爆音のプリムローズ
俺は今冒険者ギルドの入口で立ち止まっている。
というのも今の自分を客観的見たときに、ちょっと問題があるのではないかと思ったからだ。
Fランク冒険者が美人を3人侍らせているこの状態。
荒れくれ者たちが見たら絡んでくるに違いない。
そう思って侵入を躊躇している俺を不思議に思ったハリベルは、何をしているんだと扉を開けてしまった。
中に入ると案の定俺たちは冒険者の視線を集めた。
しかしどうも嫉妬や怒りという感情は感じられない。
「おい〈耳そぎ〉が男と一緒にいるぞ……」
「ホントだ……。あっあの男もしかしてバルドールをのした奴じゃねえか?」
「目を合わすんじゃねえ……」
……なにやら恐れられているようだ。
ハリベルが「見せもんじゃねえぞ!」と怒鳴るとそいつらは蜘蛛の子を散らすように何処かへ行ってしまった。
やくざかな?
とりあえず人が減ったので受付嬢に話しかけてギルド長に取り次いでもらおうか。
「あのーすいません。ちょっとギルド長にお話があるんですけど」
「あっヤマトさんですね。ギルド長は二階の酒場の5番テーブルで待っていますよ」
ここに初めて来たときにギルドカードを発行してくれた金髪の受付嬢がそう答えてくれたので俺たちは階段へと向かった。
◇◆◇
二階の酒場はものすごく繁盛していた。
木製のジョッキでエールを乾杯している集団や、楽器を演奏している人、喧嘩している男たちの喧騒が混ざり合っていて独特な空気が形成されている。
俺たちはハリベルについて行って、まっすぐ5番テーブルに向かった。
椅子には誰も座っていなかったので俺は不思議に思ったが、急にハリベルが話しかけ始めた。
「よお、プリム」
「ん? ハリベルも来たんだ? あなたがヤマト? 初めまして、私がギルドの長をしているプリムローズよ!」
その声は確かに5番テーブルから聞こえてきた。
よく見ると机の上に青い衣装に身を包んだ何かがちょこんと座っている。
背中に透明な羽がついていて、髪の毛はふわふわなピンク色。
身長は俺の手のひらくらいの大きさだ。
「……人形?」
「違うわよ! 失礼ね! 妖精よ、よ・う・せ・い!」
そう言った彼女は机をトンと蹴って宙に浮き始めた。
すげぇ、本物の妖精だ。
「よく来たわね、取り敢えず座りなさいな」
そういってプリムさんが軽く手を振ると、椅子が勝手に後ろに引かれた。
四人がけのテーブルなので、俺たちが椅子に座り、机の上のプリムさんを見るという状況になっている。
「それで、あれよね? アイテム鑑定の窓口を貸出して欲しいのよね? おっけー!!」
「早っ! いいんですか?」
「キリツからも言われてるし、別に全然構わないわよ」
そうか、これで場所は確保できたな。
しかし、俺はこれだけのためにここに来たのだろうか。
「よし、詳しい話はあとにして、取り敢えず飲みましょう!」
「おっプリムの奢りか?」
「馬鹿ね、割り勘よ。店員さーん! 取り敢えずエール4つと果実酒1つ!」
どうやら飲みに付き合わされるみたいだ。
お酒は好きでも嫌いでもないがアルコールには強いので飲み会は嫌いじゃない。
「アーシアとチルダは酒飲めるのか?」
「大好き!」
「この前バーニーさんにいただきましたけど、美味しかったです」
二人共いける口みたいなので、俺たちは全員で乾杯することにした。
◆◇◆
「あははははは! あははははは!」
「ひひひっ! プリムお前……あははは!」
「ヤマトー ヤマトー」
「……」
現在5番テーブルはまさに混沌といった状況にある。
最初の方はしっぽり飲んでお互い自己紹介などをしていたのだが、俺が酒やつまみを提供し始めてから一気におかしくなった。
まずプリムさんが日本酒を気に入りはじめ、自分の顔より大きいおちょこで一気飲みすると一瞬で顔がトマトみたいに真っ赤になった。
それからフラフラと飲酒飛行をしたかと思えば、俺の手に持っているエールのジョッキに飛び込んで酒につかり始めた。
風呂かよ……。
それを見ているハリベルさんは介抱するどころか指をさして大爆笑している。
チルダは一升瓶を2つ開けて、上ずった声で俺の右腕にしがみついてくるし、アーシアはとろんとした目で宙を見つめている。
もう二度とこいつらとは飲まねえ……。
そう思っていると酒でべちょべちょになったプリムがジョッキから飛び立ち、酒場の中心まで飛んでいった。
「みんなー! 〈シャルドラ冒険蛮歌〉、いっくよー!!」
すうっと息を吸い込み、放たれた力強い声色が店の隅々まで爆発的に広がる。
彼女が歌い始めたその歌は、命知らずの冒険者たちがさまざまな敵に雄々しく立ち向かう様を表現しているようだ。
その歌声は不思議と心に響き、どこか気持ちが高揚してくる。
楽器を演奏していた者たちはこの曲にすぐさま対応し、喧嘩をしていたものは肩を組んで歌い始めた。
酒場全員の大合唱が始まった。
「これってもしかしてプリムさんの能力?」
「そーだよ。あいつの声は人の心に届くのさ」
ハリベルは果実酒をぐびっと飲みながら酒場を飛び回って歌うプリムさんを楽しそうに見つめている。
アーシアは闘犬族の血が騒ぐのかそわそわしていて、チルダはどこか懐かしそうだ。
ワンコーラス歌い上げたプリムさんはこちらに戻って来た。
「いやー歌った歌った」
すっかりご満悦のプリムさん。
なぜか俺の頭の上に座っている。
「いい歌でしたね」
本当にいい歌を聴くことができた。
今日ここに来てよかったと心からそう思える。
「まーね。そういえばヤマトは遠い国から来たのよね? よかったら故郷の歌を教えてくれないかしら」
「歌ですか」
そうリクエストされた俺は自分の一番好きな歌を紹介することにした。
その曲は大昔の日本人女性歌手の歌で、過酷な運命と時の流れを綺麗に歌い上げている名曲である。
辛い時にはよく星を眺めながらこの歌を聴いていた。
俺はスピーカーをとりだして、〈スカイ〉にこの歌を再生させた。
「……へぇ、素敵な曲ね。前向きさの中に悲しみを感じる不思議な歌」
スピーカーに耳を傾けて曲を聴き終えたプリムは、再び酒場の中心に飛んでいった。
胸に手を当てて、今聴いたばかりの曲を完璧に歌い上げる。
先程まで騒いでいた冒険者たちは、涙を流して聞き入ってしまった。
……もっと明るい歌を紹介するべきだったか。
そのあと戻って来たプリムさんは歌い疲れたのかおしぼりを枕にして眠ってしまった。
俺たちもそろそろ限界なので、今日はこれでお開きということになった。
郵便に関する詳しい打ち合わせはまた今度だな。
◆◇◆
その後ギルドをあとにした俺たちは、へべれけになって足元のおぼつかないハリベルさんに肩をかして花屋まで送ることにした。
「う~、気持ちわりー。すまねえ、ヤマト」
「別にいいですよ」
俺はアルコールに強いのでいつも潰れたやつの介抱をしていたから慣れっこだ。
この人は道端でリバースしないだけだいぶマシである。
そうしてゆっくり歩いていると、不意にアーシアとチルダが足を止めた。
今まで変なうめき声をあげていたハリベルも急に黙り込み、正面の路地を睨みつけている。
「何者だ」
ハリベルは急にドスの効いた声を放った。
何かいるのか?
そう思っていると、いきなり何もない空間から何かが飛んできた。
それに素早く反応したチルダは懐からデレジナイフを投擲してそいつを撃ち落とした。
カンと石畳に落ちたそれは銀色に光るナイフだった。




