誘拐
少しだけ残酷なシーンがあるので苦手な方はご注意下さい
投げられたものが凶器だと分かった俺は今何者かに襲われていることをようやく理解した。
「ご主人様、相手は透明になる魔術を使っている可能性が高いです。鼻がきく私にお任せ下さい」
そういってアーシアが俺の前に立ち、戦闘の構えに入った。
なるほど、たしかにアーシアならば相手の位置を掴むことができる。
この場は彼女に任せようと思ったが、それを許さない者がいた。
「まちな、闘犬族のお嬢ちゃん。コイツはあたしが殺る」
そういってアーシアを制して俺たちの前に出たのはハリベルだった。
えぇ……?
俺はアーシアに任せたほうがいいと思うんだが。
「たまにいるんだよなぁ、エルフを珍しがって拐いに来る間抜けがよぉ。あたしはそういう愚か者の耳をそぎ落とすのが大好きなんだ」
そういってハリベルはおもむろに前髪を留めている花をモチーフにしたピンをはずし、それで軽く空を袈裟斬りにした。
すると茎を模した部分が鋭く伸び、緑色の剣へと姿を変えた。
彼女は猟奇的な笑みを浮かべてその切っ先をペロリと舐める。
……怖い。
「ハリベルさん、気をつけてください。相手は二人です」
「わーってるよ」
相手は二人らしい。まったくわからない。
よく目を凝らしていると、再び何かが放たれる音がした。
ハリベルは華麗に緑剣を振るい、投擲物を難なくはじき飛ばす。
「そこか、これでもくらいな」
相手の位置を把握したハリベルは懐から何かを取り出し、そこに投げつけた。
その何かはナイフが放たれた付近の地面に落ちる。
彼女が小声でなにかを唱えると、その地面が緑色に発光したかと思えば、そこから太いツタのようなものが急速に生えてきた。
「――!!」
姿は見えないが、そこにいる何者かが驚いているのがなんとなくわかる。
敵はそのツタを切断しようと再びナイフを投擲した。
しかしその植物はまるで意思を持っているかのようにそれを躱し、大きくうねりながら相手に迫っていく。
それを見た相手はどうやら距離を取ろうとしているようだがそのツタの速度にはかなわず、やがて何かに絡みつくような形で植物の動きが止まった。
おそらくあの空間に敵が捕まっているんだろう。
「くそっ! エリル、やれ!!」
植物に捕まった敵がもう一人の仲間に指示を出したようだ。
その指示をかわきりに、相手の方からいきなり青い霧のようなものが噴出された。
毒か何かか?
チルダとアーシアが俺をかばうように前に出る。
ハリベルの方を見てみると、彼女は片手を相手の方に突き出して手のひらを広げていた。
「風よ、起これ」
そう詠唱すると、相手と俺たちのあいだに旋風が発生し、青い霧を宙に巻き上げて霧散させた。
霧が晴れるや否や、ハリベルは持っていた緑剣をおもいっきり前方に投擲した。
「はい終わり」
「ぎゃああああ!」
ドスと生々しい音がした方向には、足に緑剣が突き刺さり、血だまりを作っている女が姿を現していた。
ハリベルは賊二人を無力化したことに興奮しているのか酔っているのかは分からないが、顔を赤くして息を荒くしながら舌舐めずりをしている。
「さて、拷問の時間だ」
◆◇◆
ハリベルは地面に横たわっている方の女を放置して植物の方にゆっくり向かう。
とりあえず俺たちも恐る恐るついて行った。
ツタに捉えられている方の透明な賊はすでに姿を現している。
紫色の伸ばした髪の毛を左側だけで結んでいる、ロゼと同じ高校生くらいの少女だった。
足を貫かれた人と瓜二つなので、おそらく双子なのだろう。
「くっ殺せっ」
「ん~? 殺すわけ無いだろ~? 自分の大事なおもちゃを壊すわけがないだろうが~」
ハリベルは綺麗な細い指でその少女の頬をなぞっている。
鼻が付くぐらいに顔を近づけて、相手の瞳を覗き込みながら、にっこり微笑んでいた。
少女は小刻みに震え、奥歯をカタカタいわせながら股を濡らして目に涙を浮かべていた。
……こっちが悪者のような気がしてきた。
「よ~し、お前、〈これから私はハリベル様に拷問されます〉って言え」
「っ! ふざけっごふっ……!」
「言えって」
「ご、ごれがらわだじは……ハリベルざまにごーもんされます……」
髪の毛を鷲掴みにし、腹パンで少女を無理やり従わせたハリベルさんはご満悦だった。
ドン引きの中のドン引き行動だった。
このままでは俺の精神衛生上よろしくない。
そういえばチルダもトラウマが蘇るのではと思って見てみたが、なんだかワクワクした顔で観戦していた。
えぇ……。
「あっそうだ。ヤマト、こいつ犯すか? 拷問はそれからでもいいし……」
「いや、いい。いいから。それより何で俺たちを襲ったか聞いてくれ」
俺の頼みを聞いてくれたハリベルは、チルダからデレジナイフを借りて、少女の耳に押し当てた。
「今から私の質問に嘘偽りなく答えろ。嘘だった場合耳を切り落とす。そしてヤマトが耳を再生させてまた質問の繰り返しだ」
ええっ!?
俺も拷問の片棒を担がされるの!?
股からポタポタ液体を垂らしている少女と目があった俺は、「正直にしゃべってくれ!」と目で合図した。
「わわわわ私たちは、ト、トムと言う金貸しに騙されて、ど、奴隷にされて、誘拐の仕事をさせられていました」
なんだって!?
少女の口から話された衝撃の事実に俺は動揺を隠せなかった。
詳しく話を聞いてみると、トムはシャルドラから定期的に人を誘拐して、シャルドラ外に売り払っているらしい。
なんでも奴はジャラの大森林の中に拠点を持っており、トムの店と拠点を〈転移陣〉という貴重なマジックアイテムで結んでいるそうだ。
そこから街道に出て、馬車で移動するらしい。
「トムの店はどこにある」
「き、北区にある、〈オッドー奴隷商館〉の隣です」
聞いたこともない店だが、リリならわかるだろう。
よし、聞きたいことはきけた。
俺は、どうやらこの少女たちも一応被害者みたいだから許してあげようとハリベルに提案した。
「え~。どんな経緯であれ襲われた事実に変わりはないからなー。でもヤマトの頼みじゃしかたねぇ。お前ら、この人に感謝しろよ」
そういって残念そうな顔をしたハリベルが指を鳴らすと、ツタが緩み、少女が解放された。
腰が抜けて立てないようなので、地面に座り込んでいる。
「い、妹を助けてください……! お願いします!」
「わかった、わかった」
俺は足を貫かれた少女の方に近づき、ジャネットの指示に従って適切に処理をした。
血が流れすぎていたので正直ギリギリだった。
完全に治った妹を抱きかかえた姉は、大声で泣きながら「ありがとうございます!」と連呼していた。
「なあ、いまトムが何処にいるか分かるか?」
「は、はいヤマト様! 奴は国外に逃亡するためにおそらく拠点で私たちを待っていると思います!」
「そうか。じゃあ急いでそこに行って捕獲しないとな」
そうして俺たちは北区のトムの店に向かおうとしたその時、紫髪の少女がとんでもないことを口にした。
「そ、そういえばトムは、エルフの他に赤毛の少女も誘拐すると言っていました!」
……やばい!
バーニー達が危ない!
俺はすぐさまアイテムボックスから〈天糸の絨毯〉を取り出し、その上に飛び乗った。
「アーシアとチルダも乗れ! ハリベルは騎士団か誰かにこのことを伝えてくれ!」
「分かった!」
そうして俺たちは急いでバーバラ商会へと向かった。
◆◇◆
「バーニー! 大丈夫か!?」
商会の中に慌てて入り、大声で呼びかける。
「なんだヤマト、どうした!?」
慌てて玄関までバーニーがやってきた。
良かった、バーニーは無事か。
ま、まあバーニーは少女って感じじゃないしな。
「マリーとロゼは居るか!?」
「マリーなら家にいるぞ? ロゼは今馬小屋で馬の世話をしていると思うが……」
その言葉を聞いた俺は急いで馬小屋に向かった。
そこにロゼは居らず、残っていたのは2頭の興奮した馬だけだった。




