商売をはじめよう
2時間しっぽり接待された俺は不抜けた顔で帰路についた。
もう3日分くらいは搾り取られたんじゃないだろうか。
思い返せば確実に俺よりミラさんの方が楽しんでいた。
男日照りでいろいろ溜まっていたんだろうな。
これからも卵が欲しいからいつでも接待すると乳を揺らしながら言っていたけどあれは建前だろう。
すけべな未亡人である。
バーバラ商会につくとみんな既に揃っていた。
アーシアは俺が帰ってくると嬉しそうにしっぽを振りながら出迎えに来てくれる。
可愛いので頭を雑に撫でてやると、俺の胸に顔をうずめて鼻をスンスンさせ、「えっちな匂いがします」といってきた。
うっ、さすが犬娘。
いい鼻をしている。
乾いた笑いでごまかしながらリビングにある大きめのソファーに深く腰をかけた。
ダイニングテーブルでは眼鏡をかけたバーニーが帳簿を見ながら何かを書き込んでいる。
美人秘書って感じだな。秘書じゃないけど。
そういえば以前考えた「魔女っ子特急便リリ」での郵便事業について相談してみようか。
「バーニー、ちょっといいか?」
「ん、なんだ?」
「ちょっとした商売を始めようと思うんだけど……」
「その前にどうしてカフェに納品しに行くだけでエッチな匂いがつくのか教えてくれ」
「き、聞いてたのか」
まあ嘘は付きたくないので正直にミラさんに体で接待を受けたことを話した。
「……ミラのやつめ」
「知り合い?」
「幼馴染みたいなものだ。それで、私とミラどっちが良かった?」
「えっ!? それは……僅差でバーニーかな」
初々しくてよかったという点で。
「そ、そうか! よし、商売の相談に乗ってやろう」
「よろしく頼む」
バーニーがちょっと顔を赤らめて喜んだところで、俺はリリを使った郵便について説明した。
「なるほど。たしかにその商売ならいろんな人の目に留まるから情報提供を求める広告が有効に働く。よく考えたな」
「だろ? ついでにバーバラ商会の宣伝もしとくよ」
「本当か? それはありがたい」
それを聞いたバーニーは丁寧に商売の始め方を教えてくれた。
なんでも商業ギルドで設立登記をして審査に通れば発起人が一人でも商売を始められるそうだ。
バーバラ商会から紹介状も書いてもらえるみたいなので、うまくいけるかもしれない。
さっそく明日商業ギルドに行ってみよう。
余談だが、その日の夜は部屋にバーニーが遊びにきた。
◇◆◇
翌日おれはチルダとアーシアを引き連れて中央区の商業ギルドに足を運んだ。
商業ギルドは小さなドーム状の建物であり、表面が黄色で塗装されてある。
中に入ると、さまざまな受付があることが分かったので、チルダに案内板を読んでもらった。
「あっちが新規事業立ち上げの受付みたいだよ」
「あれか」
受付はドームの壁に沿って円状に並んでいるのだが、俺が行くべきは正面のカウンターみたいだ。
受付のキツネ目をした女に声をかける。
「あのーすいません、商売を始めようと考えているんですが……」
「ん? エルフィスの使いやないか。なんや神官が商い始めていいんか?」
か、関西弁だ。
目の前の茶色い髪を両サイドで縛っている女があまりにもフレンドリーに対応してくるので、ここが本当に商売を司る機関なのか疑問に思ってきた。
「あー神官じゃないんで大丈夫です。それで、始めたい商売なんですけど……」
「はーっ! あんさん世の中の道理っちゅーんがわかっとらんなぁ! こういう時は袖の下ってもんがないと丁寧に対応してもらえんのやでぇ?」
ニマニマ笑いながら賄賂を要求してくる小娘。
なんでこんなやつが商業ギルドの受付をやってるんだ。
でもいちいち苦情を入れるのも面倒なのでしかたなくチョコレートケーキを出してやった。
「なんやこの黒い塊は。お菓子ぃ? アタシはグルメやからちょっとやそっとじゃなびかへんで!」
そう言いながらパクリとひとくち食べた小娘は両手をほほに当てて悶え始めた。
「うまーい!!」
なんか大昔のお笑い芸人みたいなやつだなコイツ。
ついでに出してやったいちご牛乳を飲み干した小娘はようやくこっちを向いた。
「はーおいしかった。なかなかやるやんけ兄ちゃん。そんで、なんの商売はじめんの?」
「はい実はこの子をつかって伝言や手紙、小物の配達をしようと思いまして」
そう言って俺は光の中からリリを出した。
《ハジメマシテ リリデス! タイセツナ オキャクサマノ オモイヲ カクジツニ オトドケシマス!》
「なんやこれ!? かわええなあ! ちょうだい?」
「やる訳ねえだろうが」
おっと、つい言葉遣いが乱れてしまった。
この小娘には接客という概念がないのだろうか。
俺は小娘を無視してリリを使って始めようとするサービスを説明した。
まず、人の集まりそうなところに場所を間借りして受付を設置する。
受付にはリリ(銀髪バージョン)と従業員を置いておく。
従業員には手紙や伝言を確認して料金を受け取る役目をあたえ、リリには配達を任せる。
リリは相手の名前と大体の住所がわかれば届けられるらしい。
ここ数日シャルドラ中を飛び回って住民の情報を集めさせていたからだ。
「なるほどなー。悪くないんちゃうか? ただ、たくさんの人が利用しそうやから、捌ききれるかが問題やな」
うーん、たしかに。
でもリリは速いし、賢いし、なにより可愛いから何とかなるとおもう。
ダメだったらその時考えよう。
「まあ、ええか。しかしその商売はシャルドラにとってかなり有益そうだから、中央省庁に掛け合わなきゃあかんな」
「ちなみに今までこのような商売ってなかったんですか?」
「うーん。役所が鳥を使って連絡することはあったんやけどな。市民はそんなことできへんし、商人も連絡には自分のとこの従業員を走らせるかんじやな」
ならいいか。
あんまり商売敵を作りたくないので、そいつは朗報だった。
「よっし、この件はあたしに任せとき! ただな、ヤマト。アタシは甘いもんがないと満足に働けんのや……」
「はいはい」
もうめんどくさいので日持ちするお菓子を包んで放りなげた。
「おっまいどあり! あんさん気前ええなあ。 結婚しない?」
「しないです」
「なんや連れないなあ。んじゃ、後日改めて連絡するから、それまで待っとき」
そういわれた俺は、このままだとアーシアが小娘に噛み付きかねないのでそうそうに引き上げた。
そうだな、まだ時間があることだし、このままバルドールさんの家にでも行くとするか。