治癒と対価
「お姉ちゃん!? だれよそいつ!!」
血に濡れた少女を看病している赤毛のポニーテールがキャンキャンわめいている。
高校生くらいだろうか。
御者をしていた女より胸は控えめだが、姉に似て綺麗な顔立ちだ。
クラスにいたら2番目くらいには可愛いレベルだ。
「ロゼ、この人は治癒の魔術が使えるらしいんだ。マリーを診てもらおう」
御者がそう答えた。
ポニーテールの名前がロゼ、瀕死の少女がマリーというらしい。
「なんでこんなところに魔術師が1人で歩いているのよ! 怪しさしかないじゃない!」
正直俺もそう思う。
こんなにアッサリ荷馬車に乗せてよかったのだろうか。
「マリーはもうかなり危険な状態だ。一刻を争う。もうこの魔術師に頼る以外助かる方法はないだろう?」
よほど弱っていて、正常な判断ができていないのだろうか。
女の顔はどこか虚ろである。
俺は自分を魔術師と呼んだ覚えはないんだが。
「っ!? あんた、本当にマリーを治療してくれるんでしょうね?」
うーん、どうも人にモノを頼む態度じゃないね。
だけどこの少女の充血した目と、その下ににできた隈を見ると、余裕がないことは十分に理解できた。
「とりあえず、やってみます」
◆◇◆
俺はアイテムボックスから医療品をとりだした。
ガーゼと水と消毒スプレーと傷薬だ。
「まずは傷口の消毒から」
少女の脇腹を見ると血溜まりの中に深い切り傷が確認できた。
傷口はすでに膿はじめていた。
水を傷薬のまわりに掛けて、ガーゼで汚れをふきとる。
そして消毒スプレーを吹きかけた。
「っっ!!!」
少女が声にならない悲鳴をあげる。
「ちょっとあんた!! いま何をしたの!!」
ポニーテールからの抗議をシカトして、傷薬を塗り始める。
ぬりぬり。
するとみるみるうちに傷口が閉じ始めた。
「うそ、治っていくわ……!」
「これはすごいな……」
2人の赤毛が驚愕の表情を浮かべている。
ふっふっふ、すごいだろう。
この薬は人間の自己治癒能力を一時的に増大する作用があり、あらゆる裂傷を治癒できる。
「血を流しすぎていますね。それに熱もある。薬を飲ませるにはなにかを腹にいれないといけません」
こっそりスカイで診察した結果を述べる。
俺がそう言うと呆然としていた御者が反応した。
「あの、お恥ずかしい話ですが、この馬車には食料がまったく積んでないのです」
言葉遣いが丁寧になったな。よしよし。
しかし、食い物がまったくないとは、なにやらかなり訳ありとみえるな。
「そうですか。じゃあ特別におごってあげましょう」
「ほっほんとう!? ありがとう! でもあなた、荷物はどこにあるの?」
いままで酷い顔をしていたロゼの顔がぱぁっと明るくなった。
笑顔がとてもにあっている。
料理はインスタント食品にお湯をかければすぐに作れる。
しかしどう説明しようかな。
魔術で通用するだろうか。
「まぁみていて下さい」
とりあえずなにも説明せずにお粥専門店が販売しているインスタントタマゴ粥を3つ取り出した。
スプーンもだ。
(ジャネット、沸騰したお湯を頼む)
(イエス、マスター)
何もない空間からジョロジョロと熱湯が注がれていく。
「これは……魔術師殿の固有魔術ですか?」
御者の女が目を皿のようにして料理を見つめている。
固有魔術、また興味深い単語がでてきたな。
それよりこいつの名前をまだ聞いていないことに気がついた。
「失礼ですが、あなたのお名前は?」
「あっこれは失礼しました! わたくしバーニーと申します。しがない商人を妹といっしょにやっています」
「わ、わたしはロゼっていいます! この子はマリー、わたしの妹です さっきは失礼なことを言ってゴメンナサイ! 助けてくれて、ありがどうござぃますぅ! うぅ〜」
ロゼは自己紹介の途中で泣き出してしまった。
安心して気が緩んだのだろう。
「俺は伊賀ヤマトといいます。お互い質問がいろいろあるでしょうが、とりあえず飯にしましょう」
そういって俺は器とスプーンをひとつとって、マリーの隣に座った。
「おい、意識はあるか?」
「う、うん。だいぶ楽になったの。本当にありがどうございますなの……」
か細い声だが、意識はハッキリしているみたいだ。
「食欲はあるか?」
「お腹すいたの…」
「よし、いま粥を食わせてやる」
おれはレンゲに一口分すくった粥をフーフーしたあとに、マリーの口に運んだ。
「!! お、おいしいの!」
「どんどん食え」
バーニーとロゼはものすごい勢いでタマゴ粥をかきこんでいる。
よほど腹がへっていたんだなぁ。
「おいしい!おいしい!」
「こんなに美味しいものは食べたことがないな」
空腹は最高のスパイスだしな。
その気持ちは分かる。
「よし、全部食べたな」
「おいしかったの!ありがとうなの!」
さっきまで生気を失っていた少女とは思えない笑顔に、おもわず嬉しくなってしまう。
「じゃあこれとこれを水でながしこめ」
「はい、なの」
増血剤と解熱剤をマリーが飲んだことを確認した。
「よーし、ちゃんとお薬飲めたな、いい子だ。あとは寝れば元気になるよ」
「ん、なんだかとっても、眠い、の」
マリーは幸せそうな顔で意識を手放した。
すぅすぅという寝息が聞こえる。
◇◆◇
「あの、この度は誠にありがとうございました」
「ありがとうございました!」
2人の女が俺に深々と土下座の体勢でお礼をしている。
たいへんに気分がいい。
「まあ、気にしないでください。大したことしてませんから」
実際俺がやったことといえば、〈スカイ〉で診察してアイテムボックスからものを取り出しただけだ。
「ご謙遜なさらないで下さい。あれほどの傷の治癒など、治癒院では到底不可能な所業。さぞかし名のある魔術師とお見受けします」
うーんヤッパリこうなったか。
過大評価されてしまった。
移動手段が馬車の時点でなんとなくわかってたけど、あの程度の傷の治療もできない文明なんだな、ここは。
「まあそれは置いといて、とりあえず治療の対価をいただきたい」
俺がそう言うと、バーニーが真剣な顔でこちらを見据えてきた。
「…魔術師殿。見ての通り我々は無一文でございます。支払いは、やはり、その、身体ということになるのでしょうか。でしたら、どうか私だけでご容赦願います。精一杯ご奉仕いたしますので、なにとぞ…」
「お、お姉ちゃん…!」
おっほ。
そうきたか。
この女が今すぐ抱けると思うとものすごい興奮してきた。
いやしかし、ヤマト、ここはグッと我慢だ。
今必要なのは協力者だ。紳士的に対応せねばなるまい。