第十二話:心
いつものように食事をして。
いつものように、三人で談笑して。
いつものように日課をこなして。
いつものように、明るく、明るく。
けれど、その空元気も二人には見透かされていた。
自分の部屋に戻り、僕はベッドへと突っ伏した。
柔らかく視界がふさがれ、心地よさに溜め息がこぼれた。
それから、もう一つ大きな溜め息。
それは心地よさからではなく、耐えきれない苦しさから溢れたものだった。
後悔が、胸を強く圧迫する。
もう柚季とは仲良くやれないのかな──。
そう思ったところですでに手遅れだということはわかっている。
馬鹿みたいだ、そう思って僕はそのまま眠りにつこうとした。
「おーい、入ってもいいか?」
ゆっくり規則的に鳴るノックの音。
落ち着いた、けれどどこか間延びした声は奈々姉のものだった。
僕は慌てて明るく返事をし、ベッドから飛び起きた。
いつもの彼女ならば、ノックもせずに僕の部屋へ上がり込むのに。
僕は自分が眉を曇らせてないか気にしながら、彼女と向かい合った。
にこにこと笑う僕に、奈々姉は溜め息をついた。
腕を胸の前で組み、背中を扉へと預けた彼女はあからさまに不機嫌な表情を浮かべている。
「らしく、ない」
「……え?」
「だから、お前らしくないと言ったんだ」
とりつくろうとする僕にそっと近づき、怒った顔のままで指を僕の頬に伸ばす。
微笑みが、引きつっていた。
「お前は隠すのが下手だな、でも、その隠したりしないところが秀一のいいところなんだけどな」
そう細い声で告げた彼女は眉を曇らせ、泣きそうな顔で微笑んだ。
「悩み事があるのなら、ちゃんと相談してくれないか?……秋乃だって、心配してるぞ」
おい、と扉へ呼びかける。
少しの間があって、扉が静かに開いた。
顔を覗かせたのは苦笑いをする秋乃。
「ボクじゃ力不足かもしれないけど、できることはしてあげたいんだ」
そう言って微笑んでくれる少女。
奈々姉も言葉を続ける。
「お前は一人じゃない。悲しみも、喜びも、三人で分け合おう」
って、こんなの柄じゃないか──そう苦笑する彼女。
自然と、笑みと感謝の気持ちが溢れた。
「ありがとう──でも、これはきっと僕の問題だから、気持ちだけ受け取っておく」
そう、これは僕が起こした過ち。
誰かに手伝ってもらうことなんてできない。
僕はどんな顔を今、しているのだろうか……よくわからなかったけれど、二人は頬をゆるめて部屋をあとにした。
今度は仰向けにベッドへ倒れ込む。
緩いリバウンドをして、沈んだ。
足だけをベッドから投げ出して、残りは柔らかさに預けて。
照明がまぶしくて、僕は腕で目を覆った。
できるだけ何も考えないようにする。
明日になれば、少しは状況がよくなっているかもしれない。
何もなかったように、笑って僕に声をかけてくれる。
きっと、きっと。
「さて、それはどうだろうね」
力なく腕を下ろすと、奈々姉が僕のことをのぞき込んでいた。
「独り言、聞こえてたぞ」
何があったのかお姉さんに聞かせてごらん?──そう冗談めく彼女に誘われ、僕はベッドをイスがわりにした奈々姉の横に座った。
ここまで優しくされて、彼女を断る理由はあるのだろうか。
僕は観念したように今日あったことを奈々姉に話した。
彼女は目を閉じながらときおり頷き、僕の話に耳を傾けていた。
そして僕の話が終わったあと、彼女は静かに切り出した。
「それで、お前はそれでいいのか?」
「……」
「『僕には人を好きになる資格がないから、誰も好きになりません』──そんなこと、本当に思ってんのか?』
これが櫻井だったり秋乃に言われたことだったら彼らを払いのけていたかもしれない。
けれど、奈々姉の気持ちがわかるから、僕は何もできずに、何も言えずにいた。
僕の考えは──。
「秀一の気持ちはもう決まってるはずだ。……自分の心に、素直になっていいんだぞ」
そう言う奈々姉の背中に、僕は情けない声をかけた。
馬鹿、泣くんじゃないと彼女のげきがとぶ。
今度はしっかりした声でもう一度彼女に呼びかけた。
決めたよ、僕は柚季のことを──。