成敗
ロゼがさらわれた可能性が高い。
その事実に俺はなんだか大切な物が自分の両の手から落ちてしまうような感覚に襲われた。
「ご主人様、急いでトムの店に向かいましょう!」
「ああ!」
俺たちはすぐさま北区に向かった。
トムの店に近づくにつれて、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。
その原因はすぐにわかった。
奴の店が燃えているのだ。
オレンジ色の炎が闇夜の中で煌々と輝いており、パチパチと音を立てながら建物を飲み込んでしまっていた。
駆けつけた魔術師が消火活動に勤しんでいるが、これではもう中の転移陣とやらも無事ではないだろう。
「どうするのヤマト!?」
「リリっ!出て来いっ!」
俺はすぐさま魔女っ子特急便を取り出した。
彼女には商会のみんなをマーキングさせている。
居場所ならわかるはずだ。
《オヨビデスカ マスター?》
「頼む、俺をロゼのところまで案内してくれ!」
《オヤスイ ゴヨウデス!》
すいっと飛びたったリリの跡を俺たちは絨毯で追いかける。
頼むロゼ、無事でいてくれ。
◆◇◆
シャルドラを出た俺たちはジャラの大森林の上空を飛んでいる。
上空から見る森の広さに改めて驚いていると、不意にリリが動きを止めた。
《マスター アソコニ ハンノウ ガ アリマス》
「あれか……」
〈スカイ〉のアプリで拡大して見てみると何やら小屋らしき者の前に数人の男がたむろしているようだ。
あの小屋の中にロゼがいるのだろうか。
「さて、どうしようか」
「ご主人様。ここは強行突破で行きましょう。時間があまりありません」
「……そうだな」
もしロゼの身に何かが起こっているのなら奇襲などしている場合では無いだろう。
ここからでは視界不良で狙撃もできそうにないし、仕方がない。
「よし、行くぞ!」
俺は絨毯を急降下させて小屋の前まで一気に移動した。
颯爽と草地に飛び降り、男たちと相対する。
「何だ!?」
「お前ら敵襲だ! 武器を構えろ!」
相手は三人の男たち。
1人は顔に傷を負った大男で、巨大な斧を背中に担いでいる。
もう一人は小柄な男で、両手に鉤爪を装備していた。
最後の一人は腰に剣を携えた細身の剣士だ。
数秒にらみ合ったが、チルダが4本のナイフを放ったことで戦闘が開始された。
相手はそのナイフにひるむこともなく、剣士の男が刃で軽くいなす。
「モグ、行けっ!!」
細身の男がモグという小柄な男に指示を出すと、そいつはまるでプールの飛び込みのように地面にダイブした。
しかしその男はついぞ地面に衝突することもなく、地中に沈んでいった。
さっきの透明になれる奴といい、空き巣や誘拐にもってこいの能力だな。
「二人共、地面に気をつけろ!」
「大丈夫です、ご主人様!」
大男の巨大な戦斧での猛攻を篭手で弾き返しながら返事をするアーシア。
相手はまるで重さを感じていないかのように高速の乱舞を続けているが、そのすべてをアーシアは見切って対応している。
するといつの間にか大男の後ろに移動していたチルダが、そいつの膝にローキックを食らわせた。
「ぬうっ!?」
相手がバランスを崩し膝をついたそのタイミングをアーシアは見逃さない。
素早く接近し、相手の後頭部を鷲掴みにして、上から下へ、地面に思いっきり叩きつけた。
その瞬間、何かが爆発したかのような轟音が森中に鳴り響いた。
男の頭が地面に埋まったかと思えば、そこを中心とした地面が半径2mくらいえぐれて、クレーターができてしまったのだった。
よく見るとモグと呼ばれた男が顔を出して気絶している。
「ご主人様、上に敵が!!」
目の前の光景に呆然としていた俺は、アーシアの声で我に返った。
上を見ると、細身の剣士が月を背にして、上空から俺に襲いかかっている。
「ジャネット、〈シリウス〉を!」
「イエス、マスター」
俺が咄嗟に取り出したのは〈光線剣シリウス〉。
コイツは強力なエネルギーを剣の形にとどめた武器で、いわゆるビームサーベルというやつだ。
すこし横にずれて、俺は〈シリウス〉で相手の剣を受け止めた。
敵はおそらくつばぜり合いになるだろうと思っていたのだろうが、この剣にそんな概念は存在しない。
剣と剣がぶつかる音など生じることもなく、スっと相手の剣をスライスした。
「何ぃ!?」
「君の剣はね、時代遅れ何だよ」
すり抜けて襲い掛かるシリウスを相手は器用にのけ反りながら躱した。
敵がバランスを崩しながら地面に着地した瞬間、そのタイミングを狙って俺はデタラメに剣を振るう。
相手の腕を光の剣が通り抜けると、いとも簡単に肉体から切り離された。
「ぎゃあああ!」
片腕を失った相手は地面に転がってのたうち回っている。
……つまらぬものを切ってしまった。
お前は絶対に治してやらんからな。
「ご主人様!」
「ヤマト、すごい!」
相手を無力化した俺たちは急いで小屋の中へと入っていった。
小屋の中には檻のようなものが置かれており、何人かの人が閉じ込められている。
「おい、助けに来たぞ!」
「……本当か!? 助かった!!」
中にいる人を見渡してもロゼの姿が見当たらない。
「あい、赤毛の少女は見なかったか!?」
「ああ、でかい音がした後、その子を連れて小太りの男が裏口から逃げていった!」
……裏口?あそこか!
俺は急いで扉をぶち破り、外へと飛び出した。
◆◇◆
絨毯で空から追いかけるとすぐに奴は見つかった。
男を一人従えていて、そいつの肩には縄で縛られたロゼが担がれている。
森から街道に向けて移動している最中のようだ。
俺たちは先回りしてそいつらの前に立ちふさがった。
「そこまでだ! ロゼを解放しろ!」
「っ貴様は! あいつらは何をやっとるんだ!」
「ヤマト!!」
トムは空から降り立った俺たちに狼狽しており、ロゼは俺を認識すると歓喜の声を上げた。
「動くな糞共! こいつがどうなってもいいのか!!」
トムはロゼの首筋にナイフを突きつけて俺たちを脅す。
いかん、ロゼを助けようとする思いが先行するあまりこの可能性を忘れていた。
これはどうするべきか……。
「いいか、武器を捨てて両手を後ろで組み、その場でじっとしてろ! 少しでも動いたらその瞬間にグサリだ! 俺は本気だ!」
もうあとがないトムは何をしでかすか分からない。
大人しく従うしかないのかと思っていたその時、近くの茂みからガサリと音が聞こえた。
ふとそちらの方を見る。
すると草陰から、茶色の巨体が嘶きながらものすごい勢いで飛び出してきて、トムの背中に突進を食らわせ、吹き飛ばした。
トムは回転しながら宙に放り出され、地面を何度かバウンドすることになる。
その正体は雄々しくタテガミを揺らし、地面を揺らすような剛脚で主人の元へ馳せ参じたロゼの忠馬だった。
「アッシュ!!」
ロゼの呼びかけにブルルと喉を震わせて喜んでいるその馬は、彼女に近づき顔をペロリと舐める。
アーシアとチルダはその好機を逃さずに、急な出来事に対応できていないトムとその部下を迅速に拘束した。
まさに一瞬の出来事だった。
「この馬……木に繋いでおいたはずなのに! 糞っ!!」
口から血を流しているトムは悔しそうに地面を叩いた。
このクズは絶対に許さん。
俺はシリウスを取り出すと、それを軽く左右に振り、周りの巨木をなぎ倒して相手の恐怖を煽った。
「な、なんだその剣は!? やめろ、近づくな! 金ならいくらでもやるから……!」
「やかましい!!」
俺は思いっきりシリウスでトムの脂ののった体を切りつけた。
トムはその瞬間白目を向き、泡を吹いて気絶した。
ふん、セーフティーモードは人が切れないんだよ、馬鹿め。
こいつはバーニーが痛ぶり殺すらしいから、俺が手を下すまでもないだろう。
――その後はロゼの縄を解き、みんなでシャルドラへと帰還した。
騎士団をを呼んで捕まった人たちの救出も終わり、一連の事件は解決した。
捕らえられていたのは行方不明になっていた冒険者達だったらしい。
森の奥には馬車が何台かと、ロゼのもう一頭の馬であるガルドの姿もあった。
ロゼは戻って来たガルドとアッシュに泣きながら抱きついて、何度も謝っていた。
◆◇◆
家に戻った俺たちは取り敢えず無事に帰って来れたことを祝うことにした。
「えーそれでは、無事にこうしてみんなが生きていることを神に感謝して……」
「「「「カンパーイ!」」」」
こうして祝うのもこれで二回目だ。
短い間だったが色々なことがあったなとしみじみ思い返す。
なんだか淫らな思い出が多いのは気のせいだろう。
「ヤマト、ロゼを助けてくれて本当にありがとう」
「ありがとうなの!!」
「いや今日の英雄はアッシュだね。主人のピンチに駆けつけるなんて、なかなかないよ」
実際あのままではロゼを速やかに助けることはできなかっただろう。
ロゼと馬の絆に俺はとても感動している。
「た、確かにアッシュたちにも感謝してるけど、ヤマトにも本当に助けられたわ! あ、ありがとう!」
ロゼは少し照れながら感謝の言葉を述べてくれる。
今回はちょっと感情的に動きすぎたような気がするが、結果的にロゼを助けられて本当に良かった。
これで俺たちの身の回りの不安要素が消え、平穏に過ごせるなと思っていた矢先のことだ。
聞いたことのある声が大音量で外から聞こえてきた。
「シャルドラに住む皆に告ぐ! 〈グリーンジャイアント〉侵攻の恐れあり! 至急避難せよ!」
その街中に響き渡る声は、巨人の目覚めを告げたプリムローズのものだった。




