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「寒い。死んでしまう」
「こんなんで凍死するほど人間はやわじゃないわよ」
シャリシャリと足元の雪を弄びながら弱音を吐く俺に対し、母ちゃんは何ともないような顔をしながらバス停の待合所でスマホをいじっている。
なぜ氷点下4度という極寒の中で、地上を移動する乗り物を待つという非効率なことをしなければならないのか。
俺には理解出来ない。
「あと何分くらいで”バス”くんの?」
「20分」
婆ちゃんの家に行くというただそれだけの行動に一体どれだけの時間を使うのかと気が遠くなってきた。
これだから田舎の惑星は好きにはなれないよ。
◆◇◆
様々な種族が宇宙へと生活圏を広げ、他の惑星の文化生命体との交流を持ち始めてからもう随分と時間がたつ。
文明は格段に進歩し、仕事の多くは機械に奪われ、余暇の時間が労働時間を上回る気楽な世の中だ。
中には機械に頼ることを止め、自然と共に歩み、人間本来の姿に立ち返ることを主張する人もいるけど、俺はそうは思わない。
楽できるならすればいいじゃないか。
そんなスタンスの俺だから今回の母方の実家への帰省も乗り気ではなかった。
チキュウのニホンという島国だ。
そこは星全体が自然環境保護区域に指定されており、最先端の機械技術を導入せずに、比較的、人の力で生活することを推奨している。
俺の父ちゃんが、学生時代に観光で地球を訪れた際、スキー場で出会った母ちゃんに一目惚れして結婚したらしい。
なので俺はいわゆるハーフ。
母親譲りの黒髪と父親譲りの青い眼という見た目に仕上がった。
「あらあらあら、よくきたねぇ」
「久しぶり、婆ちゃん」
あれからバスに揺られること、さらに20分、ようやく婆ちゃんの家にたどり着いた。
田舎の町の中にぽつんと立っている小さな家である。
婆ちゃんの家の前の雪は綺麗に捌けていて、除雪の苦労が伺える。
健康の為に除雪機は使わない主義のパワフルな老夫婦だ。
家の中はすっごい暖かくて、婆ちゃんの淹れた番茶を飲みながらコタツというアイテムに身体をうずめて、ほっと一息ついた。
このコタツだけは認めてやってもいい。
「ヤマトは大学でうまくやってるのか?」
コタツの対面に座っている爺ちゃんが読んだのは俺の名前。
なんでこんな純和風の名前なのかというと、完全に父ちゃんの趣味である。
父ちゃんは結婚した後に母方の姓である「伊賀」を名乗り始めた上に、息子の俺に「ヤマト」という名を授けるほどのニホン好きなのだ。
ちなみに父ちゃんは急な仕事が入ったため、遅れて到着する。
「お陰様で、うまくやっているよ」
「そりゃあすごいな、他の星の勉強なんて、ワシらには想像が付かんほど難しいだろうに」
爺ちゃんは自慢のガイゼル髭をつまみながら、「感心、感心」といって笑った。
「いや〜そんなこともないよ」
俺はヒラヒラと手を振ってそう答えた。
勉強は、無駄なことをしないで必要な事を見極めて、それを短時間めちゃくちゃ集中して取り組めば、そこまで苦しくない。
「お父さん、ヤマトをあんまりあまやかさないでよ。この子ったら、いっつも楽ばっかりしようとするんだから、ダメ人間になっちゃうわ」
「がっはっは、そうかそうか。じゃあヤマトにはすこし仕事を手伝ってもらおうかね」
「たくさんこき使ってやっていいわよ」
俺は帰省期間をこの”コタツ”で過ごすと決心した直後の労働宣告にげんなりした。
まぁ爺ちゃんももう歳だし、機械の補助なしじゃあ大変だよな。
ジジイ孝行も悪くないか。
「仕事ってなにさ」
「蔵の整理をやって貰おうかね」
◇◆◇
「蔵ってこれのことか」
婆ちゃんの家の裏のすこし離れたところにそれはあった。
屋根は雪を被っていて分かりづらいが、瓦とかいうやつで出来ているみたいだ。
民家と言われても信じてしまうくらいデカイ。
「整理しろって言われてもな」
指示が漠然としすぎて、何をしていいかよく分からない。
とりあえず重厚そうな扉に付いている南京錠を取り外して扉を開ける。
素手で開けるなと言われてるので、しっかりと毛糸の手袋を付けた状態だ。
ギイという鈍い音と共に、扉が開いた。
「うっわぁ……」
棚らしきものはすべて荷物で埋まっている。
床には段ボールやらコンテナやらが乱雑に積み上げらていて、中に何が入っているか分からない状態だ。
荷物の名前くらい書いとこうぜ…。
「1回荷物全部出さないと、奥の棚まで届かないな、これ」
めんどくさいけど、こういう時はうだうだ言ってないで直ぐに作業に取り組めば、結果的に一番楽に仕事が終わる。
「しかたない、やりますか」
それから2時間、白い息を吐きながら黙々と作業をこなしていった。
◆◇◆
ふぅ、と額の冷えた汗を拭う。
外に敷いたビニールシートの上に蔵の中のすべての荷物を出し終えた。
コレは地球の老人にはキツイ仕事だわ。
俺の父ちゃんはコットランドと言う種族であり、見た目は地球人と大差ないが、力は彼らの10倍くらいある。
そんな血を引く俺でもこの作業は骨が折れた。
さて、俺には今めちゃくちゃ興味のあることがある。
蔵の右奥の隅の床。
荷物を全部出して倉庫の中を歩き回ったら、そこだけ足音が変わったのだ。
すぐにピンときたね。隠し階段だよ、これは。
日本の時代劇なんかでよくあるやつ、そうに違いない。
部屋でゴロゴロしながら様々な星の映画を見るのが趣味の俺にはそうした無駄な知識が蓄積されているのだ。
その場所をよく見ると、指で摘めそうな小さな窪みがあった。
そこをつまんで持ち上げると、床が外れ、本当に階段が現れた。
「ビンゴ」
俺は迷うことなくその階段を降りて行った。
◇◆◇
薄暗い階段を下りると突き当たりに金属でできた扉があることが分かった。
「ドアノブみたいなものがないな」
扉は真ん中に縦線が入っているのみで、どうやって開けていいものか分からない。
ふと、手のひらを押し当てるように扉に触れてみた。
すると扉が薄く発光し、ポーンと機械音が鳴り響いた。
「!!」
無防備な状態で音を受けたので、心臓が張り裂けそうになる。
エアが抜けるような音と共に扉が左右に開いた。
「何で古めかしい蔵にこんな近代っぽい扉があるんだ……?」
疑問に思いながらも、恐る恐る中に侵入してみる。
その先の空間は実に不思議だった。
部屋のあちこちにある機械や導線、研究室のような雰囲気もさることながら、最も異質なのは中央にある巨大なタマゴ型の装置。
正面には扉が付いている。
人が乗るものなのだろうか。
「なんだこいつは……」
近づいて、扉に触れてみる。
ヒンヤリとした感触が伝わってきた。先ほどと同じ現象が起きたが、今度は驚かずに扉を開けることが出来た。
中に入ると俺は驚いた。
部屋のなかはそこそこ広く、宇宙船のコックピットみたいな内装だ。
電子的なキーボードやタッチパネル、ボタンのたくさんついてある机の正面に、巨大なモニターがついている。
「なぜ地球の日本の田舎にこんな物が……」
俺にはこれが何か全くわからないが、何か大発見をしたのではないかという気分になって、ものすごく興奮している。
デスクを観察していると、電源と書かれたボタンがあることに気がついた。
なんだか押してくださいと言っているかのように主張してくる大きなボタン。
「つけていいかな?」
押したい。
すごく押したい。
……押すか。
突起物を押したいという抗いがたい欲求に敗北し、俺はボタンを押した。
押すや否や、様々なものが起動する機械音がピコピコと鳴り響く。
蛍光ランプやモニターも明かりを灯し、永い眠りから覚めたように機械が作動した。
「何の装置なんだろうな」
デスクの前の椅子に座ってモニターを眺めていると、いきなり画面が変わって、白髪の老人が映しだされた。
「うわっ、誰だこいつ!?」
突然映るものだからビックリしてしまった。
モニターが写しているのは、どうやら録画された映像のようだ。
なにやら黙り込んでいる老人だが、おもむろに語り始めた。
『この機械を作動できたということは、伊賀の直系の子孫だね。君達の誰かがいつか先祖の故郷に戻ろうとするのは分かっていたよ。よくこの場所にたどり着いた。ここまでこれたということは、もう察しがついているね。そう、私がポールだ。向こうは物騒だから、私が改良したアイテムボックスに、役に立つものを入れておいた。使用方法はマニュアルを見てくれ。まずは時の神殿に挨拶に行くといい。きっと彼らも喜ぶだろう。こちらには帰還の魔術で戻れるが、一度帰ったら2度といけないと思った方がいい。あちらの世界は刺激的で面白いから大いに楽しんできてくれ。では、良い旅を』
余韻を残さず、プツリとモニターの映像が終了した。
「……?」
言っていることがほとんど理解できなかったが、何となく自分の状況が読めてきた。
なんか色んなイベントすっとばしてこの場にいるな、俺。
ファンタジックな言葉から察するに、この機械は、伊賀の子孫のためにこのじいさんが作ったゲーム機?か何かなのだろうか。
きっと宝の地図とかそういうのがあって、様々な謎を説き明かし、最終的にたどり着くのがこの場所、のような気がする。
なんだか悪いことをした気分だ。
机の液晶パネルには「起動」のボタンが出現している。ポールとかいうじいさんの意味深なセリフも気になるし、どうしようか。
うーむ。
押したい。
すごく押したい。
この謎の爺さんが残したものの正体が気になってしまった俺の指はこのボタンに吸い寄せられていった。
指とボタンが触れた瞬間、身体に重圧のようなものを受けた。
「うおっなんだ!?」
さらに、装置全体がガタガタ揺れ始め、機械についているランプというランプが点滅を繰り返し、サイレンのような音が鳴り響いている。
『これより、転送を開始します。衝撃にそなえてください。』
スピーカーから博士とは違う、機械っぽい女の声がする。シャッという音が聞こえると、椅子からシートベルトが飛び出して身体を固定してきた。
「ちょ、ちょっと、一旦ストップ、止まって」
呼びかけも虚しく、アナウンスは続く。
『転送準備完了。開始五秒前』
もう何が何だか分からなくなってきた。
安易にボタンを押してしまったことを後悔してももう遅い。
『4、3、2、1』
いったいこれから何が起こるか。
不安9割、期待1割といった心の中で、そういえば倉庫の中身が出しっぱなしだな、とどうでもいいことを考えた。
ピタッと今まで散々わめいていた機械が静止したかと思えばフッという浮遊感が身体を襲った。
その日俺は、世界から消えた。