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夏陰  作者: 五十嵐優哉
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第十九話:ユメ ノ フチ

 もしかしたら、熱に浮かされていたのかもしれない。

 俺はベッドの上、ぼんやりとそんなことを思った。

 ゆっくり目を閉じ、あの再会の日を思い浮かべた。



 あてもなく街中を歩く。

 特に用事もない。

 部活はとっくに休みになっていたし、やってたところでフケるつもりだった。

 家にいても窮屈なだけ。

 ゲーセンでも行って時間を潰そうか、と軽はずみに考えていた。

 その道の途中だった。


 最初に気づいたのは仲川秀一の姿だった。

 細身の体型にしてはなよっとしたところは感じられない。

 ただ低い背とさらっとした癖のない髪のおかげで女に見えるときがたまにある。

 今日は見間違えることはなかったが。

 その隣には気の強そうな目をした女の子。

 あまりに明るく笑っているから、彼女が白石柚季だということに気付くのが遅れた。

 俺には文句ばかりでにこりともしない。

 別にあそこまで微笑まれると逆に何か企み事かあるんじゃないかと思って気味が悪いので構わないが。

 向こうは自分のことに気付いていない様子だったので、そのままおいとましようかと思った矢先、もう一人の存在に気付いた。

 二人よりもずっと幼い印象。

 白いワンピースを身にまとった彼女は線が細く、透き通った肌の色が清楚さを際だたせて見えた。

 見ているだけで汗が引いていく。

 長く腰のあたりまで伸びた髪が羽根のように見えて、神の使いにも思えた。

 だが、俺はそのつぶらな瞳を憶えていた。

 その笑顔も、全部。


 相手が憶えてくれているかは確信がなかった。

 だからといって、このまま背を向けてしまったらもう二度と会えないような気がした。

 そんな後悔をするのだけはごめんだった。

 徐々に距離が縮まっていく。

 彼女は俺に気付いてはくれないだろうか。

 と、先に俺の姿を認めたのか、仲川が俺に向かって手を振ってきた。

 白石の肩をたたきながらはしゃぐ様子がまるで子供っぽく、俺は苦笑しながら手を振り返した。

 なるべく自然を装って目線を少女へ戻す。

 ……柚季には気付かれてしまったようだ。

 白石経由で仲川も少女へと視線を投げかける。

 そうして初めて少女と目が合った。


 鈍い反応。

 再会は、決して喜ばしいものにはならなかった。

 彼女は、俺のことを憶えていなかったのか。

 どこか息苦しくて、俺は視線を外した。

 苦し紛れに、仲川に茶々を入れる。

 敵意のこもった白石の視線が痛かった。

 この状態を続ける訳にも行かず、急だとは思ったが本題に入ることにした。

 

 と、いってもどこから話を切り出せばいいものか──そう言葉に迷ったが、とりあえず自分の名を名乗り、自分のことを知っているか尋ねた。

 彼女の回答を得るまでの数秒間、これほどまでに重苦しい沈黙を味わったのは初めてだった。

 

 果たして、彼女は俺のことを憶えていなかった。

 仕方のないことだ。

 俺だって、彼女のことを責めることが出来ない。

 彼女の顔を見て、初めて思い出したぐらいなのだから。

 これは、きっと俺に科せられた罰だ。

 大切な人だったのに、大切にし続けなければいけない人だったのに、俺は彼女から逃げて、あまつさえ彼女には自分のことを憶えてもらっていて欲しいだなんて、都合のよすぎる話だ。

 俺が間違っていた。

 だから俺は彼女に詫びの言葉だけを掛けて、この場から立ち去ろうとした。

 だが、背中を向けることは彼女の言葉によって遮られた。


 俺は構わない、とだけ言った。

 その言葉の後にあるいくつもの感情を伏せて。

 それに気付かれたのかは分からなかった。

 彼女は俺の手を取り、言った。

 構わないなんてことないよ、と。

 自分のことは憶えてくれているのに、自分がそのことを憶えてないなんて、悲しいことだ。

 そんな悲しい思いはしたくない。

 だから、俺のことを必ず思い出す。

 

 傍目から見れば不審者にしか思えないはずの俺に、彼女はそう言って手を差し伸べてくれた。

 俺はその信頼に本気で応えようと思った。

 やがて、景色がぼやけてくる。

 あぁ、俺は泣いてるんだ、と気付いたのは自分の手の平に涙が落ちて、その暖かさを知ってからだった。


 それから、俺たちは沢山の話をした。

 俺と彼女がどんな関係だったのか、あるいは二人それぞれのことについて。

 彼女はずっと意識不明のまま病院にいて、つい先日退院したのだという。

 俺はその話になったとき、素直に謝った。

 なんの変化もない彼女を見ているのが辛くて逃げ出したことを。

 彼女はそんなこと、と言って笑って許してくれた。

 いろいろなわだかまりが、ゆっくりと溶け始めていた。

 それなのに。


 俺たちは、何処で食い違ってしまったのか。

 分からないまま、俺は夢の淵へと落ちていった。

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