第十四話:螺旋
松林はいつの間にか鬱蒼とした原生林に変わっていた。
全身から噴き出してくる汗は森の湿っぽい熱気に包まれているからか、それとも得体の知れない恐怖から来るものなのか、僕にはわからなかった。
轍はとうになくなっていて、道標を残さずにここまで来た僕には戻るすべがなかった。
けれど、確かにおぼえている。
僕はこの森へ来たことがある。
それはおぼろげな記憶だったけれど、間違いない。
足取りに迷いはなく。
僕は何かに向かって進んでいた。
──手元に時間を計れるものがなかったから、今が何時なのかわからない。
微かに見えた陽は傾き始めていたけれど、まだ夕方というほどでもない。
もっとも、日が沈んでも僕は先へ進む気だったけど。
道と言えるものは存在していない。
多分、時間の経過が人を寄せ付けない土地へと変化させてしまったのだろう。
それでも、足はある場所を求めて先を急ぐ。
とげのある草を手でどけ、擦り傷を作る。
よそ行きの服はところどころ汚れ、草木に引き裂かれてぼろぼろになっている。
荒い息をしながら、僕はその果てにあるものへ向かった。
森は、突然途切れた。
目前には直径一キロぐらいはありそうな空き地が広がっていた。
そこは深紅で染められていた。
視線を移せば夕日が僕へ向かってその身を輝かせていた。
それは何かを訴えているように思えた。
……僕には、それがわからなかった。
広場へ視線を戻す。
真ん中には、真っ赤に染まった鉄塔がそびえ立っていた。
頑丈そうな骨組みで作られたそれは僕の頭上遥か高く、ビル三階建て分ぐらいの高さはあった。
その中心には塔の周りを一周できるように組まれた展望台があって、そこへ行くには塔に張り付くように架けられた螺旋階段を上る必要があった。
僕はその塔を眺めていた。
一歩が、なぜか踏み出せない。
息が今まで以上に荒くなる。
目の前の視界が歪む。
──ふと、声が聞こえた。
目線を声が聞こえた方向、斜め下後方へ向ける。
そこを、三人の子供達が駆け抜けていく。
一陣の風が吹いた。
目線は三人を追いかける。
走ってここまで来たのか、三人は息切れし、肩を上下させる。
一人の女の子が笑顔で二人を見つめ、手を腰に当てる。
「もう、こんなんでへばってちゃダメじゃない」
一人の男の子は口をとがらせ、不平を言った。
「きついってこれは。ねえ──」
横にいた苦しそうな女の子も同意の頷きを見せる。
「ちょっと、休もうよ、ボク、疲れたよ」
ボク──?
微かな違和感をおぼえる。
この三人は、誰なんだ?
彼らに声をかけようとした。
けれど、声は音にならなかった。
そこから、僕は動けずにいる。
できるのはこの情景を見つめ、思考することだった。
「ねえ、あそこ、上ってみない?」
強気がちな瞳をした少女は鉄塔を指さす。
しばらく休んだおかげか、だいぶ整った息づかいだった。
汗を服で拭い、嫌みのない──汚れを知らない──笑みを浮かべる。
男の子は視線を一度そこへ向け、目を伏せた。
「あそこは危ないからいっちゃダメだってお母さんが……」
その一言を拒絶するための睨み顔を少女は返した。
「中学生になってまだ『お母さん』だなんて言ってるの?あ、こわいんだ、──は」
「そんなことないよ、それに、今日は──もいるし」
口を歪まして笑みを浮かべる少女は試すような視線を少年に投げかける。
少年はせめてもの抵抗を試みた。
話を向けられた少女は視線を彷徨わせ、答えを探していた。
しばらく重厚な沈黙が続いたあと、彼女は一つ、頷いた。
「ぼ、ボクは大丈夫だよ?──ちゃんと──ちゃんがいれば、大丈夫」
その言葉とは裏腹に、声色は震えていた。
さっきまでのさわやかな風は無くなっていて、呼吸さえも止まりそうな息苦しさが代わりに僕を支配していた。
三人の行動を注視する。
あの無垢な表情は嘘だったのだろうか、一人強気な少女の笑みは邪悪を形容したそれに変わっていた。
目の前で三人が上っていく螺旋階段の先はどこに繋がっているのか、僕は気づけば理解できなくなっていた。
初めまして、青井みどり改め蒼井碧です。
更新遅れてしまってすいません><。
これからは週末に更新する予定です。
ペースは遅くなりますが、これからも碧をお引き立てよろしくお願いします。
2008,02,09 Midori AOI