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#16 やはり祭りは人が多い。

『あ、どうもこんばんはー。成海鳴子の妹の瑠美子ですー』


『え? IDですか? あーすみません、佳奈先輩から勝手に教えてもらっちゃいましたー。もし迷惑でしたらこの用事が済んだらすぐ消しますんで、ええ』


『ああ、はい、本題ですね。えっとですねー、ちょっと急な話なんですけども今週の土曜日って空いてますかね? ――えっと、午後だけで大丈夫です』


『あ、大丈夫っぽいですか? そしたらすみません、一つだけお願いがあるんですけど――……』


『ええ、もう普通に行って遊んでるだけで大丈夫ですー。もし遊び尽くしちゃったとかあったら、ケータイで時間つぶしてたりとかしてて問題ないんでー。……あー、えっとたぶん二時間くらいになっちゃうと思うんですけど――』


『……あ~~りがとうございますっ! それじゃあ、詳しい時間とかは後で連絡しますのでー。はい、失礼しましたー。ではでは』



 通話を終了させ、ぽふっとベッドに腰を下ろす。スマホを枕元に投げ捨てた。

 正面には壁がある。その向こうにはお姉ちゃんの部屋があって、たぶん今もまだ、ベッドに寝転がってうだうだ悩んでいるに違いない。

 それを解決するためにはまず、本人に“自覚”をさせる必要があるのだ。たとえそれが、せっかく実った恋を引き裂いてしまう事になるとしても。

 だから、届かない事を承知の上で、せめてもの謝罪を呟いた。

「海斗先輩ごめんなさい……」



**********************************************



 午前中は部活で、午後から成海と待ち合わせすることになっていた。つまりデートである。ちょっと気を抜くと、「初デートっ、初デートっ」とか口ずさんじゃいそうで大変だった。

 でもホント冗談抜きで、練習中にぼーっとしてて何度か注意を受けたのは事実。

 いつもなら、練習に集中していれば結構さらさらと時間が流れて気付けば解散、みたいな感じなのが、今日はずっと時間を気にしていたからだろう、時間の経過がえらくゆっくりに感じた。

 1時間くらい経ったかなーと思って時計に目をやって、実際は30分しか経ってなかった時なんか、レアガチャ回して銀が出たときぐらい落胆したもんだ。

 そうしてようやく、長い長い部活が終わって帰宅の途に就いたのだった。

 家に帰ったらまずシャワーを浴びて、次に昼飯を食べてから、身支度を整える。最後に玄関の全身鏡に向かって最終確認。歯磨きよし、財布よし、髭よし、ニキビよし。オッケー。

(ふう)! 兄ちゃん盆踊り行ってくるけどどうすんだー?」

 靴を履きながらリビングの方へ声を掛けると、同じく声だけで妹の返事があった。

「風もあとから行くよーっ!」

 ふむ、そうか。と扉を閉めようとすると、風花のプリティでキュートな可愛らしい声音とは全く対照的な低めの声が続く。

「あ、海斗ー? 夕飯はどうするの、いらないの?」

「いらん」

 母親の問いかけに簡潔に答えて、今度こそ扉を閉める。

 青空3割雲7割ぐらいの、暑くもなくかつ雨でもない丁度良い天気の下、愛自転車に乗って駅へ向かった。

 成海曰く、柏野にも佳奈にも隼輝にも声を掛けていないのだとか。だとしたらマジで二人きりのデートである。まぁ地元の祭りだし少なからず同級生には出くわすだろうけど。それにしてもテンションが上がり過ぎて次のターンの攻撃の威力が倍増しそうだなこれは……。

 ふんふんと鼻歌を歌いながらしばし走ると、ぽつぽつと浴衣姿の人が散見されてきた。

 自宅を出てから10分ほどで駅が見えてくる。もうそこまで来ると、「ハァー、ヨイッヨイッ!」という馴染の合の手と和太鼓の胸に響くような低い打音が耳に届いていた。この間花火大会があったばかりなので、今日の盆踊りはさほど盛況ではないと予想していたが、案外そうでもないらしい。ここからでもかなり大勢の人でごった返しているのが見えた。

 流石にあの辺までチャリで行くのは不味かろう。手前にある近くのコンビニに自転車を停めた。ああいや、もちろんちゃんと後で何か買うよ?

「改札前で待ち合わせだったよな……」

 誰にともなく独りごちた。屋台やらテントやらが並ぶロータリーの人混みを抜けて駅構内に入ると、5秒と費やさずに成海を見つけた。きっぷ売り場の脇の隅っこで所在無げにきょろきょろしている。

 少し残念だったのが、彼女が今日は浴衣じゃなかったことだ。白っぽいチュニックに水色のショートパンツという普通の私服も充分可愛いのだが、もう一回だけ浴衣姿を見たかったですね……。

 密かに無念がりながら歩いて行く。けれど数メートルの距離まで近づいても、こちらに気付く様子がなかった。

「成海――」

 声を掛けた事でようやく俺の存在を認識してくれた。視線が合うと、驚いたように一瞬だけ目を丸くして、こめかみの辺りにビシッと片手を添えた。

「こ、ここここんにちは!?」

 敬礼。からの裏返った声で挨拶。その挙動がえらく滑稽で、思わず腹を抱えて笑ってしまう。

「はははははっ! 何だそれっ、ウケるわっ!」

 急に笑われて寸秒きょとんとしていた成海だったが、すぐにぷくっと頬を膨らませて不機嫌そうにむくれた。

「そんなに笑わなくても……。緊張してたから……」

 と抗議する顔がまた可愛くて、不覚にもまたキュンッとなってしまった。しかし、まだその膨れ面を眺めていたいのは山々だが、(いたずら)に成海の機嫌を損ねるのも不味かろう。

「あー悪い悪い」

 素直に謝ると、成海は満足そうに頷いて、それから些か不思議そうに小首を傾げた。

「そう言えば、海斗くんは何だかいつも通りだね?」

「ん、そうか? あーまぁ、俺は別に緊張とかはしてねぇからな」

 代わりに気分がアゲアゲで困ってるのはあるけど……。

「つーか、ここで話しててもしょうがねぇし祭り行こうぜ」

 言いつつ親指で肩越しに後方を示すと、成海はにっこりと晴れやかな笑みを湛えて、首肯した。

「うんっ! じゃあ最初は何する?」

 あー……うーん、少し前にもこんなやり取りをした覚えがありますねぇ。けどやっぱり、俺の答えとしては“何でも良い”だな。

 だって、好きな人となら何しても楽しいでしょ。

 まぁ実際はそんな小っ恥ずかしいことを口に出来るほど、俺のメンタル強くないんだけど。それにそもそも、祭りの規模が規模なだけに、何をしようか迷うほど店も出てはいまい。

 結局、こう答える他なかった。

「……金魚すくい、リベンジするか?」

 提案すると、成海の瞳がキラリと光った。ビシッと人差し指を突き付けて、もう片方の拳を固める。

「それ採用! リベンジしたい!」

 この間の花火大会の際のものと比較すると、種類は圧倒的に少ないだろうが、しかし成海の場合、金魚をすくえるかどうかが問題なのでそれも然したる問題でもなかろう。

「うし、行くか」

 いつもの如くポケットに手を突っ込んで踵を返す。

 駅の中も充分混んでいるが、外は更に人でごった返している。それを眺めつつ階段の半ばまで下りたところで、ふと思った。

 祭りに一人で訪れている人は少ない。大抵は友達や家族、恋人と一緒である。しかしこの人混みの中では逸れてしまいかねない。ゆえに彼ら彼女らがその対策として講じている手段は何だ。

 手の平がじとっとした湿気を帯びるのを感じる。ポケットの中で、握るべきものの無い持て余された両手を、虚しくにぎにぎしていた。

 ……いやいや、手を繋ぐ事ぐらいどうってことないよな。

 既に中学の修学旅行にて、フォークダンスかなんかで学年の全女子と手を繋いだことがある俺からすれば、成海一人と手を繋ぐぐらい朝飯前どころか前日の夕飯前だ。そうだよ、改めて考えてみればあの時に成海とも手を繋いでんじゃんか。緊張しすぎてた所為か全然覚えてねぇけど……。

 大丈夫、俺には経験があるのだ。別に初めてって訳じゃない。

 階段を下りきったところで、足を止めた。

 出し抜けに立ち止まった俺に、成海が怪訝そうな顔をして振り返る。

「どうしたの?」

 問われて、本当に言うべきか言わぬべきか逡巡してしまう。“うわ、何いきなり彼氏面してんの”とか思われやしないだろうかと心配になる。成海がそんな人間でない事など承知しているのに、どうしても考えてしまう。

 だが先日自分で宣言した通り、俺が積極的にアプローチして行かなければ始まらないのだ。

「成海、手、繋いでも良いか……?」

「えっ! ……ええ!?」

 成海が驚いたように声を上げて、自分の手と俺の手を交互に見比べた。何で二回驚いてんの。

「いや、ほら。こんだけ人多いと逸れちゃいそうだから」

 一応、用意しておいた理由を述べる。けれどたぶん、成海のことだから恥ずかしがってやんわり断って来るだろう。そうなる前にこちらから行動に出た。

 成海が何事か口にする前に、ぱっと成海の手を取る。

 自分から手を繋いでおいて何だが、心臓が口から飛び出るかと思った。

 ごつごつと骨ばった自分の手とは一切比較にならないぐらい、すべすべしてて、ふっくらしてて、新手のマシュマロかと思ってしまった。これが女子の手か……。ヤバいぞ、頭の中が白くなってきた。

「金魚すくい、早く行こうぜ」

 少しでも緊張を紛らわすため、話題を転換させる。

「あっ……うん……」

 と俯きがちに答える成海は、驚いているのか困惑しているのかほんのり顔が赤い。

 思い掛けず心中で、好きダーッ!! とクッソ野太い声で叫んでしまった。今の俺なら少女漫画の主人公にもなれるなこれは。でも鉄骨支えたりとかは出来ないので悪しからず。

 因みに、それからどうやって金魚すくいの屋台に行ったのかは、覚えていない。


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