#03 親友の気持ち
そのあと教室に戻ったあたしは、友人たちから散々質問攻めにされた。柏野くんからは他の人には言わないでくれと念を押されていたので、とにかく何も無かったの一点張りで、皆はしぶしぶながら納得してくれたのだった。
だけどやっぱり引き下がらないのが1人だけ――……
下校中、昇降口を出てからバス停に行くまでの短い道のりでも、まだ追究は続いていた。
「ねぇ、なるー。ホントは何があったのかウチには教えてくれてもいいじゃーん」
佳奈ちゃんが背後からがばっと抱きついてくる。前のめりに倒れそうになるのを危うく堪えながら、首にまわされた腕を外しにかかる。
「だから何も無かったってばー」
「アンタねー中学の時からつるんでんのよ、ウチら。そんぐらい分かるってば。絶対なんかあったでしょ!」
なんていうやり取りを、学校からここまででだいたい6回ぐらい繰り返していた。もう好い加減うんざりし始めてきたところだ。
あたしがはぁ……と諦めの溜息を零すと、佳奈ちゃんは勝ち誇ったようにニヤリと笑んだ。
「やっと教える気になったかね? ウリウリぃ」
佳奈ちゃんがしたり顔を浮かべてあたしのほっぺを指でこねくり回す。
「だって佳奈ちゃんがしつこいんだもん……。言わなきゃ家まで付いて来る気だったでしょ絶対」
「まぁまぁ、そこは気にしないで。ほら、さっさと吐きなさいよー」
「しょうがないなぁ……」
そんな感じで、あたしは今日の昼休みに学校の屋上であったことをぽつぽつと話し始めた。
もちろん柏野くんの“心を読む力”のことは伏せて、ただ友達になってくれと頭を下げられた事だけ。それを聞いた佳奈ちゃんは、当時のあたしみたいな反応をした。
「あっはははっ! 何それウケるんですけど! ってか、それでなるもOKしたんでしょ? その告白みたいな流れ超ウケるわ!」
「……佳奈ちゃん笑いすぎ」
あたしも他人のこと言えないんだけど……。
そうして笑い止んだ佳奈ちゃんが橙色に染まり始めた空を見上げながら、ふーんそっかー……と何やら感慨深げに呟く。ふいに、学校の外側に沿うように作られた花壇の縁にぴょいっと飛び乗った。
両手を広げて平均台の上を渡るように歩き始める。
「ウチさー、柏野くんってカッコいいけどなんか暗そうだなーって思ってたんだよねー。でもなるの話を聞いてると結構面白そうじゃん」
言いながら陽気に笑う彼女を見上げて、鳴子は苦笑しながら適当に相槌を打つ。
きっと柏野くんはそれも見えてたんだろうなぁ……。なんて思いつつ、正面の遠い空に浮かぶ入道雲をぼんやりと眺めて、その形をお菓子に見立てていると、佳奈ちゃんが「あっ!」と何かを思い付いたように声を上げた。
「そういえばさ、柏野くんの歓迎会とかやらない!? ウチ、海開きしてからまだ潮見浜行ってないんだよねー」
潮見浜とは、ここら辺の住民なら毎夏には誰もが行く海水浴場だ。どうやら周辺の地域でも結構有名らしく、夏休みなんかはたくさんの人で賑わう。
「それ賛成! 終業式の日とか、学校終わった後になんか良いかも」
「明日クラスのみんな誘ってみよ!」
歓迎会なんて言いながら、結局は自分達が海で遊びたいだけだった。
そんな感じで二人してはしゃいでいると、アスファルトに映るあたしの影に、自転車のシルエットが並んだ。邪魔になるかと思って反射的に少しだけ花壇の方に寄るが、自転車はあたしを追い越さない。
「よお、成海」
海斗くんだった。ワックスで立たせた短髪が、陽光で少しだけ赤みがかって見える。いつもと変わらず、ちょっと撚れたワイシャツのボタンは2つ目まで外れていた。
佳奈ちゃんも彼に気付く。
「あれ、海斗じゃん。あんた部活じゃなかったの?」
「今日は顧問が出張とかで無しになったんだよ。そんで? 何そんな楽しそうに話してんのお前ら」
「あーうん、今もう一人の柏野くんの歓迎会やらないかって事になってー、そのことについてまぁ色々とねー」
「へー……」
海斗くんがぽりぽりと後頭部を触りながら幾らか興味深げに相槌を打った。
その時、ある妙案が浮かぶ。
「あ、そうだ! 海斗くんがクラスの男子達に言っておいてくれないかな? 女子にはあたし達が伝えるから」
「ん、りょーかい」
そんなぶっきらぼうな返事は承諾を示すものだったが、海斗くんは何故かふいっとあたしから視線を外した。
実は、こういうのは今回に限ったことじゃなかった。海斗くんとはしばしば目が合ったりするんだけど、その度にすぐにそっぽを向かれてしまうのだ。意識的にこちらを見ないようにしてるような……気もする。嫌われてるのかな、あたし。
そんな鳴子の心配をよそに、海斗くんは何を思ったのか佳奈ちゃんの方を仰ぎ見ると、突然こんな事を言い放った。
「そいや、佳奈。お前さっきからパンツ見えてるぞ」
「な――っ!?」
一瞬で佳奈ちゃんの顔が茹でダコのように真っ赤に染まり、バッ! と物凄い勢いでスカートを押さえつけた。そのまま急いで花壇から飛び降りる。歩いている内に花壇の高さが高くなっていたのだ。
「そっ……それ先に言いなさいよ!」
「なに恥ずかしがってんだよお前……。今更過ぎんだろ。むしろ教えてやっただけありがたいと思えっての」
海斗くんが呆れたように溜め息を吐いて軽く首を振った。
「ちょ、何よそれ!! あんたってホント最っ低!!」
しかし海斗くんは憤慨する佳奈ちゃんをまったく気にする様子も無く、よっと自転車にまたがる。こちらに向かってさっと右手を上げた。
「じゃー俺先行くわ」
だが数漕ぎもしない内にふと足を止めて半身で振り返る。
「……あ、それとさ。さっき気になったんだけどよ。成海って俺のこと苗字で呼んでなかったっけ」
「あ、うん。でもそのままだとどっちも柏野くんになっちゃうから変えたの。……あ、嫌だったらやっぱり止めるよ! 勝手に下の名前で呼んじゃってごめんね」
「あーいや、そんなつもりで言ったんじゃねぇんだ。ただ単に何でかなって思っただけだから気にすんな。……むしろその方が俺は良いかも」
言って、どこか照れくさそうに頬を掻く。
最後の方だけごにょごにょと尻すぼみになってしまったので、何と言ったのかうまく聞き取れなかったが、別に嫌なわけじゃないのは分かった。
「それじゃあ、な」
「うん、またねっ」
海斗くんは正面に向き直ると力強くペダルを漕ぎ出す。少し坂になってる道に隠れてあっという間に見えなくなってしまった。そして、彼を追いかける様にバスのお尻も見えなくなる。
「あ……バス行っちゃったね~……」
微笑み交じりに零す。だけど隣からの反応が無い。
怪訝に思ってふと横を見ると、佳奈ちゃんが俯きがちに地面を見つめたまま、ギリギリ聞き取れるか否かというぐらいの微かな声で呟いた。
「なるにはデレデレしちゃってさ……」
「え? 何?」
鳴子が聞き返す。
けれど佳奈ちゃんは何も答えず、ただ物憂げな瞳を閉じ、ゆっくり首を振るだけだった。




