治癒院で何度か治療を受けたことはあるが、こんなにすぐに此れ程の効果があるなんて見たことも聞いたこともない。


 あれは薬?なのだろうか。

 魔術師だと思いこんでいたが、この御仁は薬師なのか。


 とにかくマリーの傷が塞がったことを確認して、張り詰めていた緊張がふっと解けた。


 しかしこの後、さらに驚くことになった。


 何やらこの御仁の前が白く光ったと思ったら、見慣れないものが出現したのだ。

 私は眼をうたがった。

 物を空間から取り出す固有魔術など聞いたことがない。

 しかも湯まででてきた。水の魔術と火の魔術を絶妙にコントロールしている。


 極め付けは湯を与えたものがたちまち料理に変化したのだ。

 この男の底がしれない。


 魔術師どのがマリーに粥を与えている間にこの料理をいただく。


 ーーおいしい。


 しっかりと甘みが味付けされており、いままで機能を停止していた味覚をジワジワと刺激してくる。ホカホカの穀物が身体を芯からあっためてくれて、全身にこの料理が行き渡る感覚だ。


 料理は一瞬のうちに腹の中に消えた。


 ◇◆◇


「まあそれは置いといて、とりあえず治療の対価をいただきたい」


 対価。いったいどれだけの対価を支払えばマリーの治療に見合うだろうか。


 塩の商いに失敗した今支払える金はない。

 顧客に対しても、契約不履行の代金を渡らなければならないため、店の金庫も空になってしまうだろう。


 となると、もう、身体しかない。

 身体を売るのは最終手段として取っておいたが、今がその時か。

 幸い、男の顔は美形で、好みのタイプだ。

 さっきからチラチラ私の胸を見ていることから、脈は無しではないだろう。


「……魔術師殿。見ての通り我々は無一文でございます。支払いは、やはり、その、身体ということになるのでしょうか。でしたら、どうか私だけでご容赦願えないでしょうか。精一杯ご奉仕いたしますので、なにとぞ……」


 恩には誠心誠意報いる。


 そうした表向きの心の裏には、どうにか私達の現状の改善に協力していただけないかという下心もあった。


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