奴隷購入
「ヤマト、とりあえず金貨2000枚だ。確かめてくれ」
俺の目の前に黄金色のコインがガチャリと積み上げられた。
「早いな。もう売れたのか?」
「ああ。取引きはいつものことだからな。新規の顧客を開拓するのはこれからだが」
バーニーはなかなか優秀だ。
簡単に2000万円が手に入ってしまった……。
しかしそこまで嬉しくないのは市場に買いたいものがあんまりないからだろう。
俺が買って得するのはサービスか土地くらいだからな。
「ヤマトはまず何を買うんだ?」
「安全だな。まずはそれからだ」
「安全?」
「護衛みたいなものを雇おうと思ってる」
前回のように3人のチンピラに襲われたらひとたまりもないからな。
シャルドラの治安はお世辞にもいいとは言えない。
身の回りの安全を確保するのは最優先事項だ。
「護衛か……。それならば奴隷を買った方がいいな」
「奴隷?」
なかなかエキセントリックな単語だ。
要するに人身売買ってことか?
「奴隷は買ったときに奴隷紋を刻まれて、けして命令違反が出来ないようになる。裏切られることもない」
「なるほど……」
塩強奪事件の当事者から聞くと説得力がある。
命令に従うことを強制できるなら職務怠慢なども無さそうだしよさそうだ。
「どこで手に入るんだ?」
「奴隷商は北区だな。ただし、一見さんお断りだ」
「ああ……」
すると誰かの紹介がいるな。
そういえば以前に目を治してあげたバルドールさんがいろいろ顔がきくようなことを言っていた。
人身売買の現場にバーニーを連れて行くのもなんなので彼にお願いしよう。
◆◇◆
「おおヤマト、久しぶりだな」
中央区の噴水の前に座っていると白髪にオールバックがきまっているバルドール氏が現れた。
なんだか前より若返って見える。
筋肉があり背筋も伸びて、眼光も鋭いので、50歳と言われてもおかしくない。
前は70位に見えたのだが。
「いや、お前の使い魔が家の窓を叩いた時は驚いたぞ」
「すいません、突然呼び出して」
バルドールさんの呼び出しには「魔女っ子特急便リリ」を使った。
彼女にはすでに町の地形を把握させており、神殿で治療した人達に使った道具は微弱な電波を放っているので居場所が分かるのだ。
そのうち商売として郵便を始めて広告で帰還の魔術の情報提供を促すのもいいかもしれない。
「というかお前、家に来いと言っただろうが。何をしていたんだ」
「いやーバルドールさんの家でかくて行きづらいんですよ」
バルドールさんの家は中央区の一等地に建っており、バーバラ商会の2倍以上デカい。
門番なんかも立っているので、かなり近寄りがたい。
「おお、そうだな。招待状がないと門番が通さんか。うっかりしとったわ」
ガハハハハと笑うバルドール氏。
ものすごい大物だと言うことが分かる。
いったい何者なんだ……。
「バルドールさんって何者なんですか?」
思ったことをそのまま口にしてみた。
「ん? 俺か? 聞いて驚け、Sランク冒険者〈結界のバルドール〉とは俺のことよ!」
Sランク!?
確かSって一番上で滅多にいないんだよな。
つまりこの爺さんはこの街の冒険者の中で最強に近いってことか。
「すごいですね! じゃあ奴隷商にも顔がききますかね?」
「当たり前よ、この街で俺に入れねぇ店なんてない。ついて来い!」
バルドールさんの逞しい背中を追いかけて、奴隷商を目指した。
◆◇◆
「おう、じゃまするぜ」
「いらっしゃいま……バルドール様!?」
北区の路地裏の薄暗い通りに店はあった。
正直これ危ない店なんじゃないかと思ったが、中は意外にも明るく高級感のある内装だ。
入って右手にあるカウンターにいた店員がバルドール氏を見て仰天した。
「バ、バルドール様。本日はどうされましたか?」
「うむ。こちらの御仁が護衛が欲しいというので連れてきた。ついでに俺も使用人を買おうと思う」
「おお! バルドール様に買っていただければ我が店にも泊がつきます」
小太りの店主はこれでもかと言うくらいに手を揉んでいる。
指紋がなくなりそうだ。
「それで、そちらの美青年はどちら様で?」
「伊賀ヤマトだ。エルフィスの使いと言えばわかるか」
「ああ! バルドール様の御瞳を治されたお方でしたか! なるほど、納得です」
こんな裏路地の奴隷商まで俺のことを知っているのか……。
知名度が上がると情報が集まりやすい代わりに、良からぬことに巻き込まれないか心配だ。
「護衛と使用人でしたね。こちらへどうぞ」
◆◇◆
奥の個室に案内され、しばらく待っていると、店主が何人かの男女を連れてきた。
全員同じ布の服を着ている。
なかなか筋肉質な者たちなので、護衛をを求めている俺のために連れてきたのだろう。
「こちらが我が店イチオシの戦闘奴隷たちでございます」
そう言われても俺に奴隷の良し悪しは分からないのでバルドールさんに判断を任せた。
「どう思います?」
「微妙だなぁ。他の店の方がいいかもな」
バルドールさんの言葉に店主があからさまに落胆している。
「店主、傷痍奴隷でいいのはいねぇのか? こいつはエルフィスの使い様だぞ?」
「! なるほど……。それならば該当する者が2名おります」
そういった店主は駆け足で部屋を出て行き、奴隷を連れてきた。
目の前にいるのは2人の女の獣人。
片方はちょっと褐色っぽい肌をしていて、頭からはヒョウ柄の耳が生えている。
しかし片耳は千切れており、尻から生えている尾っぽも切り取られていた。
さらに一番目を引くのは腕。
パルフィーユさん同様に片腕が消失していた。
髪はウェーブががった金髪で、猫のような眼をしたお姉さんだが、目に光が灯っていない。
もう1人の方は色白の女性で、ワンコ耳だ。
肩くらいまで伸びたストレートの茶髪が特長で、見目麗しいが、眼を閉じている。
胸はヒョウ柄がD、ワンコがCだな。
「こっちの豹人族の女は獣人傭兵団〈パワーファング〉の一員だったそうです。何でもエイジス領とヘルレイシア領の小競り合いに参戦した際に敵に捕まって拷問されたらしいです」
おおぅ、なかなかに壮絶な過去だ。
「こちらは闘犬族という珍しい戦闘民族の女です。生まれつき目が見えないらしく、一族に見放された過去があります」
可哀想に。
コットランドは家族の絆を重んじる戦闘民族だけに、闘犬族とやらに怒りを感じる。
「バルドールさん、どうですか?」
「ふむ、ポテンシャルは高そうだな。悪くないだろう」
「そうですか。 では買います」
買いますと言ったときに2人の奴隷はビクッとなった。
まさか買われるとは思っていなかったのだろう。
「あ、ありがとうございます! この奴隷たちはおそらくヤマト様しか買われませんので、金貨500枚とさせていただきます」
「分かりました」
「ちょっと高い気もするが、まあ良いのではないかの」
バルドールさんがそういうと店主はホッとしていた。
ずいぶん顔に出やすい人だけど大丈夫なんだろうか。
その後バルドールさんが使用人用の奴隷を2人購入して、その日はお開きとなった。
別れ際にバルドールさんから招待状をもらったので、後日家に行くことになるだろう。
俺は2人の奴隷を引き連れてバーバラ商会に戻った。
◆◇◆
「さて、まずは治療だな」
バーバラ商会の客室でベッドに腰掛けた俺の前には2人の獣人奴隷が立っている。
「あんたも物好きな奴だな。こんな傷痍奴隷を捕まえて何するんだ?魔術の実験かい?」
そう悪態を付くのは豹人族のチルダだ。
どうやら俺が傷を治せることを理解していないらしい。
「あの、私は目は見えませんが鼻がきくので狩くらいはできます……。ですのでどうか働かせてください……」
闘犬族のアーシアは働かせてくださいなどと主張してくる。
きっと今まで誰からも必要とされてこなかったからこういう発想になるんだろうな。
お兄ちゃん泣けてきたよ。
「取りあえず、アーシアの眼を治すか」
「……?」
アーシアはポカンとしている。
眼を治すという言葉の意味が理解できていないようだ。
俺はバルドールさんと同じように眼球交換キットをアーシアの目に取り付けた。
ずっと立たせているのも何なので、取りあえず2人ともベッドに座らせる。
「あの……これは……?」
目にいきなり双眼鏡のような器具を取り付けられたアーシアは混乱している。
チルダも訳がわからないと首を傾げた。
そうこうしていると、機械が終了の合図を出した。
「よし。アーシア、俺がいいと言うまで絶対に目を開けるなよ。初めて得る視覚情報は刺激がつよいからな」
「? ?」
おれはそっと器具を外した。
アーシアに下を向かせる。
「……良し、そーっと目をあけろ」
言われるがままにアーシアは目をうっすらと開けた。
「……うぁ?」
変な声がでたな。
「うぇ、何コレ、も、もしかして、これが世界……? 目が見えてる……の……?」
初めて見る世界に思考が追いついていないアーシア。
1分くらいボーっとしていたがやがてはっとしたようにこちらを向いた。
「あなたがご主人さまですか?」
「そうだよ」
「目を治してくれたのですか?」
「うん」
俺がそう返事をした瞬間バッと床に跪いてペロペロと俺の足を舐め始めた。
「ちょっ何してんの!?」
「ご主人さま、たいへん失礼しました。アーシアは今後ご主人さまに服従し、一切の命令に従うことを誓います」
上目遣いでおれを見つめてくる彼女の目には涙が溜まっていた。
「いや、そこまで服従しなくていい。普通に言うこと聞くだけでいいから」
「私の魂の全てをあなたにささげます」
聞いちゃいない。
取りあえずこの狂信者は置いておいて、チルダの方に向いた。
「あんたいったい何者?」
「話せば長くなるけど取りあえずお前も治すぞ」
そうして俺はもう慣れたもんだと手際よく欠損部位を再生させた。
細胞粘土は最強。
「嘘。腕があるわ。耳も、尻尾も……!」
チルダは尻尾をブンブン振り回し、耳をピクピクさせている。
やがて俺と目が合い、しばらく見つめ合うと……。
「うわーん!!」
号泣した。




