マリーとデート
「ここが道具屋さんでー、こっちが飲み屋さんなの!」
ぽかぽかと気持ちの良い昼下がり、今日はマリーにシャルドラの街を案内してもらっている。
といっても南区だけで相当な広さだ。
他の区を見るのはまた今度になるだろう。
「マリー、あの赤っぽい鎧を着た人たちはなんだ?」
「あれは騎士さんなの! 南区は赤で、東は青、西が緑で北が黒、中央区は白がシンボルカラーなの!」
あぁだから南区は赤レンガが多いのか。
話を聞くと中央区以外の4区はそれぞれ別の管轄の騎士たちが自治をしており、お互いを意識して競い合っているらしい。
ただ、仲が悪いという訳ではなく、街の防衛などには一丸となって当たるそうなので、なかなか面白いシステムだと思った。
そのあとも街をブラブラして流行りの服を試着してみたり、焼き鳥を食べたりと楽しんでいると、メインストリートから外れた通りでなにやら剣呑な雰囲気の集団に出会った。
「おい店主、テメェの店は客に虫入りの芋を出すのかコラァ!」
「む、虫が入るなんてことありません! 言いがかりはよして下さい!」
ガラの悪そうな3人組が芋料理を販売している屋台の店主を取り囲んでいる。
こういうのなんていうんだっけ?
「たいへんなの!」
「取り敢えず、騎士さんを呼ぶか」
先ほどの騎士の所に戻ろうとした時、悪漢の1人が店主を掴み上げ、道端に放り出した。
「大人しく賠償金を払えよ」
「馬鹿いうな! き、騎士団が来たらお前らなんて――」
「うるせぇ!!」
男が拳を振り上げた。
めちゃくちゃだな。
普通ならこんな下らないことで前科持ちになりたくないと考えるものだが、そこまで頭が回らないほどの馬鹿なようだ。
顔が真っ赤なところを見ると、かなり酒が入っているように見える。
流石に殴られるのを黙って見ているわけにもいかないので、間に割って入った。
「おいおい、暴力はいかんよ」
「なんだテメェは!?」
男に相対する。
無精髭にハゲ頭、ビール腹のダメ人間代表みたいな男だが、なかなか鍛えているようにも見える。
「関係ねぇガキはすっこんでろ!!」
男の拳は店主ではなく俺に振り下ろされた。
はっきりいって俺に戦闘の経験はない。
暴力を振るおうものなら、30分後に逮捕されるような社会にいたからだ。
だが、俺の種族は半人間、半コットランド。
コットランドはかつて最強の蛮族と恐れられた種族で、産まれつき鋼の肉体を持つとされている。
つまり力はあるがテクニックがないパワーバカというわけだ。
そんな俺が相手に勝つには、とにかく攻撃を当てることに集中するべき。
じゃあ、どうすれば当たるか。
それは相手が防御の姿勢を取れない時を狙う、すなわち――。
「えい」
「ぶほぉ!!」
相手の攻撃をかわして適当に放ったボディーブローは型も当たりどころもめちゃくちゃだったが、ごり押しで相手を沈めた。
カウンターだ。
この程度の相手で、正面から相手の攻撃を受ける場合のみ、俺は勝てる。
前の豚の化け物のように不意の出来事には対処できないが。
「ごほっ、うぇぇっ、テメェら、やれっ」
うずくまった男がうしろの男たちに指示をだす。
男たちは両手をこちらに突き出したかと思うと、なにやら手が光り始めた。
――魔法か!
こんなチンピラが魔法を使うなんて完全に予想外だった。
どうしたら良いか分からないが取り敢えずマリーを怪我させてはいけないと思い、彼女を抱き抱えた。
何か相手の攻撃を防ぐアイテムはないかーー。
思考が間に合わず、ジャネットが判断を下す前に相手の両手から光弾が放たれたその時、真上から何かが落ちてきた。
人だ。
灰色の髪に黒いマント、腰にフルーレを携えた男性の後ろ姿。
どこかで見たことのあるシルエットだ。
彼がフルーレを軽く振るうと光弾が弾け飛んだ。
「幼子と神官相手に3人がかりで暴行とは、言語道断なり!」
このダンディーな声は……。
「パルフィーユさん!?」
「ヤマト殿、しばし待っておれ」
そういうとパルフィーユさんは3人の方に駆け出していった。
悪漢達は腰を抜かして「串刺し!?」などと狼狽している。
串刺しって何だろう。
パルフィーユさんがフルーレを構えてちょんちょんと優しく男達を突くと、突如3人はどこから出したか分からない悲鳴を上げ、泡を吹いて倒れた。
雀蜂かよ。
騒ぎを聞いて駆けつけた騎士に悪漢は引き取られ、ひとまず助かった。
◆◇◆
「いやー助かりました」
「なんの、こうして剣が振るえるのはひとえにヤマト殿のおかげ故、当然のこと」
「ヤマト兄も、おじちゃんも、ちょーかっこよかったの!」
あのあと俺たちは近くの茶屋に入って一緒に食事をとった。
何でもパルフィーユさんの家がすぐ近くにあって、窓から俺たちが見えたらしい。
「パルフィーユさんの剣の先っちょが触れただけで相手悶絶してましたね」
「うむ。吾輩の固有魔術〈弱点看破〉は相手の身体の最も弱い箇所を点で見抜くのだ」
紅茶を優雅に飲みながら自らの能力を説明してくれた。
なるほど、それで武器がフェンシングのフルーレだったのか。
「……それにしても吾輩がギルドを離れてから冒険者の質も随分と落ちた」
コトリとティーカップを置きながら落胆するパルフィーユさん。
あの3人は騎士団が確認した所、Dランクの冒険者だったらしい。
朝まで酒場で酒を飲んで、街に迷惑をかける常習犯だそうだ。
今回の件でかなり重い罰が下る。
「マリーもこの前冒険者の護衛に騙されて、塩をぬすまれたの!」
「なんと、あの事件の被害者はマリー殿であったか」
どうやら塩強奪事件はかなり有名になっているらしい。
前代未聞だそうだ。
バーニーたちに俺が与えた塩はバーバラ商会がもしもの時に貯めていたものと説明しているので今の所問題はない。
「よく今までの状態で〈巨人狩り〉を乗り越えてこれたものだ」
「巨人狩り?」
「おお、ヤマトどのは知らぬか。〈巨人狩り〉とはな……」
なんでもあの馬鹿でかい森(ジャラの大森林というみたいだ)の地中には〈グリーンジャイアント〉という魔物が埋まっているらしい。
そいつは春から夏にかけて大森林中の養分を吸い上げ、巨大化し、夏の終わりに地中から這い出てシャルドラに進行してくるそうだ。
その時はシャルドラの騎士団、冒険者全員で防衛にあたり、それが終われば祭が始まるらしい。
あと2ヶ月後くらいに起きるみたい。
「今年は大御所たちの復帰とヤマト殿の能力でつつがなく終わりそうだがな」
「怪我人は任せて下さい」
そんな化け物と戦いたくない俺は治療に徹することを心に誓った。
◆◇◆
「今日はとっても楽しかったの!」
「そうだね、いい休日だったよ」
日も落ちてきたので俺たちはバーバラ商会の近くまで戻ってきた。
夕日が綺麗なので石垣に腰をかけて二人で眺めている。
「ヤマト兄は、いつかお家に帰っちゃうんだよね?」
「うん、家族が待ってるからね」
突然いなくなった俺を一体どれだけ心配しているだろうか。
普段はそっけない母ちゃんだけど、おれのことを溺愛しているツンデレだということは分かっているので、もしかしたら大変な事になっているかもしれない。
「マリー、ヤマト兄がいなくなったら悲しいの。ロゼも泣くと思うの」
「俺も寂しいよ。でもやっぱり、故郷が忘れられないから」
「ん……あのね、ヤマト兄……マリーね」
マリーが何かいいかけた時に、遠くの方から小さい影が全速力で近づいてきた。
「あー! やっぱり神官さんだ! 会いたかったですー!」
マリーと同じくらい背が小さくて、ブラウンのくせっ毛が可愛い目のクリクリした女の子。
どこかで見たことがあるな。
そう思っていると、その子が俺にダイブしてきて抱きついた。
ごふっ。
「ナタリア!? 何してるの! ヤマト兄から離れるの!」
どうやらマリーの知り合いらしい、
「あらマリーじゃない。何してるの?」
「何してるのじゃないの!そこはマリーの席なの!」
マリーも俺の膝に座ろうとしてナタリーとやらを追い出そうとしている。
「ちょっやめてよ! これから神官さんと蜜月の時をすごすんだから!」
「いきなり現れて何言ってるの!」
ついに取っ組み合いになってしまったのでマリーとナタリアを引き剥がした。
あ、思い出した。
最初に治療した女の子だ。
「ナタリアちゃん、怪我はもういいの?」
「はいっ! おかげ様でなんともありません!」
ゴシゴシと頭をこすりつけてくる。
小動物みたいだな。
「ナタリア、また怪我したの? ヤマトに迷惑かけたらだめなの」
「あら、マリーみたいなお子ちゃまに抱きつかれるより、私のようなレディに抱きつかれたほうがいいにきまってますわ!」
「マリーお子ちゃまじゃないのー!」
ポカポカと殴り合いを続けるので仕方なくアイテムボックスからシュークリームを出してあげた。
一口食べた2人は目を輝かせて一心不乱に食べ始め、白いヒゲができていた。
どっちもお子ちゃまだな。