花屋はじめました
娼婦を治療して以来、俺は最上級待遇で〈蜂蜜楼閣〉を利用できるようになった。
それには俺が男性の口臭を消す薬用食品や美容品を提供していることも関係している。
ふらっと立ち寄るとその時間に客をとっていない高級娼婦が上から3人ついてもてなしてくれる。
俺もその子達にお菓子や服をあげたりするものだから、競い合うようにして奉仕してくるので、普段では考えられない遊びが楽しめてしまう。
街の商人の男たちの情報なんかもガバガバ流してくれるので、トムのことも聞いてみた。
すると以前トムのお気に入りだった娼婦が突然失踪した事件が1年ほど前にあったらしい。
娼婦が失踪するのは珍しいことではないが、〈蜂蜜楼閣〉ではあまりないらしいので記憶に残っているそうだ。
何やら事件の香りがする。
さて今日は商業ギルドの小娘に呼び出しを受けたのでそちらに向かっている。
どうやら役所の人が来てくれるので一度あって郵便について話し合いをしろとのことらしい。
俺は別に広告さえできればいいので、シャルドラで運営したいという話だったら快諾しようと思う。
◇◆◇
「お、来たな神官」
「こんにちは」
相変わらず無礼なキツネ目の小娘を適当にあしらう。
俺はそこまで気にしていないのだが後ろのアーシアがいつかブチ切れそうで怖い。
「こっちやで、ついてき」
そういって連れて行かれたのは商業ギルドにある来賓客用の個室だった。
部屋の中央に置いてある机の奥に眼鏡をかけた女性が座っている。
俺らは手前側のソファに腰をかけた。
「初めまして、ヤマトさん。私はシャルドラ行政担当のキリツと申します」
「あ、初めまして。伊賀ヤマトと申します」
髪の毛を三つ編みにして後ろに回しているキリツさんが丁寧に名刺をくれた。
当然読めないので意味をなしていないが。
「それで、早速ヤマトさんが始めようとしている郵便事業についてお尋ねしたいのですが」
「はい。私が始めようとしているのはですね……」
俺はリリを使った郵便配達について説明した。
そのあいだに商業ギルドの小娘がお茶を運んできたのだが、「お熱いので気をつけて下さいませ」などと礼儀正しいことを言い始めた。
こいつ、役人には媚を売るのか……。
しかもお茶請けが以前俺があげたお菓子だったのもなんだか釈然としなかった。
「……なるほど。つまりあなたの使い魔はシャルドラのどこに誰の家があるのかを把握していて、その場所に瞬時に行けるということですか?」
「そうですそうです」
リリには今までシャルドラを探索させていたので、住宅情報やその家に住む人の顔と名前(確認できたものに限る)の情報がインプットされている。
なので、名前を聞くだけでその人の家まで行けるし、名前が分からなければ外見の特徴から画像で確認が取れる。
またリリにはマーキングという機能が有り、相手が許可すればその人の位置が分かるようになるのでそれもサービスとして使えるだろう。
「それはすごいですね。私共としては是非ともその情報が欲しいのですが……」
「ああ、それは全然構いませんよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
役人に恩を売っておくのも悪くは無いだろう。
その後は事業についていろいろアドバイスを受けたが、せっかくの新しい事業なのでリリだけではなく人にも配達させて民間の雇用を生みだすことになった。
さらに住宅に住所をつけて効率よく配達できる体制にしようということで合意した。
もしかしたらこの世界に戸籍という概念が誕生した瞬間かもしれない。
しかしそうなるとなかなか規模がでかくなるような気がするのでバーバラ商会に協力を仰ぐとするか。
「それで、窓口の件なのですが冒険者ギルドはどうでしょうか。実はアイテム鑑定の窓口がちょうど空くのです。店舗を持つので」
「ああー、あそこなら中央区だし人も通いやすいですね」
「はい、既にギルド長には伝えているのでもしよろしければ直接あって話を聞いてみてください」
「はい分かりました。ご丁寧にありがとうございました」
適当に挨拶を交わしたところで、キリツさんは速やかに退室した。
俺は彼女がお茶請けのお菓子を懐にしまいこんだのを見逃さなかった。
◇◆◇
そういうわけで俺たちは冒険者ギルドに向かおうとしたのだが途中で気になる店を見つけた。
なんの店かはひと目でわかる。
花屋だ。
店先に色とりどりの花が綺麗に展示されており、少なくとも素人の仕事ではないことが見て取れた。
最初に冒険者ギルドに来た時はこんな店はなかったはずなので最近できた所なのだろうか。
「チルダ、あの看板には何て書いてあるんだ?」
「えーと、〈フラワーショップ ハリベル〉って書いてあるよ」
ハリベル?
どこかで聞いた名前だ。
時間もあることなので俺はギルドに向かう前にこの店を覗いてみることにした。
草花のアーチで飾られている入口を過ぎると、花の独特の良い香りが部屋の中にこもっていた。
天国とはこういうところなのではないかと思うほどに店の中は様々な花で満たされてをおり、その色彩は自然と我々の目を楽しませる。
少し進むと、白いテーブルと椅子が有り、そこに一人の女性が本を読みながら座っていた。
いつぞやの耳のなかったエルフだった。
緑色の瞳に綺麗な長い金色の髪で、前髪を花のピンで留めている。
「ん?客か?……あ!あんたか!いやーようやく会えた!」
俺達に気づいた美貌のエルフは慌てて椅子を出して紅茶を振舞ってくれた。
「あたしが神殿に言ってもあんたいねーんだもん。タイミング悪すぎ!」
「そうだったんだ。それなら神官に伝言を残してくれればよかったのに」
「神殿に知り合いいねーもん。話しかけられっかよ」
このひとは言葉遣いは荒いくせに人見知りなのか。
良くわからない人だ。
「ハリベルは花屋を始めたのか?」
「おうよ。あんたのおかげで緑の精霊と再び言葉を交わせるようになったからな」
「緑の精霊?」
なんでも、人間が体内の魔力を火や水などに変換するのに対して、エルフは精霊とやらの力を借りて術を使うらしい。
心を通わせる精霊はエルフ個人によって違うらしいが彼女は緑の精霊の力を借りて植物を操れるそうだ。
「まあみてな」
そういったハリベルはテーブルの上に置いてあった花瓶を手元に寄せた。
すこし元気のない黄色の花が活けてある。
ハリベルがその小さな口からふうっとキラキラ光る息をふきかけると、その花はたちまち瑞々しさを取り戻し、まるで息を吹き返したかのように輝きを取り戻した。
「まあざっとこんなもんよ」
「へぇー、素敵な能力だな」
「そ、そう?へへっ」
俺は素直に賞賛の言葉を口にした
ハリベルは少し照れているのかうつむき気味で少し顔が赤い。
「そういえば何でこの店に来たんだ?」
「ああ、なんかギルド長に話があってな。ギルドに行く途中でこの店を見つけたんだ」
そういって俺は先ほどの経緯を一から説明した。
「ふうん、じゃあこれからプリムに会いにいくのか」
「プリム?」
「ギルド長の名前さ。〈爆音のプリムローズ〉って知ってるだろ?」
「知らん。チルダ知ってる?」
もちろん知ってますよ!というチルダはなんだか嬉しそうに説明し始めた。
なんでもその人は音を操る魔術を使うらしくて、耳が聞こえる人間相手ではほぼ敵なしの元Sランク冒険者らしい。
機嫌を損ねると鼓膜が壊されるかもしれないので丁寧に対応しよう……。
どうやらハリベルもついてきてくれるみたいなので、俺たちは一緒に冒険者ギルドに向かった。




