神殿
「でかいな。それに美しい」
俺は今炎の神殿の前にいる。
地球にあるパルテノン神殿のようだが、色が全く違う。
全体が綺麗な赤茶色でぬられていて、街のアクセントになっている。
石の階段を上り、中に入ると何人かの神官がいた。
女が多い印象だ。
神殿の奥にある神々しい像に祈りを捧げている女性がなんとなく一番偉いのではないのかと思い近づいてみる。
するとそれに気がついた女性は祈りを止めてこちらを向いた。
邪魔してしまっただろうか。
「どうかなされましたか?」
透き通るような声をした女性の神官は俺と同じ黒色の長い髪をしていたが目を引くのはそれだけではない。
清楚な白色を基調とするゆったりとした神官服でもごまかしきれないたわわな2つの果実。
清廉な雰囲気が逆に色気を際立たせている。
けしからんな。
「いえ、ちょっとお尋ねしたいことがありまして。邪魔してしまったでしょうか」
「大丈夫ですよ。立ち話もなんなのでこちらにどうぞ」
そうして俺と巨乳神官は部屋の横に置いてある長椅子に座った。
「何を知りたいのですか?」
「えーと、まず帰還の魔術というものを探しているのですけれど、聞いたことがありますか?」
「帰還の魔術ですか。申し訳ありません、分からないです」
「そうですか……」
残念だが仕方がない。
今日俺が聞くのは時の神殿についてだからな。
「では、時の神殿は分かりますか?」
「時の神殿ですか。懐かしい名前です」
おっ何か知っているみたいだ。
ようやく手がかりがつかめるかもしれない。
「あなた、ああ、まだ自己紹介してませんでしたね。私は炎の神殿の巫女をしております、セイレと申します。ええと……」
「ああ、これは失礼しました。私は旅人の伊賀ヤマトという者です」
「ヤマトさんですか。では、ヤマトさんは時の女神の伝説をご存知ですか?」
「いえ、知りませんね。なんでしょうか」
するとセイレさんはすっと席を立ち、数歩歩いて神話を語り始めた。
かつて世界は地上で密かに力を蓄えていた堕神の手よって混沌の渦にのまれた。
堕神は天界と地上を闇で遮り、神の子らを殲滅すべく悪虐の限りを尽くした。
地上の者たちは殆ど死に絶え、魔の者たちが溢れかえり、大地は荒れ果てる。
いよいよ世界が終わりを迎えようとしたその時、ひとりの女子が立ち上がった。
名を時の巫女イリス。
彼女は言った。
天界との繋がりが立たれた今、頼れる神はただ一柱、
地上の世界で眠りについている時の女神様だけだと。
彼女は時の女神を目覚めさせるために生き残った者たちを集めて祭りを開いた。
呑めや歌えや騒げや踊れ。
祭囃子に誘われて、1000年の眠りから覚めた女神様。
巫女の懇願により、地上の時間は堕神が完全に蘇る前まで戻された。
ただ一人記憶の残った時の巫女は、堕神を倒すべく、
勇者アルベルトやその仲間たちと協力し、見事世界を救ったのだ。
しかし堕神もただでは死ななかった。
時の巫女に呪いをかけ、彼女を道連れにしていったのだった……。
「……という伝説があります」
「時の女神様すごいな!」
普通に感心してしまった。
時の神殿はその女神に関係することなのだろうか。
「しかしこの伝説はあまり信じられていないのです」
「え、そうなんですか?」
「はい……。勇者アルベルトは実在したのですが、なにぶん当時の情報が不足していまして。時間が巻き戻ったことで証拠が消えたと主張する人もいるのですけれどね」
たしかに荒廃した世界が存在することを体感したのは時の巫女だけとなると、信憑性が足りなくなるな。
「ですのでこのお話は勇者アルベルトの英雄譚の中ではマイナーな作品になります。私は寝物語に聞かされていましたけれど」
「そうなんですか……。それで、時の神殿というのは?」
「堕神が倒された後、女神が眠りについたとされるところが時の神殿です」
「どこにあるのですかね」
「うーん。わからないですね。実在するかもわかりませんですし」
おーまいごっど。
じいちゃん直伝のソーラン節で女神をたたき起こして俺がここに来る前まで時間を戻してもらうという咄嗟に思いついた計画が崩壊した瞬間だった。
◇◆◇
「セイレ様、急患です!」
「! いま行きます!」
何やら神殿の中が慌ただしい。
とりあえすセイレの後ろについていくと、神殿の横に建っている教会のような建物の中に入っていった。
中には女性の叫び声がこだましている。
「セイレ様!! うちの子供が屋根から落ちてしまって!」
「これは……」
母親らしき人の腕に抱かれていつのは血まみれの少女。
血が出ているのは頭からで、すこしえぐれている。
セイレが少女の頭に手を当てて何かをつぶやくと、淡い光が傷を覆った。
おそらく傷を治す魔法か何かだろう。
こうしているうちにも少女の顔色がどんどん悪くなるので、ジャネットに診察させた。
(軽度の脳震盪。外部に受けた損傷大。こちらの薬を塗ったあとにこちらをつけて下さい)
「ちょっと失礼」
「ヤマトさん?何を……」
俺はジャネットの指示に従いに最初に出てきたチューブから塗り薬を出して塗る。
すると出血が止まった。
次に粘土状の物体を傷口に近づけると、それはたちまち傷を塞ぎ少女と同化して元の頭に戻った。
(少女の組織の再生に成功。あとはこの薬を飲ませてください)
「お母さん。この子の目が覚めたらこの薬を飲ませてください」
自分の子供の傷がみるみる塞がる様子をみていた母親は呆然としていたが、ようやく自分の子供が助かったのだと理解すると泣きながら俺の手を握り、何度もお礼を述べてきた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いえいえ」
俺は何もしていないのでジャネットに申し訳ない気持ちになる。
周りにいる神官たちも尊敬の眼差しで俺を見ていた。
「ヤマト様、あなたはいったい……」
◇◆◇
「この度はまことにありがとうございました」
「いえ、たいしたことではないので」
あのあと、セイレさんにお礼がしたいと言われた俺は神殿の中の休憩所で一緒にランチをすることになった。
セイレさんがサンドイッチを作ってくれたので、喜んで食べた。
美人が作ったサンドイッチにまさる昼食などない。
「ヤマトさん、あれだけの魔術をつかってなんともないのですか?」
「余裕ですね。俺くらいのレベルになると」
なんだかジャネットが冷ややかな目でみている気がするが気にしない。
「神殿って病院の役割もあるんですね」
「はい。隣の治癒院で民の傷や病を癒すのも仕事です。神官には治癒の魔術が使えないとなれません」
「それって固有魔術なんですか?」
「そうなんですけれど、使える人が多いため、属性魔術のようにも捉えられますね」
そーなのか。
巫女とナースを両方兼ね備えた巨乳。
最強だな。
「お金は取らないのですか」
「はい。神殿は国のお金とお布施以外のお金は基本的に受け取りませんので」
医療費0とは、太っ腹だな。
「神殿で手に負えない傷や病を有料で治すお医者様もいらっしゃいます。ですが庶民にはなかなか手が出せませんね」
「そうなんですか」
うーん、その仕事につくのは悪くないなと思っていると、セイレがこちらを見つめてきた。
「……ヤマトさん。もしよろしければ、治癒院に力をお貸し願えないでしょうか。」
「俺がですか? うーん、どうしようかな」
果たして俺に人を治療している暇があるのかどうかが問題だ。
しかし美人のお願いだから無下にはできないな。
「身勝手なお願いとは思っておりますが、ヤマト様の力があれば多くの民が救われます。お暇があるときでも構いませんので、どうか気が向いたら治癒院に足を運んでくださいませ」
セイレさんが深々と頭を下げる。
この角度からだとその罪深い谷間がよくみえて、非常によろしい。
「医者の仕事を奪うことにはなりませんかね」
「それは大丈夫です。シャルドラのお医者様は副業で医者をやっておられますので」
医者が副業って初めて聞いたな。
じゃあ問題ないか。
「分かりました。微力ながら神殿に協力します」
「! 本当ですか! ありがとうございます! なんと御礼申し上げて良いか……」
「はっはっは、気にしないでください」
神殿で治療するというのは悪い手ではない。
多くの人と関われるし、治療してあげるんだから積極的に情報をくれるだろう。
シャルドラでの社会的地位も確立できるし、なにより女神官に囲まれるというのが良い。
明日からはこの神殿で情報を集めようと決意した俺であった。