シャルドラの眠れる獅子たち
あれから1週間、俺は治癒院に通い続けた。
最初は治癒院に男がいるということで不審に思われたりもしたが、今では俺の能力もそこそこ知れ渡った。
「ヤマト様! おはようございます!」
「ヤマト様ー! 今日もよろしくー!」
神殿に入ると女神官たちが笑顔で挨拶してくれる。
彼女たちは治癒の他にもやることがたくさんあるので、仕事を変わってくれる俺に対してすごく親切だ。
しかもみんな可愛い。
座って薬を出すだけの仕事で、女の子に囲まれ、情報も手に入る。
楽に生きるがモットーの俺にはここは楽園だった。
今日もバリバリ(ジャネットが)患者を治してやろう。
そう思っていたが今日治癒院を訪れた者たちはなんだか変わった奴らだった。
◇◆◇
「ふが、ふが」
「ちょっと、あんたがエルフィスの使いかい?」
今俺の前にいる二人ははっきりいって変だ。
ふがふが言っているのは身長が2mくらいある大男で腹が樽のようにでかい。
頭はハゲているが両サイドに毛が残っており、横にはねている。
腕も太く、筋肉の塊みたいな奴だが、どうやら歯がないみたいだ。
その男の腕に抱えられているのはお団子頭の少女だ。
男と対比しているからかものすごく小さく見える。
「セイレさん、エルフィスの使いって何ですか?」
「エルフィスというのは治癒の神のことです。その神が地上に使徒を送り込んで人々を治癒すると信じられているんですよ」
俺は何やら大層な御仁に勘違いされているらしい。
「俺はヤマトといいます。エルフィスの使いではありませんよ」
「そんなことはどうだっていいんだ。アタシと旦那を治せるか、それが問題だ」
旦那!?
この少女と巨漢が夫婦だと?
いったい夜の営みはどうなってしまうんだ……。
人妻少女の物言いにセイレさんがちょっとムッとしていて可愛いが、俺は気にしていない。
「お二人はどうされたんですか?」
「アタシは昔腰をやっちまってまともに歩けないのさ。旦那は見ての通り歯が全部無くなっちまって、自慢の槌を持っても踏ん張れやしない」
「なるほど」
(女性の方は重度のヘルニア、男性の方は歯がありません)
歯がありませんっていう診断が面白かったので吹き出しそうになってしまった。
(女性にはヘルニアオート手術コルセットを巻いてください。男性の方の口形のスキャンに成功、この入れ歯を渡してください)
「えーっと奥さんはそこに横になってください」
ベッドに奥さんを寝かせ、機械っぽいコルセットを巻く。
(十分で終了します)
「十分ほどで終わりますので、その間はアメでもなめててください」
そう言って奥さんに飴玉を渡した。
「こんなもので本当に治るのかい? それになんだこの玉は……おいしい!」
「ははは」
奥さんがコロコロと飴玉を楽しんでいる間に旦那さんの方を治療する。
「えーと旦那さん、ちょっと口を開けてもらえますか?」
「ふが」
口の中を薬用スプレーで消毒し、旦那の大きな口の中に入れ歯を放り込んだ。
「ふが、ふが、ふが・・・・・・ん?お、おお……」
お、うまくはまったようだな。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」
直後に男の咆吼が治癒院を揺らした。
ビリビリする。
俺は咄嗟にセイレさんの耳を塞いだので自分の耳へのダメージが半端ではない。
「しゃべれる! 物が食える! うははは!」
「アンタ、ほんとに治ったのかい?」
「ヒルダ! 治ったぞ! うははは!」
テンションが高すぎてドシドシ地面を踏み鳴らしている。
この建物壊れないかな。
そうこうしているうちにヒルダさんのコルセットから音がしたのではずす。
「どうですかね?」
「どうってあんた、こんなもんでなにが……ん?」
恐る恐る立ってみるヒルダ。
背筋がピンと伸びている。
「や、やったーーー!!!」
旦那ほどではないがでかい声をかましてきた。
うるさい夫婦だな。
「やったよアンターーー!」
「ヒルダー!」
旦那さんと夫婦の熱い抱擁かなと思ったら違った。
ヒルダさんが旦那に突進したかと思えば、その巨体が入口まで吹き飛んだ。
「……かぁーやっぱりなまってるわ。こりゃ鍛え直しさね」
俺とセイレさんは目が点になっていた。
「ヤマト! アンタには感謝してもしきれないよ! 困ったことがあったらなんでもヒルダ姉さんに相談しな!」
「あっじゃあ、入口の扉、修理してもらえませんかね?」
切実な悩みだった。
◇◆◇
次に訪れてきたのは老婆だった。
「なあ、あんたこいつを治せねーかな」
老婆の口調は若者っぽかったが、見た目はかなり皺枯れており、100歳と言われても信じるくらいだ。
この人がこいつと言ったののはおそらく耳のことだろう。
彼女は両耳を失っていた。
「耳部の再生ですね。一度切断面を作ってから細胞粘土を使いましょう」
こうした欠損は細胞粘土で再生できる。
「治るのか?」
「おそらく」
麻酔を打ち、専用器具で綺麗な切断面を作って、粘土をジャネットの指示する分だけ押し当てた。
するとたちまち粘土は彼女と同化し、綺麗な耳を形どった。
ツンと尖った長い耳。
エルフ耳だ。
「おお……」
老婆が感動のあまり涙し、打ち震えている。
すると彼女の体が淡い緑色の光を放ち始めた。
「戻る……戻ってくる……!魔力が!」
緑色の光はどんどん強くなり、直視することもできなくなった。
カッと光が弾けたかと思うと、そこに老婆はいなかった。
そこにいたのはサラサラの金髪のお姉さん。
緑の瞳のエルフだった。
「はい、鏡です」
鏡を出してあげた。
俺は魔法の世界だからこうゆうこともあるんだ位に思っていたが、セイレさんは驚きのあまり言葉をうしなっていた。
「これが、あたし……。よっしゃああああ!!」
美人なのに言葉遣いが汚いなあ。
「お前すっげーな! まじでありがとう! これで魔法が使えるぜ!」
エルフさんは俺の手を握ってブンブン上下に振っている。
「アタシはハリベルていうんだ! 御礼がしたいから今度またくる!」
そう言ったハリベルさんは走ってどこかに行ってしまった。
◇◆◇
次に来たのはドワーフだった。
背がちいさく、鼻が大きいひげもじゃのじいさん。
theドワーフって感じの人だ。
「ワシの指を治していただきたい」
差し出された彼の手には指がついていなかった。
「どうしたんですか?これ」
「魔剣の手入れをしとって、気づいたらこうなっとりました」
気づいたらって……。
おれは先ほどの老婆と同じ方法で指を再生させた。
「おお! 素晴らしい! ちゃんと動くわい!」
「良かったですね」
ドワーフってのは鍛冶で有名だから、指がないと困るのだろう。
「ワシの名前はデレジと申します。誠にありがとうございますじゃ」
目に涙をうかべたデレジは俺の手をガッシリ掴んで感謝してきた。
「デレジさんお酒のみます?」
「酒は大好物ですじゃ」
「じゃあ快気祝いということで」
おれは日本酒とバーボンをデレジさんに包んだ。
度数が強いほうがいいだろう。
「おお、何から何まですまんのお」
「いえいえ。その代わりこれを店の前に貼って欲しいんですけど」
そうして俺は
〈帰還の魔術探してます バーバラ商会〉
とかかれたプレートをデレジさんに渡した。
「お安い御用ですじゃ。他にも困ったことがあったら言ってくだされ」
「おりがとうございます」
上機嫌のデレジさんは大事そうに酒を抱えて帰っていった。
◇◆◇
「……」
次に来たのは黙して語らない高校生くらいの女の子。
赤と金を基調としたかっこいいローブを身につけている、金髪のボブカットだ。
彼女が空中を指でなぞると光の文字が浮かび上がった。
読めないのでセイレさんに頼む。
「なんてかいてあるんですか?」
「ええと、あ、すごい、こちらから読めるようにかかれてますね。声が出ない助けて、だそうです」
(声帯に炎症有り。こちらのロボットを口に入れて下さい)
するとアイテムボックスから四足の蜘蛛のようなロボットがでてきた。
「ちょっと口開けてもらっていいですか」
「……」
少女が小さな可愛い口をあけた。
すかさずロボットを放り込む。
「!!」
「大丈夫ですよー。その子が治してくれますから」
5分くらいして、ロボットが口の中からでてきた。
唾液まみれになっている。
ゴクリ……。
「……あ、あ、しゃべれる……」
「お、成功ですね」
どうやら無事にロボットが治療したみたいだ。
「……ありがとう。……恩に着る」
なおった少女の声はとてもか細かったが、どこか嬉しそうだった。
◇◆◇
次に訪れたのはダンディーな男性。
30代くらいで灰色の髪とヒゲがクールだ。
この男には片腕がなかった。
腰にはフェンシングの剣を携えている。
「……腕をなおしたい。治るか」
「治りますよー」
たとえ腕だろうが足だろうが細胞粘土ですぐに治せる。
これを開発したらしいハーバル星人にみんな感謝したほうがいい。
俺は手際よく腕に切断面をつくって、粘土をつけた。
粘土はうねうねと形を変えて、ダンディーの手を形どった。
「おお!!」
ダンディーはブンブンと腕を回している。
クールな人かと思ったが存外子供っぽい。
「これでまた剣がもてる! 吾輩の名はパルフィーユ! ヤマト、殺したい奴がいたら俺に言ってくれ!」
……あぶない人だった。
◇◆◇
今日の最後の客は老人の男性だ。
周りを杖で探りながらゆっくり近づいてくる。
おそらく盲目なのだろう。
「ごめんください。エルフィスのお使い様はいらっしゃいますか」
「あ、そう呼ばれているのは俺です。ヤマトといいます」
「おお、私はバルドールというものでございます」
俺は老人を椅子へ座るように案内した。
「三十年前から目が見えないのです」
「そうですか。それは大変でしたね」
(ジャネット、どんな感じだ?)
(白内障ですね。眼球を入れ替える必要があります)
「バルドールさん、目を再生するには今ある眼球を取り出す必要があるんですけれども……」
「どうせこの目は死んでおります。どうぞやってくだされ」
迷いのない老人の言葉に感心した。
白髪のオールバックにガッシリとした体。
昔は武人だったのかもしれない。
「ではこちらを目に取り付けますね」
俺は双眼鏡のような装置をバルドールさんの目に取り付けた。
中には眼球が入っていて、自動的に交換してくれるオート手術装置だ。
10分くらいすると、終了を告げる音が鳴った。
「いいというまで目は開けないでください」
「分かりました」
俺は機械を外し、眼球が交換できていることを確かめた。
「では下をむいて、ゆっくり目を開けてください」
「……お、おお!! みえる! 見えるぞ!!」
どうやら成功したようだ。
バルドールさんが歓喜に打ち震えている。
「これで孫の顔をおがめますぞ! いやぁヒルダに言われたときは半信半疑だったんじゃが、来てよかった!」
「ああ、ヒルダさんの友達ですか」
「昔の冒険仲間だ! ヤマト、何かあったら俺の家に来い! こう見えてもいろいろ顔がきくんだおれは」
それはありがたい。
俺はバルドールさんに帰還の魔術の件を告げて、その日の治療をやめた。
セイレさんや女神官さんたちと戯れて、バーバラ商会へ帰宅し、バーニーといちゃついて眠りについた。
◇◆◇
――その日、シャルドラの冒険者ギルドは激震した。
活動を停止していたSランク冒険者1名、Aランク冒険者5人が突如ギルドに舞い戻ったからだ。
〈結界のバルドール〉
〈巨槌のダンガボルト〉
〈麗しのヒルダ〉
〈串刺しのパルフィーユ〉
〈戦鍛冶師デレジ〉
〈無限詠唱キリリカ〉
シャルドラの冒険者でこの名を知らないものはいない。
あるものは涙を流して喜び、あるものは恐怖で震え上がった。
そして時を同じくしてBランク冒険者〈耳なしのハリベル〉が姿を消し、エルフの美女ハリベルがギルドに加わった。
珍しいエルフを誘拐しようとしたものが数人現れたが、彼らは等しく耳を削がれてしまった。