肉食の女
「えーそれでは、無事にこうしてみんなが生きていることを神に感謝して……」
「「「「カンパーイ!」」」」
俺たちはあのあと合流してひとまずバーバラ商会に戻った。
バーニー達も賠償金は全然取れなさそうらしく、意気消沈気味。
あの冒険者たちは指名手配されて懸賞金がかかるみたいだ。
バーニー達を襲った冒険者以外にも2つのパーティーと連絡が取れないらしく、ギルドには不穏な空気が流れているみたい。
そして俺たちは今、憂さ晴らしの宴に興じている。
高級肉料理をメインに、ご馳走を机の上に所狭しと並べてみた。
ロゼとマリーはオレンジジュース、バーバラはビールで乾杯している。
「お肉やわらかーい! 口の中ですぐ溶けちゃうわね!」
「ぷはぁ!このびーるという酒は体に染み渡るなあ」
「オレンジジュース甘くて美味しいの!」
三人には大好評で、どんどん料理が消えていった。
すごい食いっぷりだ。
最後に苺のショートケーキを出してみたところ3人の目の色が変わった。
「宝石みたいね、お菓子?」
「甘いお菓子だよ、食べてみて」
ケーキを口に含んだ瞬間に彼女たちの目が見開いたのを見た。
「おいっしい……!」
「……!」
「ふぁー幸せなのー」
女は甘いものに目がないのは知っていたけどまさかここまでとは思わなかった。
目がとろけている。
もう1つ欲しいとせがまれたが「太るぞ」という俺の言葉に苦悶の表情を浮かべて彼女が諦めたところで、宴は終了した。
「ヤマトの魔術はほとんど反則ね!」
ケーキを平らげて幸せそうなロゼに尋ねられる。
実際この能力を使えばいくらでも金儲けができてしまう。
ただ、この世界の商人や第一次産業に携わる人々の仕事を奪うのも気が引けるので、ほどほどにしようとは思うが。
「固有魔術には対価が必要ときくけれど、ヤマトは大丈夫なのか?」
その話は初めて聞いた。
どうしようかな。
「……大丈夫だ」
意味深な感じでそう呟いてみた。
「そんなことより、塩は売れそうか?」
「ああ、品質がすごくいいからいつもより高値でうれそうだ」
よし、情報を集めるのには先立つものが必要だからな。
バーニーにはしっかり働いてもらおう。
「よろしく頼むよ」
「あ、ああ。任せてくれ」
バーニーの目を見て微笑んだら頬を染めて慌てていた。
可愛い。
◇◆◇
客室のベッドの上で仰向けになりながら、これからのことを考えた。
この世界は危険だ。
人の命が平気で脅かされる。
だから俺の最終目標は帰還の魔術だとしても、当面の目標は基盤の確保にしたほうが良い。
信頼できる護衛や仲間を作って、身の回りの安全を確保。
それから顔を広くして情報をたくさん仕入れられる環境にする。
これが帰還の魔法に近づく近道だと俺は思う。
ぐるぐるいろんなことを考えていると、誰かがドアをノックした。
「どうぞー」
「し、失礼する」
中に入ってきたのはバーニーだ。
しかしこの格好は……。
「綺麗だね」
「あ、ありがとう。変ではないか?」
顔を真っ赤にしているバーニーは妖艶なネグリジェに身を包んでいた。
ゆったりとした黒い生地にフリルやレースがついていて、中の赤い下着が透けて見える。
見た瞬間に俺の愚息がいきり立った。どうどう。
バーニーはベッドに腰をかけて濡れた瞳でこちらをみている。
「酔ってる?」
「少し、な。でもちゃんと頭は働いている」
これは俺に抱かれに来たということでいいんだろうか。
今すぐに押し倒したいという興奮をぐっとこらえる。
「無理に体を差し出しているわけじゃないのか?」
「違う。お礼という意味もあるけど、それだけじゃないし」
そういってバーニーは俺の腕によりかかった。
綺麗な赤い髪からは先ほど貸したシャンプーの香りがする。
改めてバーニーを見ると胸はでかくて身体は引き締まっており、顔立ちは女優さながらの美人である。
この女とヤれるのだという現実に俺は下半身の猛りを抑えきれなかった。
「別に深く考えなくていい。いい女が夜に部屋に遊びに来たんだ。分かるだろう?」
「俺はすぐ故郷に帰るけど、いいのか?」
「関係ないよ。今は今さ」
そう言ってバーニーのプックリとした唇が俺の口を塞いだ。
この状況で我慢できる男なんて世界中どこを探してもいないだろう。
そのまま口内を蹂躙し、彼女の上に覆いかぶさった。
長い夜のはじまりだった。
◇◆◇
「あぁーやっちまった」
朝目を覚ますと隣で裸の美女が寝息を立てている。
髪は乱れてるし、シーツは赤いし、もうめちゃくちゃだ。
俺はバーニーに〈診察〉をかけてみた。
『対象に異常はありません。薬が正常に働いているため妊娠の心配もございません』
そうですか。
ジャネットが出した避妊薬はちゃんと効いたみたいだ。
安心した俺は部屋を出てリビングに向かった。
すでにマリーとロゼは起きていたがロゼの様子がおかしい。
「き、きき、昨日はお楽しみでしたわね?」
「昨日のパーティーは楽しかったの!」
ああ、ロゼには聞こえてしまっていたのか。
あれだけバーニーが声を出していたからしかたがない。
俺はロゼをからかうことにした。
「ロゼもお楽しみだったんじゃないか?」
「な、なな、何の話よー!」
顔を真っ赤にしたロゼは走ってどこかに行ってしまった。
いったい何をしていたんだかな。
その後遅れてバーニーが登場し、みんなで朝食をとった。
どこかぎこちなかったけど、俺の出したパンの柔らかさにみんな驚いて、楽しい食事になった。
「今日から私達は塩の販売を始めるけれど、ヤマトはどうするんだ?」
「うーん。とりあえず炎の神殿とやらに行ってみようと思うよ」
今のところそれくらいしかすることがない。
塩の利益を得るまでには基盤の確保も難しそうだからな。
神殿は冒険者ギルドからも確認できたので場所は把握している。
帰還の魔術について分からなくとも、時の神殿についての情報ならば何かわかるだろう。
「私たちも商人たちから情報を仕入れてこよう」
「ああ、それは助かるよ。俺が高値で情報を買うつもりだと言っておいてくれ」
帰還の魔術、いったい誰が使えるのだろうか。
使える人はいるのか。
そもそも本当にあるのか。
不安で胸がいっぱいだが、それでも自分の取れる最善の行動を選択しようと思う。