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夏陰  作者: 五十嵐優哉
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第十三話:逃避

 次の日は朝から掃除を手伝わされ、午前中は家の用事で終わってしまった。

 柚季の家には午後から行くつもりだったけれど、こうして急な用事が入ると出鼻をくじかれたような気分になる。

 昼食を摂って居間のソファーでぼんやりしていると、頬に冷たい感覚が走った。


「おつかれさま。冷えてるよ、飲む?」


 顔を上げると秋乃がコップを持って微笑んでいた。

 棚を移動させたりと力仕事が多かったのに汗はほとんど出ていなかった。

 僕は感心しながらコップを受け取る。

 秋乃がテレビをつけると快音が響いた。

 映し出されたのは球場で、高校球児達は必死にユニフォームを汚しながら白球を追いかけていた。

 夏の甲子園に向けての地区大会の様子だった。

 汚れ一つない白いワンピース──僕が彼女と初めて会った日に着てたものだ──を身にまとった少女は床にアヒル座りをして画面を観ていた。


「野球、好きなの?」


 僕が尋ねると秋乃は首を振ってよくわからない、と答えた。


「ねえねえ、健ちゃんって野球部なんだよね?」


 頷くと、溜め息を一つ。


「健ちゃん出てこないのかなぁ、見たいなあ、健ちゃんの野球してる姿」


 今年の野球部は一回戦敗退だった。

 そもそも僕のいる高校の野球部は弱小と呼ばれても仕方ないほどの実力で、櫻井自体も部活を『ただの暇つぶし』だと言っていた。

 野球部はしばらく休みにはいるらしく、すぐには希望を叶えられそうにはなかった。

 それにしても、名前を連呼しすぎだと思う。


「そういえば、櫻井とはうまくいってるの?」


 質問してほしいような目線を投げかけていたので仕方なく聞いてやる。

 その発言の途端、秋乃の目線がどこか遠くへ行ってしまう。


「すごく、うまくいってる」


 うっとり。

 曖昧な返事の意味もわからず、僕は首をかしげるしかない。

 しかもその発言のあとは彼との出来事を思い出したらしく、一人で恍惚の表情を浮かべている。

 仕方ないので何をしても反応のない彼女からそっと離れ、僕は自室に戻った。


 部屋に戻り、柚季に電話をかけようと携帯電話を取り出すと先に電話が鳴った。

 櫻井からだった。


『今から俺の家に来い。一切の苦情は受け付けないからな、じゃ』


 僕の意志は一切無視されました、完膚無きまでに。

 どうして僕が行動を起こすたびにこう邪魔をされるんだろう……僕は仕方なく重い腰を上げた。



 歩いて五分、まぶしい光線に目を細めながら櫻井の家の近くまでつく。

 目線の先、知った顔の人を見つけた。

 少し、歩くのをためらってしまう。

 だけど、ちゃんと次の一歩を踏み出す。

 ちゃんと彼女と向き合うと決めたから。

 彼女も僕の姿を認める、けれど彼女はすぐに目線をそらした。

 近くまで来て、僕から柚季に話しかけた。


「櫻井に用事?」


 彼女は元気なく頷く。

 口をしばらくもごもごさせたあと、意を決したように答えた。


「あ、あのね、さっき櫻井から電話があって、すぐに来いみたいな電話があって、でもすぐ切れちゃって。家に着いたはいいけど呼び鈴押しても返事はないし、どうしようかなって思って……」


 どこか尻すぼみな言葉。

 全く同じだと僕が答えると、難しい顔をしてまただんまりしてしまった。

 僕も櫻井の意図を掴めずに考え込んでしまった。

 本当は言わなくちゃいけないことがあるのに、けれど早急かとも思った。

 ただ、このぎこちのなさに変わりはなかった。


 しばらくして櫻井が走ってやってきた。

 胸の前で腕組みをした柚季がいらだたしげに詰め寄る。

 それに苦笑いで受け答えする櫻井。

 なぜか、二人のほうがお似合いな気がした。

 もちろん、二人のそれぞれの思いは知っている。

 けれど、僕はこの場にいない方がいい気がしてきて……。

 さっきまでの自信が消え去っていく。


 気づけば、走り出していた。

 後ろから櫻井の声がしたような気がしたけれど、それを無視する。

 限界だった。

 僕は、また逃げ出した。

 とにかく、一人になりたかった。

 誰の想いにも答えたくなかった。

 いっそ嫌いになれたら──。


 しばらく全速力で走ると、見覚えのある公園があった。

 公園の奥は森につながっていた。

 本来ならば立ち入り禁止になっている場所だった。

 僕はその警告を無視して森の中へと入っていく。

 松林の青臭さでのどが詰まる。

 僕は深く呼吸しながら森の奥へと進んだ。

 

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